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小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.22

「3年生を送る会」のライヴ演奏は、うちのバンドがトップだった。
 2年生代表から、大学進学や就職する3年生への激励と感謝の挨拶が終わると、すぐ出番なのでステージの横で待機していた。
 1階席も2階席もほぼ満席だった。
(うちの学校って、こんなにたくさんの人がおったんやな…)
 そんなことを思いながら、舞台袖から客席を見上げているとだんだん緊張してきた。1学年約450人で3学年、欠席している人もいるだろうが、1300人くらいはいる計算になる。
 ホールなので舞台も広い。ライヴハウスの5倍以上はあるだろうか? たぶんトリで演奏するハードロックバンドが選んだと思うが、ギターアンプはマーシャルとローランドのJC、ベースアンプはアンペグだった。
 気持ちがザワザワしてきて、タバコを吸いたくなったけど、さすがにそんなことはできないので深呼吸をした。セイジくんを見るとギターとシールドを抱えたまま、3年生が座っているあたりの観客席を見つめていた。ゲンちゃんはスティックを使ってストレッチをしている。ショウイチは鏡の前で髪の毛をいじっていた。みんなの表情も固いように感じた。
「行くばい!」
 セイジくんのかけ声に反応して、舞台を見ると2年生代表が頭を下げたところだった。
 ラブル対応用に借りてきたプレシジョンベースをアンプのスピーカーに立てかけ、自分のベースをアンプにつないで音を確認していたら、2年8組の連中約40名がステージ前に押し寄せ来た。1階前列に座っていた3年生、2年8組以外の2年生、2階席の1年生はそれを見てざわついた。
(またあの2の8が何か問題を起こすのか?)

「ノ〜イズ!」
 最前列に陣取ったタクヤが叫んだが、誰も続かなかった…。尻すぼみに終わったバンドコールに会場から失笑が起きた。
「オマエら、ちゃんと声出さんか! コラっ!」
 タクヤは振り返って他のクラスメイトに喝を入れると同時に、失笑が起きた方向を睨みつけた。
 事前打ち合わせでは、モッズのライヴを真似して、バンドコールが響き渡る中で、1曲目が始まりショウイチが登場する手筈になっていた。
「ノイズ!」
 タクヤがもう一度叫んだ。
「ノーイズ!」
 クラスメイトが続いたが、まだ声が小さい。
「ノイズ‼︎」
 タクヤがもっと大きく叫んだ
「ノーイズ‼︎」
 クラスメイトの声も少しずつ大きくなってきた。
「ノイズ‼︎」
「ノーイズ‼︎」
「ノイズ‼︎」
「ノーイズ‼︎」
 2年8組の総力をの総力を挙げたバンドコールが頂点に達したのを見て、セイジくんがギターを鳴らし始めた。1曲目の「トゥモロー・ネバー・カムス」はイントロ部分しか演らないのですぐに終わってしまう。
「ワン・ツー・スリー・フォー…」
 ゲンちゃんがカウントを入れた。
「オール・ウェイ・ザ・パンクス」を始まり、ショウイチが飛び出してきてマイクをつかんだ。
「ゲン!」「ゲンちゃん!」
「ショウイチ、コラっ! 行け〜ぇ!」
 野太いかけ声と手拍子が響く。この曲も1分半しかない。
「ワン・ツー・スリー」
 間髪を入れないゲンちゃんのカウントで「がまんするんだ」が始める。リズムが速すぎて手拍子が追いつかない。それでも拳を振り上げて一緒に歌ってくれているヤツもいた。
「うるさい!」
 ショウイチが叫び、それを合図に4曲目が始まった。マーシャルのアンプにつないだギターの音が大きすぎて、ドラムの音が聞こえづらかった。
「マコト!」
「セイジくん!」
 クラスメイトの声援が照れくさかったけどうれしかった。
 4曲目の「うるさい!」が終わり、セイジくんがチューニングを確認し始めたが、ゲンちゃんはそれに構わず「ノー・リアクション」のドラムをすぐに叩き始めた。この曲と次の「ワン・モア・トライ」でモッズ・メドレーは終わる。リズムがさらに走り始めて超高速になり、とうとう手拍子がついてこられなくなった。
 会場全体を冷静に見回せば、アウェー感満載だったが、前に押し寄せた2年8組だけは大きな声を出し、盛り上げてくれていた。
 前半のモッズ・メドレーが終わり、チューニングを確認していたら、いきなりショウイチがしゃべり始めた。
「今日は3年生を送る会ということで、まだ受験が残っている人はがんばって…」(MC? アイツなんしよん?)
 ゲンちゃんがこっちをボクを見て、「早く始めろ!」と合図をしていた。
「オマエらみたいのが、どのツラ下げて何を言いよんか?」
 どこからか怒号が聞こえた。
「うるせえぞ! コラっ! イイぞ! イイぞ!」
 それに呼応して、うちの高校では少数派の硬派軍団が叫び返していた…。
「3年生を送る会」の卒業生への礼儀として、縦の関係に厳しい硬派軍団からのショウイチへちゃんと挨拶をするようにプレッシャーがかけられたらしい。
 ショウイチがしゃべり終わる前に、次の曲「ラヴ・ソング」のイントロを弾き始めた。「カモン・エヴリバディ」「ホワイト・ライオット」、ライヴハウスで演っていたナンバーになると、さすがの2年8組連中でも一緒に歌えるヤツはいなくなったけど、速くてしかも安定していないリズムなのに、手拍子や声援で盛り上げてくれた。

「ゲンさ〜ん!」
「ホワイト・ライオット」が終わり、爆音が途切れた瞬間に女子の声援がホールに響いた。
「ゲンちゃん、やったー〜!」
 そう叫んだ同級生がいて、会場から笑い声が起こった。
「誰か、きさん? 殴らすぞ! コラっ!」
 笑い声が聞こえた方に向かって硬派軍団が叫んだ。
「ロック・アラウンド・ザ・クロック」「ジョニー・B・グッド」、唯一のオリジナル曲「クラッシュ」。
 この3曲の演奏中に、女子の何人かが踊ってくれたらしい。
「3年生で踊りよった人がおったばい」
 終わって舞台袖に入った時に、セイジくんがうれしそうに教えてくれた。

「アンコール! アンコール‼︎」
「アンコール! アンコール‼︎」
 舞台袖に下がってからも、2年8組軍団の声援が聞こえていた。
 アンコールの声はやまない。
「ノイズ! ノーイズ!」
「アンコール! アンコール‼」
 先生から時間どおりに必ず終わるように、そして絶対に問題を起こさないようにと厳命されていた。
 フォークギターを持って舞台袖で次の出番を待っていた1年生の表情はこわばっていた。彼が意を決して舞台に出た時、まだ会場はざわついていた。2年8組連中もまだ何人か自分たちの席に戻っていなかった。

「準備をしていたら、帰れ! 帰れ! と言った声が聞こえていましたけど、がんばりたいと思いますので声援してください! ノダリョウイチと申します。どうぞよろしくお願いします!」
 見るからに問題がありそうなバンドとうって変わり、純朴そうな1年生の訴えに、会場全体が一瞬で彼の味方になってしまった。最初は小さかった拍手が伝播して大きくなり会場中に響いた。
「ノダく〜ん!」
「リョウちゃん! がんばって〜!」
「リョウイチく〜ん!」
 何人もの女子の声援が会場に響いた。
「長渕剛の“巡恋歌”を歌わせていただきます」
「巡恋歌」が始まると、会場全体から暖かい手拍子が始まった。そして曲が終わると割れんばかり拍手。
「リョウイチく〜ん!」
 そんな様子を見て、控え室に戻った。女子の声援や会場中を巻き込んだ手拍子は控え室にいても聞こえた。(うらやましい…)
「えっ〜と、少し上がっているのでトチリましたけど…、あっ! えっと…まだヤジも少し飛んでいるようですけど、一生懸命がんばりたいと…」
「リョウイチく〜ん!」
「リョウちゃ〜ん‼︎」…。
「ハイ! 声援ありがとうございます!」
「リョウちゃん、かわいい!」
 リョウイチくんが声援に反応するたびに、また大きな拍手が巻き起こった。
「まだまだがんばりたいと思いますので、このまま盛り上げていただきたいと…、よろしくお願いします!」
 うちのバンドは、彼を引き立てるために登場した悪役になってしまった。
(すごいやん! 1年生のフォークシンガー。スター誕生? モッズより長渕剛の方が人気あるんやな…)
 そんなことを考えながらギターを片付けていたら身体がダルく感じたので、早退することにした。

「がんばり過ぎたんかの?」
 先生はそれ以上何も言わなかった。短い間に7回のライヴをこなして、疲れが出たのかもしれない。その夜は熱が出てしまった。
 次のライヴは2月7日、レインボープラザだ。


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