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寺山修司名言集(9/15の日記)

 水曜日。晴れ。

 寺山修司『墓場まで何マイル?』(角川春樹事務所)読了。遺稿を含む、最晩年のエッセイ集。
 私は名言集のたぐいを読むのは好きではない。言葉は飾り物にするのではなく、基本的に、使い捨てて行くべきものだと思っている。
 ただこの本については、引用すべき「名言」を引用していくことで、私の「感想」に代えることにしよう。

 だが、人生こそは、もっとも面白い遊びである、ということだけは忘れたくないものだ。
「いつでも帰ってゆける」自分を持つこと。それが、変身のための最大の秘訣である。
 春日八郎のマネをしたからといって、感傷が癒されるわけではない。
 むしろ、秘めておきたい大切なものを、汚してしまうような、いたましい気分になるだけだろう。
 しかし、歌謡曲のよさは、そうした通俗的な一般化によって、個人的な感情を異化してしまうところにあることを、忘れてはならない。
 人は、一生かかっても「自分だけのもの」を持つことなどできない。
 そのことがようやくわかりかけてきたのは、つい最近のことなのである。
 僕のなかにはこうした幾人かが混在している。僕は劇作家は政治家になり得ないことをしみじみ痛感する。同時性をとらえようとすればするほど僕は幾様の人物の理解をせまられるのである。そしてエレンブルクのように「革命家こそ強引に、くさいものには蓋を」するわけにはいかなくなる。
 だが、歴史を作ることに熱中する前に文学者は己れの仕事の女々しさを再認識し、そこから出発せねばならないと思う。今日では社会主義者になるのは一番たやすいことなのだ。
 しかし、童話を否定し、現実原則ばかりを大切にしたところで、生きがいが見出せるというわけではない。歴史科学の盲点は、いつでも「幸福の問題」を、満足の次元の充足にすりかえてしまうところにあるように思われる。
 現代では、欠乏しているのは幸福そのものなのではない。
 「幸福論」なのである。
 すべての人間は、俳優である。
 そして、彼らに機会を与えてやることだけが「演出家の仕事」なのである。革命の達成に要るのは、偉大なイデオロギーではない、現実的な「演出家」である。
 たとえば『81/2』の場合、主人公のグイドはフェリーニ自身であり、同時に赤の他人である。フェリーニは、グイドの記憶を利用して(つまり過去の力を借りることによって)現在から身を守ろうとする。だが、同時に「現在」を強化することによって、グイドの記憶(つまり過去)からも身を守ろうとする。
 この円環的な袋小路で、多くの幻想が生まれるのである。
  赤き火事哄笑せしが今日黒し

 西東三鬼の句である。
 笑いは残酷なもので、いつも事件の表層だけとかかわっている。笑いは、事件から自分を切り離し、異化する。
 僕は、短歌をつくりながら、だんだん嘘を書くようになった。自分が経験してないことを短歌にする。「私」の超克ですね。
 カミュは「思想をもたない者はせめて方法をもたなければいけない」と言いましたがね。
 それに僕は、十九から二十二歳まで病院で暮らしてた。だからその分だけ、政治をリゴリスティックに見ることができ、イデオロギーからの乳離れが早かったのかもしれません。
 そりゃあ、マルローでも、ポンピドーでも、みんなしゃべらせるとおもしろいですけどね、全体として政治家の言語はきわめて貧しい。新左翼の人たちが、理論活動していく。その理論活動のなかで語られる先鋭的な言語と、実質的な闘争のなかで、方便として使われていく戦略的な言語とのレベルの落差ね、そういうものがすごく大きい。
 だから劇場が、劇場という制度を受け入れた時から自壊していく、つまり劇場の中で近代劇の崩壊がはじまるのを見せる以外にね、何ができるんだろうかっていう感じですね。
 最近の反省はね、ちょっと台詞が多い。無意識に中断しつつ、解体しつつ、でもやっぱりすぐ物語に引き戻されていくっていうことです。「私」は、物語を創る病気につねにとりつかれているわけで、その物語という病いから、どれだけ自由になれるかってことが、ドラマツルギーだと思っている。
 デュシャンは「死ぬのはいつも他人ばかり」と言ったけど、至言だと思ったね。彼は「私」を解体し、宙吊りにした最初の表現者だという気がする。しかし、僕は寡作であるよりは、失敗しても作りつづけていたいと思うんだね。

 そして、次の一節。

 私は肝硬変で死ぬだろう。そのことだけは、はっきりしている。だが、だからと言って墓は建てて欲しくない。私の墓は、私のことばであれば、充分。
「あらゆる男は、命をもらった死である。もらった命に名誉を与えること。それだけが、男にとって宿命と名づけられる。」(ウィリアム・サローヤン)

 これが寺山の「絶筆」だという。あまりにも眩しいような、誇りに満ちた死に方である。

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