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小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.04

「スタジオ代は1時間800円やけ、一人200円ね」
 個人練習を重ねて2週間、初めてスタジオで練習することになった。
 小倉の竪町にあるスタジオはセイジくんが予約してくれた。
 そのスタジオにはAスタジオからDスタジオの4室あって、Aスタジオはキーボード教室、Bスタジオはライトミュージック教室用で、CスタジオとDスタジオがバンド練習用として一般に貸し出されていた。
 一番安いDスタジオは1時間800円で、細長く広さは3畳くらいしかなかった。横幅はドラムセットがギリギリ置ける幅しかなかったので、ゲンちゃんはハイハットをいったん横にずらしてから回り込んで椅子に座った。
 敬老の日が過ぎていたのにひどく蒸し暑かった。エアコンから風は出ていたけど生ぬるく冷たくなかった。
「もう少し涼しくならんのかね?」
 ショウイチが開襟シャツのボタンを外しながらエアコンのスイッチを探した。スタジオが狭いので動く時は気をつけないと、楽器やアンプにぶつかってしまう。「セイジくん、このマイクはどうやってつなぐと?」
「このケーブルをカチッって音がするまで差し込んで、もう片方を卓につなげると…」
「このマイクスタンドはどうやったら高さを変えられるんやろ?」
「その黒い所の棒を回してたら動くけん…」
「セイジくん、ベースアンプのヴォリュームとトーンはどれくらいにすればいいと?」
「アンプのトーンはとりあえずみんな真ん中にしとき。ヴォリュームは後でバランスをみるけん。あっ! シールド射すときは電源切っときよ!」
「うん、分かった。ベースギターのヴォリュームとトーンは?」
「とりあえずヴォリュームは右いっぱいで、トーンは半分くらいにしてみんね」
 シールドをアンプに刺して電源を入れ、ヴォリュームを上げるとジーという音がした。
「マコト、ちゃんとプラグは刺ささっとる?」
 シールドのプラグをギターのジャックに押し込んだらノイズが止まった。
 マイクやアンプのセッティングは、まったく分からないから、唯一のバンド経験者のセイジくんだけが頼りだった。
 ゲンちゃんだけはセイジくんに訊くこともなく、何を見るでもなく、シンバルやタムの位置を直したり、ペダルをいじったりしていた。
「マコト、Aの音を出してん!」
 “ベ〜〜〜ン”と大きな音が鳴った。チューニングはスタジオに入る前にチューナーで合わせてあった。
「セイジくん、これでイイ?」
「ちょっと大きいけん、もう少し下げり! ショウイチ、声だしてん!」
「チェック、チェック! ワン、ツー、ワン、ツー…」
(おっ! 何かミュージシャンぽいやん…。どこでおぼえたんやろ?)
「ちょっと聞こえんね。ハウる直前まで上げてみんね…」
「うん、分かった」
 ショウイチが卓を調整した。
「ゲン、何か叩いてみてん」
 セイジくんに言われて、ゲンちゃんがゆっくりエイトビートを叩いた。
(結構サマになっとるやん。さすがヤルときはヤル男…)
 手間取ったけど、どうにかバランスが決まった。

「時間がもったいないけん、ダラダラせんよ! 準備はイイね?」
 記念すべき1曲目はセックス・ピストルズの「プリティ・ヴェイカント」だった。
 セイジくんがイントロを弾き始めた。
 ゲンちゃんのドラムに続き、ベースが入る。
「ゲン! リズム!」
「マコト! ドラムの音をちゃんと聞かんね!」
 ヴォーカルが入る前にセイジくんが叫んで演奏を止めた。まだベースは4弦の5フレットから動いていない。
「最初から演り直すよ。ゲンはリズムをキープせんと! マコトはゲンのドラムを見ながら弾いてみ!」
 またセイジくんがイントロが弾き始め、今度はどにか無事にヴォーカルのところまでは行ったが、すぐにまたセイジくんに止められた。
「ショウイチ! ちゃんと歌い! ぜんぜん聞こえんやん!」
「ゲン、リズムがバラバラ!」
「マコトはヴォーカルが入ったとこからどんどん遅れよる‼」
 また最初から演り直した。
「ダメ! ダメ! ダメ! もう1回最初から!」
 十分に練習してきたつもりだったけど、テープに合わせて弾くのとスタジオで演るのは全く別物だった。
「もう1回演るよ! みんなドラムの音をよく聞かんね!」
 今度も全くダメで、合わせるはずのドラムが途中で止まってしまった。
「ぜんぜんダメやん! 一番簡単な“プリティ・ヴェイカント”がこれやったら先が思いやられるね。“カモン・エヴリバディ”を演るばい。マコト、ベース弾いて!」
 イントロを弾き始めた。ゲンちゃんのドラムがバタバタを続く。セイジくんのギター入ると急にリズムが速くなった。ショウイチが歌い出すともっと速くなった。「マコト、ダウンピッキングで弾かんね!」
「ゲン、エイトビートさぼらんよ!」
 セイジくんの声は大きく、口調はきつくなっている。
「ちゃんと練習したんかね? ぜんぜんダメやん。ロッカーズを演ってみようかね。ゲン、カウント!」
 学校での温厚な態度と違って、スタジオでのセイジくんは鬼だった。
 初めてのスタジオ練習では、結局1曲も通しで演奏ができなかった。

 1時間の練習が終わると、楽器を片付けながらロビーで反省会が始まった。
「ベースはダウンピッキングで弾かんとビートが出らんのけね。ロッカーズの穴井さんは、腱鞘炎になってもダウンでしか弾かんのやけね」
「ゲンもエイトビートをさぼりなさんなっちゃ! ラモーンズは最初から最後まで延々エイトビートなんよ!」
「ショウイチは何を歌いよるんか分からん! そもそも歌詞くらいおぼえてこんね!」
 しゃべるのはセイジくんだけで、ショウイチもゲンちゃんもボクも下を向いて顔を上げられなかった。
「みんな本当にちゃんとマジメに練習してきたと?」
 セイジくんが大きなためいきをついた。
「こんなんで亜無亜危異に間に合うん?」
 下を向いたままタバコを吹かし始めた初心者3人に向かってセイジくんは言った。
「分かっとる? オレたちライヴハウスで演るんよ…。お客さんの前で演るんよ!」

※亜無亜危異のライヴまであと82日


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