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「観る将」が観た第72回NHK杯トーナメント本戦決勝

3月19日、NHK杯本戦決勝の藤井聡太竜王と佐々木勇気七段の対局が放映されました。
※佐々木七段は3月9日付で八段に昇段していますが、本稿では収録当時の呼称で記述させていただきます。

藤井竜王は2回戦からの登場で、伊藤(匠)五段、佐藤(天)九段、中川八段、八代七段を降して勝ち上がりました。佐々木七段は1回戦からの登場で、本田五段、松尾八段、郷田九段、永瀬王座、広瀬八段を破っています。両者ともにNHK杯決勝には初めての進出で、勝てば初優勝となります。

佐々木七段は2010年プロ入りの28歳で、16歳1か月での四段昇段は渡辺名人に次ぐ年少記録であり、まだタイトル戦の経験はありませんが、早くからタイトル獲得が期待されている実力者です。かつて29連勝中だった藤井四段(当時)にプロ入り後の初黒星を付けたことで有名になりましたが、今回は同一年度一般棋戦完全制覇を目指す藤井竜王の前に立ちはだかる形になりました。

戦型は相掛かり

振り駒で先手となった佐々木七段が相掛かりに誘導し、藤井竜王は受けて立ちます。お互いに角道を開けて、佐々木七段が角を上がって飛車先を受けると、藤井竜王は角を交換して金で取らせます。先手の金の位置はいわゆる悪形と言われる形ですが、佐々木七段が銀を腰掛けると、藤井竜王は自らも悪形と言われる△3三金型にして、先手からの飛先の歩交換を防ぎます。

陣形の整備

お互いに飛先の歩を交換できない形となりましたが、桂頭を銀で守った藤井竜王は△3二金~△3三銀と陣形を整えます。先に持ち時間を使い切った佐々木七段が▲7八金と引くと、藤井竜王は飛先の歩を交換します。佐々木七段が銀冠の好形に組み直すと、藤井竜王も持ち時間を使い切り、8筋の歩を合わせて桂を交換します。

藤井竜王の仕掛け

藤井竜王が△4四銀と出ると、佐々木七段は▲5六歩と突いて受けます。藤井竜王は3筋の歩をぶつけ、佐々木七段が4筋の歩を伸ばして銀に当てると、5筋に銀を引きます。佐々木七段が3筋の歩を取ると、藤井竜王は5筋の歩をぶつけます。取ると王手金取りの筋があるので、佐々木七段は▲6七金と上がって受けますが、藤井竜王は5筋の歩を取り込み金銀両取りを狙います。

藤井竜王の端角

佐々木七段が敵の打ちたいところに▲5五歩と打って両取りを防ぐと、藤井竜王は考慮時間を2回使って6筋の歩を突き捨て、金取りに△9三角と端角を放ちます。佐々木七段が▲6六桂と打って角道を止めると、藤井竜王は8筋に歩を合わせます。佐々木七段が構わず2筋の歩を突き捨ててから▲5六銀と歩を払うと、藤井竜王は8筋の歩を取り込んで銀に当てます。AIの評価値は藤井竜王の66%と少し傾いています。

佐々木七段の反撃

佐々木七段が飛頭を歩で叩いて吊り上げてから、▲5四歩と伸ばして銀に当てると、藤井竜王は△5四同銀右と取ります。佐々木七段は吊り上げた飛車に当てて▲7一角と打ち込みますが、藤井竜王は△8七歩成と銀を取ってと金を作ります。

佐々木七段の十字飛車

佐々木七段は飛角交換してから▲5四桂と銀を取り、空いたスペースに▲5三歩と玉頭を叩きます。藤井竜王は玉を4筋にかわしますが、佐々木七段の▲2四飛と走った手が銀桂両取りの十字飛車となります。佐々木七段の攻めが決まったかに見えますが、AIの評価値は藤井竜王の82%と大きく傾いています。

ギリギリの攻防

藤井竜王は△6六歩と金頭を叩きますが、佐々木七段は構わず▲2一飛成と竜を作って詰めろを掛けます。藤井竜王が王手で金を取ってから△3一歩と底歩を打って詰めろを逃れると、佐々木七段は▲3四桂と打って後手玉を5筋に追い、▲8三飛と王手角取りに打ちます。藤井竜王が△6三銀と引いて逃れると、すぐに角を取ると王手飛車があるので、佐々木七段は▲6四銀と王手します。

取れない"と金"

藤井竜王は角で銀を食いちぎり、△7七"と"と寄って押し売りしますが、取ると王手金取りがあるので、佐々木七段は▲5九玉とかわします。藤井竜王が△6七"と"と銀を取って詰めろを掛けると、佐々木七段は▲6七歩成と銀を取って王手し、考慮時間を2回使って詰めろ逃れの詰めろに▲6五角と放ちます。

鮮やかな即詰み

藤井竜王も考慮時間を1回使い、△7三桂と打って詰めろを逃れると、佐々木七段は最後の考慮時間を使って▲3二竜と金を食いちぎります。藤井竜王は△5八銀と王手して清算し、△5七銀とタダ捨てしてから角を取って△6五桂と王手を続けます。先手玉には即詰みが生じているようで、藤井竜王が△5八角と王手すると、佐々木七段は無念そうに俯いて投了を告げました。

まとめ

本局は佐々木七段が相掛かりに誘導しましたが、両者とも金を三段目に上げて相手からの飛先の歩交換を拒む進行となりました。お互いに陣形を整備し、藤井竜王が後手番ながら積極的に仕掛け、端角の睨みを利かせて主導権を握りましたが、佐々木七段も鋭く反撃して後手玉を追い詰めました。両者が技を駆使して見応えのある終盤戦となりましたが、最後まで考慮時間を残した藤井竜王が鮮やかな即詰みに討ち取りました。
NHK杯初優勝を遂げた藤井竜王は、対局後「決断良くという方針を最後まで貫くことができて、優勝という結果に繋げることができました」と喜びを語りました。同時に今年度行われた4つの一般棋戦を完全制覇するという、前人未到の偉業を達成しています。8つあるタイトル戦の全冠制覇が期待される藤井竜王ですが、1敗もできない一般棋戦の完全制覇は、それ以上に難しい大記録だと思います。
佐々木七段は惜しくも初優勝を逃し、「悔しいですけれど、また永瀬王座や藤井竜王と対局できるように、勝ち進んでいけるよう頑張ります」と言葉を振り絞りました。順位戦A級への昇級を決めた佐々木七段には、次はタイトル戦の場で藤井竜王を苦しめる存在になって欲しいと期待しています。

※過去の一般棋戦の優勝者について興味のある方は、下記投稿もご覧いただければ幸いです。


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