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ここは戦場、フランスのパン屋さんと寿司の謎

学生時代、フランスに来たばかりの頃、近所のパン屋さんにパンを買いに行くことは、私にとって最初の難関だった。

日本で一応フランス語は勉強してきたし、パン屋での想定会話は初級のフランス語教本で勉強した。
でもやはり「実践」となると、机上の勉強のようにはいかないのが常である。

私の中で外国のパン屋さんというのは、おおらかで優しいお母ちゃんが取り仕切る、地元の憩いの場というイメージだった(たぶん魔女の宅急便の見すぎ)。

だが、私の家の近所のパン屋さんは違った。強面で無口なおばちゃん店員が複数たむろする戦場だった。

常に地元民で混雑しており、忙しいので、ちょっとでも注文にもたつくと、明らかにイラっとした顔をされる。フランスのおばちゃんこわい。

" Bonjour(こんにちは!)"のフレーズを皮切りに、フランス語日常会話LV1「買い物」の戦いの火蓋が切って落とされる。

"Un croissant et un pain au chocolat, s'il vous plaît!"
(クロワッサンとパン・オ・ショコラをひとつください!)

日本風に人差し指を突き出して「1」とするのは、まだ戦闘能力が足りない証拠。フランス風にグッと親指を立てるのが「1」である。

クロワッサンは発音難しいので、うまく言う自信がない場合は、ディスプレイの欲しいものを指さしながら言うのもあり。

これで「あぁん?」とおばちゃんに怪訝な顔で聞き返される確率が減る。フランスのおばちゃんこわい。

おばちゃんがパンを袋に入れてくれる。ほっと一息。
おばちゃんがこっちを見る。

"Avec 寿司?"

…寿司?すし?sushi?

パン屋なのに寿司売ってんのか?
もしや日本人だから、寿司ジョークかましてきた?
なんで私が日本人ってわかったんだろ?

頭上にハテナマークがぐるぐると回る。

もしこれがジョークなら、一応笑っておかないとおばちゃんの機嫌損ねるかも!咄嗟に判断して、盛大なる引きつり笑顔で「Non, merci(いいえ、けっこうです)」と答えた。

おばちゃんは、うむ、と頷いて会計のレジに向かう。

なんかよくわかんないけど、クリアしたっぽい。

お会計は2.75€。
数字が聞き取れなくてもレジの表示を見ればいける。クリア。

ただ、端数のコインを探すのはレベルが高い。どれがいくらなのか全然分からない。
おばちゃんが、まだかまだかと指で会計台をコツコツと叩く。フランスのおばちゃんこわい。

焦りで平常の判断が下せないので、えいやと2€コインを2枚。
こうしてお財布の中は、使いこなせない10ソンチームや5ソンチームの墓場となる。

”Merci, bonne journée!"
(ありがとう、良い1日を!)

と言って、爽やかにお店を出ればもうこちらの勝利。自然な笑みを浮かべることができたなら、もう一等賞!免許皆伝!

勝利の後の、クロワッサンとパン・オ・ショコラは何と美味しいことか。

こうして何度か戦場に赴くうちに、ある日突然「寿司」の謎はとけた。
おばちゃんは日本人以外にも同じ質問を投げかけており、それに対してお客さんは、

「うーん、じゃあ、これも。」

と寿司じゃなくて、別のパンを指さした。

フランス語学習者の方はもうとっくにお気づきだろうが、この「スシ」は「sushi」ではなく、「ceci」。

”Avec(=~と) ceci(=これ)?”
つまり「これと他に何かいる?」ということだったのだ!

「これ」を意味する単語が複数あることは、授業で習っていたが、まさかこんな使い方をするとは。知らなかった。

知らないくせに「Non, merci(いいえ、けっこうです)」で適当に乗り切れてしまった私も私である。



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