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『女神の継承』二項対立の逆転とか、タイ語の話とか

シネマート新宿で『女神の継承 ร่างทรง』を見た。おもしろかった。

ただ、ジャンプスケアが苦手っていうか、そもそもホラー映画が超怖い人間なので、終始ビクビクしていた。

なお以下ややネタバレします。


いろんな二項対立のヘゲモニーを逆転させるような映画だったなと思う。科学(あるいは文明/宗教)−精霊信仰、男性−女性、都市(中央/バンコク)−地方(周縁/東北タイ)、中産階級(ホワイトカラー)−下層階級(ブルーカラー)、未来−過去、見るひと−見られるひと、生者−死者、などなど。

冒頭のシーン、ずっと東北の言葉で話しているニムが、相手が外から来た人間だと気づいたみたいに「標準語で話すね」と言ってタイ語を話しはじめるところが、きっかけとして大事なんだと思った。たぶん字幕では出ていなかったと思うが。あれで、だれが「ウチ」で「ソト」かもはっきりさせられて、いろんな対立の線が明確に引かれる。

特に解説もないままに、ピー・ターヘーク(田の神)とかピー・メーマーイ(男を呪い殺す悪霊)への信仰を示す祠やら赤い服やら、ブー・バーン(村の柱みたいなやつ)がポンポンと映されたりするのも、撮影者たちがコンフォートゾーンにいる外の人間であることを強調する。

そういう線をまたいでいく象徴的な場面としていいなあと思ったのは、花火のところだ。クリスマスパレードのあとなので、あれはたぶん新年を祝う花火なんだと思う。そのあとの監視カメラの場面は日付が2月になっているし。旧年から新年、過去から未来への「進歩」を祝うシーンをきっかけに、事態がどんどん悪化して、対立の中でこれまで支配的だったものたちが、逆にどんどんと追い詰められていく。

そして、最後のミンのカメラのあれで、支配と被支配の関係が完全に逆転する。これはタイ語の批評ですでにいろんなひとが指摘しているが、霊媒として選ばれるのが女性ばかりだという設定を始め、女性が家庭や共同体を導く存在として力を持っていた過去の東南アジア社会を想起させるような、力の逆転が起こっていく。

数少ない男性キャラクターであるマーニット(マニ)の無力さとか、最終的にひとりの女性が多数の男性を率いる構図になるのとか、そこから「食う」行為に移っていくのとか、象徴的だ。

パトムポン・マノーハーン「最後の儀式における、精霊信仰と現代社会の決定的な分け目」

ニチャーポーン・チャムニアン、オーラパン・ピソンヤブット「信仰の空間における霊、性、政治」

そういう意味では、現代の東北タイを舞台にしているということ自体に意味がある作品でもあった。とはいえこのあたりは、津村文彦先生などに解説していただきたい……

しかし、ややこしい見方をしなくても十分におもしろいわけだが。


そういえば最近、東北タイはシーサケート出身の作家プー・クラダート(ภู กระดาษ)のある短篇を読んだ。

実はそこでも、一族の中で霊媒を継承させられることになった少女がその運命に抗うというモチーフが描かれていて、やはりある程度現代的なテーマなのかもしれない。そちらの作品では文明的なもの=資本主義があっさり勝利するのだが。


それはそれとして、俳優陣がとてもよかった。ミン役のナリンヤー・クンモンコンペット(นริลญา กุลมงคลเพชร)とニム役のサワニー・ウトゥムマー(สวนีย์ อุทุมมา)は特に。ミンの憑依シーンの振付、たいへんよかった。

あんまりフォーカスされてないけど、サンティ役は、ちょくちょく脇役で味を出してくる映画監督のブンソン・ナークプー(บุญส่ง นาคภู่)。以前、彼の『The Wandering ธุดงควัตร』をバンコクで見たが、地味ながら味のあるいい映画だった。

と、予告編を貼って気がついたが、この主演はマーニット(マニ)役のヤサカ・チャイソーン(ยะสะกะ ไชยสร)だな。東北タイの言葉を使う俳優となると、ある程度重なってくるのかもしれない。


タイ語の話もすこし。ニムが自分たちのような役割のことを「เทียม ティアム」と呼ぶんだ、と言っていた。字幕では「よりしろ」と訳されていただろうか。東北タイだとこの語は「等しい、同じ」とか「並ぶ、近くにいる」といった意味になる。ラーオ語(ທຽມ)も同様のよう。

標準語の場合も「等しい、同じ」のニュアンスはあるが(เท่าเทียมとか)、この語単体で聞くとまず連想されるのは「偽物」「似せて作ったもの」というほうの意味合いかもしれない(あと、動物と乗り物をつなぐ、みたいな意味もある)。

東北タイという「ウチ」からすれば、巫女は神聖なるものに近しい存在になるが、バンコクという「外」からだとまがいものになる。まあ連想ゲームみたいなところもあるが、興味深いなと思った。


そういえば、作品のロケーションディレクターがロケ地を紹介してくれるタイ語の記事もおもしろかった。総じてメイキングまで楽しめる作品だな。

隣席の若人たちは普通にしっかりスクリーンを凝視していて、すごいなあと思った。


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