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詩とは反逆だ|ワート・ラウィー

2022年5月に別のURLで公開した詩の翻訳です。
Twitter上で流れたきりになってしまったため、こちらに再掲します。

ワート・ラウィー(本名:ラウィー・シリイッサラナン)は1971年バンコク生まれの作家、編集者。1990年代から2000年代にかけて、出版社ナンスー・タイディン(地下本)や書店ラーン・ナンスー・タイディン(地下書店)、出版社 shine を運営。自身で創作するだけでなく、多くの作家を輩出した。2004年には伝説的な文芸誌 Underground Buleteen を創刊。同時期に創刊した『アーン』(読む)や『ファー・ディアオカン』(同じ空)とともに、21世紀タイの批評文化を牽引した。

2010年以降に激化した政治的対立と分断の中で、ワートは民主派・反王室の急先鋒として作家たちを牽引した。刑法112条(王室不敬罪)の改正運動を主導しただけでなく、セーン・サムヌック(意識の光)やモーラスム・ワンナカム(文学のモンスーン)といった作家集団のリーダーとなって、セミナーや討論会の開催、民主化デモで拘束された活動家の支援なども精力的におこなった。その鋭い舌鋒とは対照的に、多くの作家たちから慕われるタイ現代文学界の精神的支柱であったが、2022年5月14日に急逝。遺作は2020年に発表された王室についての評論集『オールド・ロイヤリスツ・ダイ』となった。

5月17日の火葬にあわせ、散文詩「詩とは反逆だ บทกวีคือการทรยศ」を訳出した。この詩は、2018年11月17日に北部タイ・ナーン県で開催された nanpoésie で発表された。舞台上の朗読原稿をもとに、作家ウォーラポット・パンポンのウェブサイト nan dialogue に掲載されたものを底本としている。むろん本人から翻訳の許諾は取れていないが、ワートの盟友でもあるウォーラポットから「自分だったら翻訳させる」と言われたので、ここに公開する。
出典:https://www.nandialogue.com/wad-rawee/

なお本ページで使用している写真は、前出のウォーラポットが、2020年11月に民主化デモの会場で撮影したものだ。個人的にもほんとうに多くのことを教わった。冥福を祈る。(福冨渉)

詩とは反逆だ


詩とは感情だと言うひとがいる 感情が思考を見つけ 思考が言葉を見つけるんだと 詩は最上の幸福から生まれると言うひとがいる あるいは悲しみの奥底から生まれると 内側から溢れ出す 強い感情なんだと言うひとがいる

だけどぼくは言う 詩とは反逆だ

詩とは言語だと言うひとがいる
響きと韻をうたう言葉なんだと もっとも美しく 緻密に編まれた最上の句だと 暗喩でありアナロジーだと エネルギーが頂点に達した言語だと 崖から薔薇の花を投げ捨てて 谷底から響く音を待つことなんだと 闇に自分の孤独を慰める サヨナキドリの甘い声なんだと

だけどぼくは言おう 詩とは反逆だ

詩とは欲望だと言うひとがいる 命の力なんだと 呼吸する思考 燃える言葉 命を動かす燃料だと 命を伝える道だと 魂の動きだと 刻まれたしるしなんだと

だけどぼくは言う それは反逆のことだ

詩とは人格だと言うひとがいる 美のリズムの創造なんだと 人間の内的宇宙から生まれるものだと まるで首を切られたみたいな感情だと

だけどぼくは言う それこそが反逆だ

詩とは数学だと言うひとがいる 数学とは論理の詩 愛とは責務の詩 詩とは手足の舞 静謐な絵画だと 信仰心だと 香り 香り 香る花なんだと 舌を潤し喉に染み入るワインだと うたなんだと 子どもの名づけなんだと 軽やかに浮かぶ綿だと 命の建築の骨組みだと

だけどぼくは言う それが反逆だ

詩とは扉を開けることだと言うひとがいる 思考と感情の制約から ひとを解き放つことなんだと 秘密の開示だと 人間の感情とつながるなにかしらなんだと
詩とは心から燃え上がる真理だと言うひとがいる つねに真実を語る嘘なんだと ほんとうの友愛なんだと
詩とは響き渡る音だと言うひとがいる 踊りに誘う影の会釈だと 感情と人格からの逃走なんだと
詩とは設計なんだと言うひとがいる
詩とは権力の正反対にある行為のすべてだと
詩とは地球の極の地平線のはるか上 重なって奇妙に見える たくさんの色の帯だと

だけどぼくは言う 詩とは反逆だ

ひとは詩を多くのものと比較する 自分がそれに耽溺していると伝えるために 詩はさながら 人々の思考にうごめく影 ひとは触れたことのないものの その意味のもとに詩を思い出す 詩は詩のものではないひとの財産になる なにに被せてもいい 被ったものを王にする ふわふわと浮かぶ冠になる 詩とはよく知ったものの うまく説明できない部分のことだ 詩とは無秩序の並びだ 論理の感情であるのと同じくらいに 感情の論理でもある

詩とは野蛮だ 歴史よりも確かな事実だ 衣装を必要としない真理だ シャツと半ズボンを着た哲学だ 思想の骨だ 感情の神経と血液だ すべてのひとの心室の壁に刻まれた痕だ

詩とは記憶だ 命の証明だ 身体を温かく熱くするものだ 燃えたあとの灰塵だ 生きていることの証人だ
知らない世界でひとりだと知らしめることだ 孤独に分け与えることだ 個人的な世界をおおっぴらにすることだ 世界が預かり知らず その存在を認めていないものだ 人間の疑念を精査することだ

詩とは愛だ 放埒な享楽だ 自分との口喧嘩だ それから自分自身の深い理解だ 誠実な自叙伝だ
詩とは反射だ さながらほんとうはない経験を したみたいに思わせる幻覚のような まやかしだ

詩とは石を聴くことだ 水を聴き 雲を聴き 他者を聴くことだ 詩とは自分とすべてのひとの魂を聴くことだ 詩とは世界の声を聴くことだ
詩とは平和だ 陸に上がり空を飛びたいと願う 海の生き物だ
人間の最初の詩は 洞窟を出たひとが空を見上げて叫んだものだ ああ……

詩とは秘匿された場所の開示だ 核心に触れることだ 名前を持たないものの名前だ 弱みを指摘し 肩入れし 議論を始め 形を整え 眠りを止めることだ
詩とは焦慮する氷だ
溶解を駆ることだ

詩はいろいろなものだ そして今日ぼくは言う 詩とは反逆だ

ぼくは言わない 詩とは不誠実だと だけどぼくは言おう 詩とは反逆だ
ぼくは言わない -不-誠-実だと ぼくは言おう 詩-とは-反-逆-だ
ぼくは言わない 詩とははぐらかしで 裏切りで 歪曲で 約束違えで 色眼鏡だとは だけどぼくは言おう 詩とは反逆だ
よく聞け ぼくは言おう し と は は ん ぎ ゃ く だ

子どものとき この歌を聞いただろうか

汽車でフアヒンに行こう
王女を捕まえていじめよう
王子を捕まえて裏切ろう
魔女を捕まえてへそを抜こう
ヤスデを捕まえてクイッティアオを作ろう
にゃんこを捕まえて踊りを踊ろう
黒猫を捕まえてジャンケンしよう

子どものときぼくは不思議だった なんのために王子を捕まえて裏切るトーラヨットんだって いまも理由はわからない
今日はあなたも不思議だろう どうして詩が反逆トーラヨットなんだって

なぜなら人間は家畜ではないから ひとは持ち主への忠誠のためには生まれていないから
ひとはひとに仕える必要はない ひとに持ち主は必要ない ひとは従順でなくていい

従順とは支配への屈服だ 反論もなく 自らの意志を欠き 命令に従うことだ

従順とはあるじの意に添うべく 命を預けることだ 従順とは至恭至順だ 思想を持たなくてもいいということだ 従順とは決断の必要がないということだ 従順には道徳も不要だ

なぜならすべてがあるじの意のままだから 従順とはひれ伏して尻尾を振り 罰や褒美を待つことだから
それは家畜になることだ
なぜなら家畜はあるじなしでは生きられないから
家畜に生きる動機は必要ない
従順とは結びつきではなく 束縛だ 自由を失い 成熟なく 美徳を欠き 責任を取らず あるじへの義務だけを果たす
従順は笑い声を知らない 悲しみを知らない 従順は愛を知らない 家畜は忠誠しか知らない

ぼくは言おう 詩 とは 反逆 だ
ひとは忠誠を尽くす必要などない!

なぜならひとは 家畜ではないからだ ひとが生まれるのは だれかに仕えるためではない ひとは自分自身で 命を学ぶ必要がある いのちを他者に捧げるのではなく ひとはだれかに忠誠を誓う必要はない なぜならひとは 鎖につながれる必要がないからだ ひとは道徳を知る必要がある そして道徳は あるじからの褒美や罰しか知らない 奴隷の群れには存在しない
ひとは自らのおこないに 責任を取らないといけない ただ他人の命令に従って 行動するだけではない
ひとはだれかに鎖で縛られなくていい ひとは持ち主が必要なものではない ひとは烙印を押されるべきではない ひとはだれかの所有する財産ではない  宣告され 鉄を押し付けられ 足かせをはめられ 髪を剃られ 番号を刻まれ 数を数えられ 徴用され 追い立てられ 鞭打たれることもなく ひれ伏し 四つ足で這いずり 目を白黒させることもなく なぜならひとは 家畜ではないからだ

ぼくは言おう 詩とは反逆だ!!!
なぜならぼくたちに忠誠心は必要ないからだ!!!

ぼくたちに ひとを動物にしてしまう国は必要ない  ぼくたちに 番犬の吠えかかる声は必要ない ぼくたちに命-の-持ち主-は-必要ない
なぜなら忠誠とは 不平等な関係だからだ
なぜなら反逆とは 欲望の力に任せたおこないだからだ それは 枷を-燃やし-尽くし-打ち-壊し-烙-印-を-剥がし-消し-取ることだ 魂を駆動し思考を生み出す-命の燃料だ 内的宇宙の爆発だ-頭が切り落とされ 心が踏みにじられたと感じることだ

反逆とは数学なんだ それは等式だ 階級と借り物の土地から自らを解放することだ 沈黙だ 野蛮な花だ 燃え尽きて灰になった焚き火だ 酔いを覚ます迎え酒の迎え酒だ

自由への扉なんだ 目をあざむく制約からの脱出だ 嘘で真実を語ることだ
人格の再構成だ 権力への反抗だ 歴史よりも確かな事実だ 狂った衣装とコインを 神経で──そして撒き散らした熱い血で──踏み潰す足の裏なんだ
なぜなら忠誠が ひとを労働力に 交換可能なものに 商品に 人間らしさを蝕み 殺戮を尽くす 狂った戦力に変えてしまうから
なぜなら忠誠が ひとを権利に陶酔させるから ひとを暴君に変えるからだ

なぜなら不忠は 反乱に変えられてしまうからだ 番犬の脅しにひとが縮み上がる世界で 禁じられたものに ひとになるための反乱に
なぜなら忠誠は 自分の人間らしさへの裏切りだから 欺瞞に満ちた幻影に自分を閉じ込めるから
なぜなら詩は 制約を超えて そして人間には制約できない あまりに曲がりくねった人間らしさを 取り戻さないといけないから
なぜなら人間には詩があるから そして詩は反逆だから

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