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なぜ怪しい医療本が世の中からなくならないのか? 出版社の編集者が考えてみた

書店の健康コーナーに行くと、「〇〇でがんは治る」「医師も怖がる〇〇薬」といったインパクト勝負の怪しい本が普通に並べられていますが、このような情報を世の中に出すことは「出版において」認められているにすぎません。

意外と知られていないかもしれませんが、同様の情報を医薬品や健康食品の広告として出したなら、医薬品医療機器等法 第66条に違反し、広告に携わった企業の責任が追求されることになります。それなのに出版では特に責任が問われないのは、変だと思いませんか。

私は現在、翔泳社で非専門家向けの医療本を企画している立場で、前職が医師向けの医療用医薬品の広告制作に携わっていたので、こう思うのかもしれません。

でも、「怪しい医療本」のせいで、必要な人に必要とされる医療情報が届いていないのは、疑いようのない事実だと感じています。そこで今回は、なぜ怪しい医療本が世の中に存在し、なぜなくならないのか、私なりの考えをお話ししたいと思います。

(著者:熊谷)

「怪しい医療本」は表現の自由に守られている?

冒頭で説明したように、書店では「〇〇でがんは治る」「医師も怖がる〇〇薬」といった不確かな内容の医療本が法律に規制されずに販売されています。医療系広告の業界にいた人間として、この状況を目にして率直にいって驚きました。

内容が不確かだと言い切れるのは、例えば「〇〇でがんは治る」という内容の本であれば、どんながんでも消えるような治療法は発見されていないからです。仮に、特定の種類や進行度のがんを想定した内容であったとしても、それが書籍名から判断できない時点で、読者に不要な期待を与えてしまうことになりかねません。

また、「○○薬を使うな!」系の内容は、本来であれば「個人の体質や症状の進行具合」と「薬の効果・副作用」を総合して判断されるべき薬の処方に関しての議論が大幅に省略され、副作用のみが誇張されている場合がほとんどです。 

もちろん、医療本には科学的事実に配慮したよい本もたくさんあります。ただ、一部の本は、広告なら法律違反とされる情報を掲載したまま、表現の自由の名のもとに世の中に出版され続けています。

医薬品医療機器等法 第66条 第1項
何人も、医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器又は再生医療等製品の名称、製造方法、効能、効果又は性能に関して、明示的であると暗示的であるとを問わず、虚偽又は誇大な記事を広告し、記述し、又は流布してはならない。

出版でも広告でも、情報の受け手の「命」を左右する可能性があることは変わらないはずなのに…。そのせいで、本当に受けるべき治療を選択できない人がいるのはとても悲しいことです。

そして、残念なことに、多くの時間をかけてていねいに科学的事実を積み重ねたまっとうな本よりも、エビデンスを無視した本の方が売れる場合も多いのが現実です。

なぜそうした本が売れてしまうのでしょうか。私が考えている理由を3つ紹介します。

理由1:正しい医療情報と強いインパクトの両立が難しい

科学的事実に基づくと、特にがんなどの実際に亡くなる方もいる病気では、「〇〇が治ります」といった強い表現が使えない場合がほとんどです。

「70%の人が治る」という表現ならできるかもしれませんが、「100%の人が治る方法」と一緒に目の前に提示されれば、多くの人が「100%の人が治る方法」を選ぶでしょう。

読者の誤解を招くような反則技を使ってでも、インパクトを出せば、より売れる可能性が高くなるのです。

理由2:専門分野の情報は、怪しさに気づきにくい

なぜ理由1で紹介した反則技が医療本で使われるのか。その理由は、医療という専門的分野の情報を扱っていることと関係があります。

もし「〇〇株に投資すれば、100万円稼げます」と言われたら、ほとんどの人が怪しいと感じるでしょう。でも、「〇〇療法なら、難病でも治ります」と言われたら、「自分が知らないだけで、新しい治療法が発見されたのかもしれない」と考える人もいらっしゃるのではないでしょうか。

不誠実なタイトルをつける著者や編集者は、こうした「知識格差」につけこんでいるのかもしれません。

理由3:地味だけど正しい書籍は、反則技を使う書籍に駆逐される

切実に困っている方も多いため、医療本には強いニーズがあり、毎月たくさんの本が出版されます。

でも、書店の健康コーナーのスペースは有限ですので、刊行からわずかな期間で売れるかどうかが判断され、そのまま書店に置いていただけるか、それとも返品されるかが決められてしまいます。

残念ながら、「地味だけど大切なことが書いてある」だけでは生き残ることが難しく、そのことも本のタイトルや内容の過激化に拍車をかけている一因のように感じます。

このように、医療の正しい情報を本として届けるのにはハードルがあるのですが、もちろん戦いを諦めているわけではありません。翔泳社では現在、世の中に必要とされている情報をお届けできるよう、正確かつ目にとまりやすい企画の切り口、そして数か月で書店から消えてしまわないようにするPR戦略など、書店に長く置いていただくために初動売上を高める方法を日々考えています。 

世の中に出回る怪しい健康本やウェブの情報と戦っていただける方がいらっしゃいましたら、ぜひ、本づくりをご一緒させていただきたいと考えています。ご連絡をお待ちしております!

上記フォームから「書籍等の企画に関するお問い合わせ」を選んでご連絡いただければ、担当者が対応いたします。

では、読む側としてはどのように本を選べばいいのでしょうか。「怪しい医療本」に負けっぱなしでは悲しいので、こうした本に引っかからず、「よい医療本」や「信頼できる医療情報」にたどり着くために役立つ情報を3つ紹介します。

信頼できる医療情報を探すコツ(初級編):公的な情報源にあたる

まずは、やはり政府機関などの公的な情報源にあたることをおすすめします。本に書かれていることと同じ情報が載っていたならば、その情報は信頼してもよいといえます。

逆に、そこに載っていないような「夢のような都合のいい情報」が本に載っているとしたら、その情報は疑ってかかった方がいいと思います。

<公的な情報源の例>
「がん」なら、国立がん研究センター「がん情報サービス」

今話題のコロナウイルスなどの感染症なら、厚生労働省「新型コロナウイルス感染症について」

その他、知りたい病気を扱っている学会や、飲んでいる薬の製薬会社の公式サイトにあたるのもおすすめです。

製薬会社では販売している薬について非専門家向けにも情報発信していることが多いです。また、発信する情報は医薬品医療機器等法の基準以上に厳しくチェックする体制が整えられているため(そうしないと顧客である医師の信用を失う)、信頼性が高いといえます。

信頼できる医療情報を探すコツ(中級編):医師から信頼されている発信者か調べる

医学の世界は専門分野が細分化されていることもあって、意外と狭い世界です。当然のことではありますが、高い倫理観をもった方が多い業界です。

そのため、不誠実な情報を発信している医師は目立ち、同業者から批判されていることが多いです。逆説的にいうと、同業者から人気の高い医師の発言は信頼性が高いと考えられるのです(もちろん100%ではありません)。

ただ、医療の業界にいなければ、なかなかそうした情報は入ってきません。しかし、非専門家でもそれを探る方法があります。

条件付きにはなるのですが、情報の発信者がSNSをやっているのならば、ちょっとのぞいてみましょう。

そこで多くの医師とつながって積極的に情報交換を行っているなら、その発信者は他の医師からも信頼されており、不正確な情報を発信しにくい立場にいると考えられます。

信頼できる医療情報を探すコツ(上級編):自分でエビデンスを調べる

各専門分野の第一人者が集まってその病気の論文を評価し、さまざまな予防法・診断法・治療法などについてどれくらい推奨できるのかをまとめた、素晴らしい本が存在します。それが「診療ガイドライン」です(病気ごとにさまざまな種類があります)。

主に医師などの医療の専門家に向けて書かれているため読む難易度はかなり高めですが、どうしても見聞きした情報の真偽が知りたいという強い気持ちがある方にはおすすめの方法です(それでも、科学論文の原典をあたることに比べれば、はるかに手軽に正確な情報を得ることができる方法です)。

「診療ガイドライン」は書店の健康コーナーではなく医学書のコーナーで販売されているものですが、一部は厚生労働省の委託事業で「診療ガイドライン」の関連情報を提供しているMindsで公表されています。こちらに目を通せば「怪しい医療情報」に騙される可能性はぐっと減ると思います。

ここで紹介した3つの「信頼できる医療情報を探すコツ」は、私自身が医療に関する原稿を書いたり原稿をチェックするときに実際に使っているものです。中には少し難易度の高いものもありますが、参考になりましたら幸いです。

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