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小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.27

「文化祭どうするや? 出るんやったら明日が申し込みの締切日で、出演者への説明会もあるらしいばい」
 6月初旬、久しぶりにショウイチがうちのクラスに来た。
「どうするってどうするん? セイジくんとゲンちゃんの都合がつくんやったら演ってもいいけど…」
「2人は出てもいいち言いよったばい! じゃあ、申し込んどくばい」
 そう言うと、ショウイチはさっさと自分のクラスに戻っていった。
 高校の文化祭は6月26日(土)と27日(日)だった。本番まで3週間くらいしかない。
 次の日にミーティングをして、ショウイチが持ってきたテープから、ルースターズの「Dan Dan(Let's Rock)」、ジャム・ヴァージョンの「Heat Wave」、セックス・ピストルズの「Lonely Boy」「Something Else」を新しく演ることに決めた。スタジオには3・4回くらいしか入れそうになかった。

「土曜のトリにしてもらったばい」
 文化祭の説明会に行ったショウイチが、戻ってくるなりこう言った。文化祭の出演順は抽選で決めると聞いていたが、ショウイチがまた生徒会に何か工作をしたのか、それとも“3年生を送る会”に出た実績が効いたのだろうか?
「出演順は話し合いで決めたんよ。“日曜日の大トリは生徒会バンドにゆずるけん、オレたちは土曜のトリにさせちゃり…”ち言ったら誰も何も言わんで賛成してくれたばい。民主主義やもん、話し合いと多数決よ。土曜の最後は、また2年8組軍団に盛り上げてもらわないけんの!」
 ショウイチは満足気だった。

「おっ! またこのメンバーで一緒にパンクバンドを演るんだ? ロックはテクニックじゃなくてノリだからね。パンクスは気合いでがんばんなきゃ!」
 4人そろってスタジオへ行くと、鈴木先生が受付にいて声をかけてくれた。
「パンクやないですよ。オレらはダンスバンドですよ!」
 ショウイチが答えた。
「えっ! キミたちダンスバンドになったんだ?」
 鈴木先生が笑った。
 セイジくんやゲンちゃんは別のバンドの練習があるので、文化祭のスタジオ練習は結局3回、合計3時間しかできなかったけど、このメンバーでスタジオに入っていると、いろいろあったことを思い出して楽しかった。
「ゲン、すごく上手くなったやん! 新しいバンドでの特訓の成果が出とるばい!」
 セイジくんからほめられて、ゲンちゃんは満更ではない様子だった。
「セイジくんに鍛えてもらったおかげで、少しはロックできるようになっとるんかな…?」
 去年の9月から亜無亜危異の前座を演るまで、練習のたびにセイジくんからボロクソ言われ、凹んでいた日々を思い返した…。

 文化祭当日は、自分たちの出番までやることがなかったので、クラスや部活動の催し物をひやかしたり、遊びに来てくれた西北女学院の女子をアテンドしたりしていた。
 ブラブラしていると何人からか「今日の最後でしたよね? 行きますから、がんばってください!」と声をかけられた。
 出演の時間がやっと近づき、控え室になっているステージ下手の用具室で準備を始めたものの、学校のイヴェントなので衣装に着替えたり、メイクをしたりすることもないので、チューニングをしてしまうともうやることがなく、舞台袖から軽音楽部のバンドが演奏するユーミンを4人でながめていた。
 1年生の文化祭でリーゼントの3年生が矢沢永吉になりきって気持ち良さそうに歌っていたバンドを…、2年生のときはセイジくんがユカリさんと一緒に演っていたバンドや、明日の日曜日にトリで務めるハードロックバンドを観て…、「自分もあんな風に演れたらイイよな…」と思っていたことを考えると、これからそのステージに立てることが誇らしかった。
 ユーミンを演っていたバンドが終わり、「お疲れさまでした」と声をかけたら、「お疲れさまです。楽しみにしています!」と言われた。

「早く出てこんか! コラっ!」
「ショウイチ、コラっ!」
 さっきまで「やさしさに包まれたなら」や「守ってあげたい」等、ユーミンのヒット曲が演奏されてほのぼのとした雰囲気だったのに、急に体育館がザワつき、ガラが悪くなった。
「ノイズ〜!」「ノ〜イズ‼︎」
「ゲン〜!」「ショウイチ〜!」
「セイジく〜ん!」「マコト!」
「きさんら、気合入れてやれよ! コラっ!」
 元2年8組軍団が集まってきたらしい。
「盛り上がってきとるやん…」
「2の8のみんなかね?」
「セイジくんもマコトもステージが広いけん、みんな動き回らないけんばい」
 ショウイチが言った。
「オレはどうすると? ドラムは動けんけどの…」
「ゲンは派手に演ればイイったい!」
「どうする? もう少し焦らしてみるね?」
「うんにゃ。時間がもったいないけん。マコト、ゲン、そろそろ出て行くばい!」
 セイジくんがギターを持ってステージに向かった。
 ステージ立ち、会場を見渡すと、前の方はイスが横に押しやられ、そのスペースに元2年8組のメンバーや、各学年のガラの悪そうな連中が陣取っていた。
 ゆっくりとセッティングを始めていたら、2年8組軍団のバンドコールが始まった。
「ノイズ!」「ノ〜イズ‼︎」
「ノイズ!」「ノ〜イズ‼︎」
「ノイズ!」「ノ〜イズ‼︎」
「ノイズ!」「ノ〜イズ‼︎」
 ほとんどが野太い声援ではあったが、ほんの少しだけ女の子の声も混ざっている。ショウイチがゆっくりと登場し、マイクスタンドをいじり始めた。
 アンプにシールドを刺し、念のためチューニングを確認した。ドラムのセッティングに少し手間取っていたゲンちゃんがボクの方を見てうなづいた。
 マイクスタンドを握ったまま、下を向いていたショウイチが顔を上げた。
 オープニングは、ビートルズの「愛こそはすべて」を真似して、ベースでフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」を弾いてからセイジくんがAのコードを鳴らし、ルースターズ「ダン・ダン(Let’s Rock)」を始める段取りになっていた。
「ヒート・ウェイヴ」「サムシング。エルス」「ロンリー・ボーイ」と続けた。練習不足で演奏はラフだったけど、4人で演っていて楽しかった。
「ロック・アラウンド・ザ・クロック」を始めると、前の方は大騒ぎになった。「サブステチュード」「ジョニー・B・グッド」でもっとにぎやかになった。体育館は人が増えていて、後ろの方でも踊っている人がいた。
 最後はいつものように、唯一のオリジナル曲「クラッシュ」で終了。
「ノイズ!」「ノ〜イズ‼︎」
「アンコール!」
「ショウイチ〜!」「ショウイチ、コラっ!」「ゲン!」
「セイジく〜ん!」「マコちゃん!」「ゲンさん!」
「アンコール!」
「アンコール!」
 元2年8組軍団の声に紛れて、少しだけ女子の声も聞こえる。
 ステージ横の用具室でチューニングを確認して、少し焦らしてステージに出て行ったら、さらに観客が増えて、広い体育館が大勢の人でうまっていたので驚いた。
 テレビで観たクラッシュのライヴを真似たヴァージョンでゲンちゃんがドラムを叩き始め「ホワイト・ライオット」を演った。続けて「カモン・エヴリバディ」。
 客席から「Come On Everybody!」とレスポンスが返ってくるまで、しつこく最後のフレーズを繰り返して終了。
 それでもまたアンコールの声が鳴り止まなかったので、今度はすぐに戻った。
 3年生を送る会の1曲目で演った「All Way The Punks」、そして「うるさい!」。
 2回目のアンコールが終わって、ステージ脇に戻ったら、元2年8組の担任で元学年主任だった先生が来ていた。
「オマエら、もうやめとけ。十分やろ…」
 先生は最初にショウイチを見て、そしてボクらを見回して静かに言った。
「これ以上は演るつもりはないけん…」
 ゲンちゃんが答えた。
(もう演る曲もない…)

「オレたち、ロンドンに生まれとったら…、結構イケたバンドになれたんやんやろか?」
 先生がいなくなり、後片付けをしていたらショウイチがそんなことを言った。
「どうしたん? そんなこと言うてから…」
 セイジくんが笑った。みんなで笑った。


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