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小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.14

 学校の授業はサボり、スタジオに集合した。いつも狭いDスタジオではなく、本番直前の練習なので広いCスタジオを午前10時から2時間予約していた。
 昨日のリハーサルでの失敗を引きずり、みんなの顔は暗かった。
「昨日はひどかったけど、本番やないで良かったやん。昨日のことは忘れて、今日はがんばるばい!」
 セッティングが終わると、ショウイチがマイクを通して話した。
「そうやね…、昨日のことは忘れたらいけんし、ちゃんと反省せないけんけど…、気持ちを切り替えて気合い入れるばい!」
 セイジくんが答えた。
「昨日はゲンちゃんのドラムが速いけんたまげた…。もう付いていくのに必死やったもん…」
「オマエのベースも大概走っとったけどの…」
「でも…、セイジくんでも緊張するんやね?」
「ショウイチ! オレをなんやち思っとるん? 緊張するに決まっとるやん。さぁ、時間がもったいないけん、練習始めるばい!」
 セイジくんの号令を合図に、ボクは「マシンガン・エチケット」のイントロを弾き始めた。それからは休みなしで6セット、時間ギリギリまで練習をした。

「昨日、ライヴハウスでリハを演らせてもらったんですけど、無茶苦茶ひどくてですね…」
 スタジオ代を会計する時にベース教室の鈴木先生がカウンターにいたので、昨日のことを相談した。
「下手くそが1日で上手くなるわけないじゃん! いつも言っているけどロックはノリ! ノリだからね。超下手くそでも勢いがあったらどうにかなるからさ。どうせリズムが走るなら3倍速くらいで演っちゃうとか…。とにかく元気よくがんばればイイんだよ。行ってらっしゃい! はい、がんばって!」
 鈴木先生はボクらに向かって右手を挙げ、送り出してくれた。

 魚町銀天街のライヴハウスへ行く途中、小倉で人気のサンドイッチ店OCMに寄った。ここは西北女学院グループおすすめの店だ。ボクは何回か行ったことがあったが、他の3人は行ったことがないと言うので、ライヴ当日はここで昼ごはんを食べようと決めていた。
 トーストしてもらったチキン+オリジナルのサンドイッチを、ゆっくり食べた。美味しかったけど、みんな口数が少なかった。
「そろそろ行こうか?」
 ショウイチの合図で店を出て、ライヴハウスへ向かった。
 魚町銀天街を通り、ゲームセンターへの階段を下った。まだ人が少ない店内を通り過ぎ、ライヴハウスの扉の前で立ち止まった。4人で顔を見合わせ、セイジくんが頷いてからショウイチが黒い扉を押した。そして4人で「おはようございます!」と大きな声で挨拶した。
 亜無亜危異のライヴはスタンディングオンリーなので、席は片付けられ閑散としていた。しかも勇んで挨拶をして入ったものの、スタッフの方はまだ1人しか来ていなかった。
 ショウイチがそのスタッフにノルマ30枚分のチケット代を渡しながら訊いた。「何人くらいお客さんは来るとですか?」
「想定していたよりチケットがさばけんでね…、それでも100人くらいは来るんやないかね」
「こんな狭いところに100人も入るん…?」
 それを聞いたボクは驚いた。
 それから30分くらいしてPA担当の方が来てリハーサルを始めたが、セッティングは昨日の通りだったのですぐに終わってしまった。

 亜無亜危異の到着までまだ時間があるようだった。リハが終わり手持ち無沙汰になってしまったボクらは、ライヴ用の衣装に着替えることにした。
「そんな格好で演ると? 全然ダメやん! もっと派手にせんと」
 ショウイチがみんなの衣装や、各自が用意した服や小物を見て、東京で買ってきたらしい、ライダースの皮ジャンやロックTシャツ、A store Robotや文化屋雑貨店のアクセサリー、スカーフ、小物を広げた。
 セイジくんの服装は、ことごとくショウイチにダメ出しされた。
「ぜんぜんパンクやないやん! 文化祭やないやけん」
 革靴以外、セイジくんはショウイチに言われるまま着替えさせられた。アナーキー・イン・ザ・UKのTシャツとライダースの革ジャン、黒いデニムに黄色いソックス、そしてバンダナを首に巻かれていた。
 ボクは黒いスリムパンツにクリームソーダの赤いソックス、靴はハイカットのバスケットシューズにビッグシャツを着ていたが、地味だと言われ、シド・ヴィシャスのTシャツに着替えさせられ、青いオーガンジーのスカーフを巻かれた。
 ゲンちゃんだけは「アクセサリーとか着けたら、ドラムの邪魔になるけん…」と何も借りなかった。
 ショウイチはメイク道具も持ってきていた。ファンデーション、アイシャドウ、リップスティック、グロス…。
「化粧とか気持ち悪い…」
 ゲンちゃんは髪をデップで立てながらそう言って興味をしめさなかったが、忌野清志郎に影響されていたボクはメイク道具に手を伸ばして顔に塗り始めた。
「セイジくんも目の上とか塗りやい」
 躊躇しているセイジくんにショウイチがアイシャドウを塗った。自分が持って来た衣装をすべて否定され着替えさせられたセイジくんは、もうショウイチには抵抗しなくなっていた。
 衣装とメイクが終わるとまたやることがなくなってしまい、亜無亜危異の到着を、タバコを吹かしながら待っていた。

※亜無亜危異のライヴ当日


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