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小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.15

 午後3時過ぎに、「おはようございま~す!」と亜無亜危異のメンバーが明るく挨拶をしてライヴハウスに入って来た。
 ヴォーカルのシゲルさんはモヒカン刈りだった…。本物のモヒカン刈りを間近で見たのは人生初で思わず凝視してしまった。ギターのマリさんは金髪で、所々がピンクに染められていた。しかも剃っているのか眉毛がない。リードギターの藤沼さん…、ベースの寺岡さん…、ドラムの小林さん…。みんなレコードや音楽雑誌で見た顔だ。目の前にいる実物のロックスターは、眩しくてカッコよかった。
 亜無亜危異のメンバーは、リハまでができるまで少し時間がかかると聞くと、「街を見てくる」と楽器を置いてバラバラにどこかへ行ってしまった。
「あんな格好で小倉の街を歩きまわりよったら、怖い人たちに狩られてライヴができんくなるんやないん?」
 東京からツアーでやって来たロックンロールバンドが、黒崎の商店街を歩いていたところ、地元の不良にからまれて、ボコボコにされた事件があったと聞かされていたので、みんなで心配した。
 今でこそ小倉は日本全国から警察官の精鋭が派遣されていて日本一安全な街になっている。でも当時はまだ「博多や下関から遊びに来た高校生の不良が小倉や黒崎に行くと、地元の中学生にカツアゲされてしまう…」と言った噂があるような時代だったので、メンバーが飲み物やお菓子を買って、無事生還してきた時は安堵した。
 亜無亜危異のリハーサルは、サウンドチェック後に数曲を途中まで演奏してあっさり終わってしまった。
 メンバーはまたバラバラにどこかへ消えていったが、藤沼さんだけは楽屋に残ってギターを弾いていた。ボクら4人は、最初こそ遠巻きにその様子を見ていたが、少しずつ間合いを詰めて行った。
「今日、“ホワイト・ライオット”は演りますか?」
 ショウイチが恐る恐る藤沼さんに質問をした。亜無亜危異のファーストアルバムには日本語の歌詞を付けた「ホワイト・ライオット」が収録されている。
「今日のセットリストには入ってないよ」
 それを聞いてボクらはホッとした。「ホワイト・ライオット」は数少ないうちのバンドのレパートリーだし、もちろん今日のセットリストにも入っている。仮に亜無亜危異が演ると言ってもセットリストを変えるつもりはなかったが気になっていた。
「どうして6弦を外して5弦にしてるんですか?」
 藤沼さんが弾いているギターを見てセイジくんが質問した。
「ストーンズのキースがオープンGチューニングにする時、6弦は邪魔になるから弦を外しているんだよね」
「オープンGチューニング?」
「そう、“ブラウン・シュガー”とか“ホンキー・トンク・ウィメン”とか、最近だと“スタート・ミー・アップ”とか…」
 セイジくん以外は、きっとオープン・チューニングがどんなものか分かっていなかったけど、4人とも大きくうなずいた。
「キミたちは、どんなの演ってんの?」
「ハイ! クラッシュとかピストルズです!」
「そう…、格好良いよね。レゲエとかブルースとか、いろんなバンドのルーツ・ミュージックを聴いてみるとおもしろいよ」
「ハイ‼︎」
 ショウイチやゲンちゃんが元気よく素直な返事をするのを初めて聞いた。藤沼さんとの会話中、ボクらは直立不動だった。本物のロックスターとの会話にドキドキした。
 しばらくして藤沼さんも出かけしまったので、また手持ち無沙汰になってしまった。やることがなかったので、何回も衣装チェックや、楽器のチューニングをした。4人とも無口だった。
 やっと開場時間が近づいてきたので、本番前にライブハウスの外にあるトイレに行こうと扉を開けたら、目つきの悪いヤツがゲームセンターにたくさんいて、一斉に睨まれた。
(何なん? 何でガンつけられないけんと?)
「怖〜! なんかヤバそうなヤツらがたむろしとるっちゃ!」
 やっぱりトイレから戻ってきたゲンちゃんが心配そうに言った。
「すごいね…、凶暴そうなヤツらばっかやん。北九州中から危ないヤツらが集まっとるんやない。オレら下手したら殺されるかもしれんね…」
 ゲンちゃんから言われて、様子を見に出たショウイチもすぐに戻って戻って来てこう言った。
 タバコを何本も吸った。普段はほとんどタバコを吸わないセイジくんもショウイチからタバコもらって吹かしていた。

 開場は6時。
「開場します!」というスタッフの声を合図に楽屋に入り、最後の点検をした。アナーキーのメンバーはまだ戻ってきていない。
 会場がザワつき始めた。客の入りが気になり、ステージ脇から会場をのぞいて見たら、外でたむろしていた凶暴そうな連中が、狭いスペースに押し込まれてうごめいていた。危険な匂いが濃縮されている。
(こんな恐ろしいヤツらの前で演らないけんのか…)
 かなりビビってしまったが、その中にチケットを売りつけた後輩や、どう見てもライヴハウスには場違いなクラスメイトの姿を見つけたときはうれしかった。
 予定されていた開演時間が近づき、ショウイチが買ってきた缶ビールを一口ずつ回し飲みした。
「そろそろ開演します! よろしくお願いします!」
 ライヴハウスのスタッフに言われて、メンバー全員で新しいタバコに火を点けてステージに向かった。
「誰や、アイツら? 亜無亜危異を出さんね! コラっ!」
「亜無亜危異はどうしたんか? 亜無亜危異は? コラっ!」
 ステージに上がったボクらを見て、何人かの客が叫んだ。ぎゅうぎゅう詰めのフロアが揺れた。
 やっと開演だと思ったら、どう見ても高校生の4人組が、タバコを吸いながら現れたのだから仕方ない。
 ショウイチは缶ビールを持ったまま、叫んだヤツがいる方を睨みつけた。
(ショウイチ! 何ガンつけよるん。ステージに上がってきたらどうすん? 勘弁してくれ…)
 思わず身構えてネックを握りしめた。セイジくんは客に背を向け、ギターをかき鳴らし、チューニングや音を何度も確認してアンプを調整している。ゲンちゃんは観客を一瞥し、スネアやシンバルを何度か叩いた後で、バスドラのペダルをいじり始めた。
 ベースはシールドをアンプに刺してしまうと、もうやることはないので、タバコを吸いながら、怖そうなヤツとは目を合わさないように注意しつつ、会場を見回した。ベースギターのヴォリュームとトーンは、鈴木先生に習ったとおりフルテンにしている。
(まぁ、いろいろ大変やったけど…、おもしろかったんかな? でも…、これからこんなヤツらの前で演るとか、生きて帰れるんやろうか?)
 タバコの煙を大きく吸い込んだ。
 セッティングに手間取っていたドラムが静かになったので、ゲンちゃんを見たらうなずいた。セイジくんもショウイチもこっちを見ていた。

 1曲目の「ラヴ・ソング」はベースから始まる。
 イントロを弾き始めたとたん、ショウイチが口に含んだビールを客に向かって霧状に吐き出して、缶に残っていたビールもぶちまけた。ベースにもビールがかかって、ネックがベタついた。
「マシンガン・エチケット」「反アメリカ」「うるさい!」、MCはない。
 セイジくんがチューニングを確認している間、ショウイチはマイクスタンドを握ったまま客を睨みつけている。
「プリティ・ヴェイカント」「ホワイト・ライオット」「カモン・エヴリバディ」「サブステチュード」「ロック・アラウンド・ザ・クロック」「ジョニー・B ・グッド」。休みなしに続けて、最後に唯一のオリジナル曲「クラッシュ!」
 この日のために、3か月以上すべてをバンド優先で練習してきたけど、始まってしまえば本当にアッという間だった。15分もかからずに終わってしまった。やっぱり今日もリズムは目一杯走っていた。
「お疲れ~!」
 楽屋に戻ったら、亜無亜危異のメンバーがそろっていて、みんな声をかけてくれた。とりあえず終わって一安心だったが、仕事はまだ残っている。楽器を拭いてケースに入れる間もなく、すぐにステージに舞い戻り、数分前に演奏していたステージから客の最前列に降りた。

 店長から演奏が終わったら、すぐ最前列で警備をするように言われていた。
「オープニングアクトち言うたら聞こえはイイけど、結局は警備要員か…」
 そう思いながらも、最前列で観られるのがうれしかった。ショウイチとゲンちゃんは中央付近、セイジくんは藤沼さんの前、ボクはベースの寺岡さんの前に陣取った。
「小倉・イズ・バーニング…」
 アナーキーのステージは圧巻だった。
 前に押し寄せてくる観客のせいで、「圧死しちゃうかも?」と何度も危険を感じたが、どうにか両足で踏ん張って押し戻しながら、ライヴを楽しんだ。
 藤沼さんが今日のセットリストには入っていないと言っていた「ホワイト・ライオット」もアンコールで演奏された。
「こうやって演るんだぜ!」とお手本を見せてくれたに違いない。
 怒涛のライヴも終わってしまえばアッと言う間に感じた。

 終演後、後片づけを手伝っていたら、知らないうちに亜無亜危異のメンバーはいなくなっていた。
 「これどうしょう?」
 クラスメイトや後輩にチケットを売りつけるとき「サインをもらってきちゃるけん」と言っていたショウイチは、準備していた真っ白の色紙の束を持ってあわてた。
 その様子を見てゲンちゃんが、メンバー全員のサインが書かれた色紙をそっと差し出した。
「どうしたんこれ?」
 セイジくんが訊くと、ゲンちゃんは「ヘヘッ」と笑った。ご丁寧に「ハルヒサくんへ」と名前まで書いてある。
「いつの間にお前だけ…」
 3人でゲンちゃんを睨みつけた。
「仕方ない…。お前、絵が上手かったろう…」
 ショウイチから色紙を押しつけられた。メンバー全員のサインを真似るのは大変そうだったので、“亜無亜危異”と漢字の部分だけを、ゲンちゃんのサイン色紙を見ながら20枚くらい描いた。
「とりあえずこれをみんなには渡そう…」
 ショウイチはサイン色紙をバッグに入れた。サイン色紙問題は片付いたが、もうひとつ大きな心配があった。
「ショウイチがビールかけたり、ガンつけたりしよったけん、凶悪な人たちが待ち伏せしとるんやない?」
 ゲンちゃんが心配そうに言った。
「オマエたちもガンつけよったやん?」
 ショウイチを除く3人は激しく首を横に振った。
「一蓮托生ばい。連帯責任やろ?」
 帰り支度はゆっくりと時間をかけた。午後9時過ぎに恐る恐る4人で固まってライブハウスの扉を開けたら、ゲームセンターには恐ろしそうな人はいなかった。それでもまだ安心できない。どこかで待ち伏せされているかもしれない。だから、魚町の電停から電車に乗り、デインジャラスな小倉の街を脱出できた時はホッとして、やっと肩の力が抜けた。
 とてもとても長い1日だった。
 疲れていたが、布団に入ってからも耳鳴りがおさまらず、なかなか寝付けなかった。
(明日はオーディション…、早く寝なきゃ…)

※亜無亜危異のライヴ終了!(まだまだ続きます)


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