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現在、ロサンゼルスにて

(このコラムは、新型コロナウイルスについて言及していますが、そのための有益な情報や真偽不明の情報を書いてはいません。ロサンゼルスにていま現在生活しているわたしの一個人としての気持ちを綴っています。ご理解ください。)


わたしはアメリカ、ロサンゼルスに2019年の4月から滞在しています。12月にアートスクールを卒業し、留学生が一年間合法的にアメリカで働けるOPTという制度で、現在仕事を探しています。

ですが、2月ごろから感染者を増やしている新型コロナウイルスの影響で、アメリカでも感染が確認され、このロサンゼルスでもその余波により、3月19日から一ヶ月間の自宅待機命令が出されました。


近くのスーパーマーケットでは、多くの商品が売り切れていて、トイレットペーパーやティッシュ、卵や牛乳も店頭からなくなっていました。お店に入る前に、他のお客さんと列を作り、パニックにならないよう、入店制限をかけられました。

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政府の対応や、世論などはいろいろな意見がありますが、ニュースサイトやテレビ等を見ていると、正しいのかどうかもわからない情報や、ソースがどこなのかも明記されていない情報に振り回され、自分はただ不安になり、だけどどこを頼ればいいのかわからない、宙ぶらりんの状態です。多くの方がそうだと思います。

その中で、自分の知識や経験から、「このウイルスによるパニックは夏までには収まるだろう」と言うルームメイトもいました。情報が錯綜する中で、何か不確定でも情報にすがりたい気持ちもありますが、自分自身で情報を見極めていくのが大切だと思います。そして、そのスキルが各個人に必要な時代だとも感じました。


もともとマスクをする文化のないアメリカは、(マスクをする人は重篤な病気の状態にあるとされている)マスクをする他人を嘲笑したりしていますが、わたしの住む地域はアジア人が多いこともあり、装着して外出する人が増えてきました。他人を守り、そして自分を守るために装着するということを理解していない人も中にはいます。現に、ルームメイトに、「それ(マスクの装着)は、やりすぎじゃない?」と言われました。

文化の違いもありますが、今できる最大限の対策を多くの人にしてもらいたいと思い、ルームメイトとも接しています。アメリカやヨーロッパでは、日本と比べて、ハグや握手など他人との身体的接触が多いので、"Social Distancing" (意識的に他人と距離を取ろう)という言葉がSNS等で強調されています。


SNSに潜り、たくさんの意見や発表を見ていると、不安になる情報をわざわざ探している自分に気づきました。最悪の状況を考え、のちの行動を思慮するのは正しいことではありますが、より自分にストレスを与えてしまう可能性もあるのだと感じました。


わたしは映像や音楽に関わる仕事をしようとしていて、日常において、娯楽といわれるものを作っています。その中で、わたしには何ができるんだろう、こんな時に人に差し出せるものはなんだろう、とずっと考えています。目の前に苦しんでいる人がいて、その人に「ギター弾いて歌うから君も頑張って!」なんて到底言えません。何気ない日常があるからこそ娯楽は価値を得るのだとわたしは結論づけました。

宇多田ヒカルさんの著書にあった言葉で、「特別なことが普通で、普通なことが特別なんだよ」というものがありました。こういう状況だからこそ、感じられるありがたみもあるのだと、ポジティブに考えようと思います。どうか皆様が安全で、平穏な日常をまたすぐに手にできますように。

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