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介護福祉で注目されるアルバム自分史、認知症の方と一緒に作る方法とその効果

お年寄りを対象とする介護福祉の仕事をされている方の中には、相手が同じ話を何度も繰り返すのを聞いた経験がある人がいるかもしれません。

聴き上手と呼ばれる方は同じ話にも何度も耳を傾け、真摯に向き合おうとしています。すると、相手も安心して話ができ、すっきりして満足した表情に。お年寄りが自分の経験を思い出して話すことには、認知症の予防や症状の緩和に効果があるとされています。

そうした記憶を形のあるものにまとめることは、お年寄り自身だけでなく、家族や介護に携わる方にとっても意味があります。そこで注目されているのが、「私の絵本カンパニー」を立ち上げた北林陽児さんが提唱する「アルバム自分史」です。

アルバム自分史はその名のとおり、アルバムの形式でお年寄りの自分史をまとめたもの。アルバム自分史があると、故郷や家族のこと、仕事や日常のことなど、思い出を振り返りながら言葉にすることができ、自分自身を再確認できます。

また、家族も含め介護をする方にとっては、お年寄り本人がどんな人生を歩んできたかを共有でき、一見不可解に思える言動の理由が分かり、適切な対応を取れるようになります。

このアルバム自分史の作り方やその効果を解説した本が、北林さんによる『認知症の人と一緒に作るアルバム自分史 症状が緩和され笑顔が戻る魔法のケア』(翔泳社)です。

翔泳社の通販サイトSEshopではPDF版も販売しています。

北林さんはかつて軽度認知症の祖母のためにアルバム形式の自分史を作ってあげたそうです。すると、症状が緩和し福祉施設を出て自宅生活ができるように。この経験から、多くの人にアルバム自分史を作ってもらうために起業をしたと書かれています。

また、共著者の山本由子さんは、高齢者施設で認知症のお年寄りにお話を聞き、それをアルバム自分史のような形に残す取り組みを続けています。

本書は認知症のお年寄りを介護している方を対象に、北林さんと山本さんが自身の経験をもとにしたアルバム自分史の作り方や、認知症緩和の効果を高める話の聴き方について解説。

山本さんが実際に作ったアルバム自分史の活用方法も紹介し、より多くの方が実践できるように制作のノウハウを1冊にまとめました。

今回は本書から、アルバム自分史がなぜ認知症の緩和に効果的なのかを説明した「第1章 アルバム自分史作りが認知症を緩和させる」を抜粋して紹介します。お年寄りが同じ話を繰り返す理由や、聴き手がどのように接すればいいのかも丁寧に解説されていますので、介護に携わっていて何か対策をしたいと考えている方は参考にしてみていただければと思います。

以下、『認知症の人と一緒に作るアルバム自分史 症状が緩和され笑顔が戻る魔法のケア』(翔泳社)から「第1章 アルバム自分史作りが認知症を緩和させる」を抜粋します。掲載にあたって一部を編集しています。

お年寄りは昔話が得意

そう言えばお年寄りの話題というと

身近にお年寄りがいて、日頃からよくお話しするという機会は、最近では少ないかもしれません。例えば、かかりつけの診療所の待合室、または買い物先で、たまたま出会った知り合いと、お年寄りは2、3人で「昔は△△だった…」「□□が痛くてねえ…」など、過去の経験や自身の身体の不具合、または自慢話にとれる内容を何度も何度も繰り返して話します

「さっき聞いた」「また同じこと言っている」などと思ってしまいがちですが、このように話をすることですっきりした表情になり、話すこと自体で納得し、満足されていくことがわかります。これは、会話が可能な認知症のお年寄りにおいても同じです。

お年寄りはどうして繰り返し話すのか?

お年寄りが、様々な過去の記憶や思い出に親しむ傾向は、はるか昔から「年寄りの繰り言」などと呼ばれ、知られていました。「歳を取ると仕方ない」というように、どちらかというと否定的に受け止められていたようです。

家族にしてみれば「もう聞いた」話を、繰り返し話します。お年寄り同士が集まると、よりいっそう、話は盛り上がるようです。子や孫には教訓めいた話、同世代には身体の不調の話など、共通の話題というより、話したいことをそれぞれが語るという風でもあるようです。

歳を重ねて、親しい人との別れや、身体の不自由さや、できていたことを人に頼るようになるという経験を繰り返すことで、限りある生命を感じ、人生を振り返って心にひっかかる体験や、解決されてない思いなどをとらえ直そうとする。

これは、全ての国のどんな人にも自然に起こる心の働きであると報告されています。集中することで脳が刺激され、精神状態が落ち着く効果が期待されるため心理療法にも使われています。

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思い出話に耳を傾けるようにしてください。回想することで自分の人生の価値を再発見したり、当時の記憶が蘇って情動が活性化したりすることが期待できます

さらに「話す」「聞く」「コミュニケーションをとる」という行為が記憶を維持し、認知症の進行を遅らせることにつながります。その結果、孤独感や不安を減少させ、意欲を向上させることができるとされています。

貴重な話として受け止める

この昔の話を話せる力と、一人ひとりが個別に持っている、その時代の中でご本人が一生懸命生き抜いてきた事実は、後の世代や社会に伝えたい・残したいかけがえのないものです。繰り返される話には、経験から伝えたい何かが含まれています

そして、話を聞いた人が「聞かせていただいてありがとう」という気持ちになれば、その気持ちはすぐにお年寄りに伝わります。このような機会を、是非、有意義にしたいものです。

思い出すことは脳に良い

認知症の方でも長期記憶は得意

認知症で最も多いのはアルツハイマー病で、全体の6割程度といわれています。最初に記憶障害が進行するため、認知症になると「何も思い出せなくなってしまう」などと思われがちです。

しかし、繰り返し学んだこと、強く印象に残る思い出などは長期記憶として大脳に貯蔵されています。これらの記憶は、話題のキーワード、または古い写真や道具、当時を知る人との会話といった「きっかけ」があることで思い出すことができます。

認知症の人が、自宅の住所や番地をすらすら語る様子を見て驚いた経験を持つ人は多いことでしょう。これはつまり「脳を使う」ことに他なりません。出来事の記憶をたどることと同時に蘇った感情は、お年寄りにとって刺激となり気持ちの安定につながります(ですから皆さん何度も何度も昔の話を繰り返します)。

人の記憶のしくみ

人の記憶は大きく分けて長期記憶と短期記憶の2つがあります。短期記憶と呼ばれるのは、朝食を食べたこと、テレビで流れていた音楽、最近の重大ニュースなど、生活の中で経験した情報で、そもそも、誰でも、数十秒から数分経つと消えて(忘れて)しまいます。

しかし、何度も繰り返し覚えようとすることや、強い印象や衝撃を受けたことは、長期記憶として大脳に保管されるわけです。出来事や知識のように言葉にできる記憶の他、自転車に乗る・包丁を使うなどの身についた動きや習慣も、長期記憶に含まれます。

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認知症では、この短期記憶の仕分けに関係する脳の『海馬』という部分の働きが低下することがわかっています。一方、認知症であっても、特に10~20代の頃の記憶(長期記憶)は一般のお年寄り同様に保持されており、思い出せることがわかっています。

自分史の活用は認知症介護の問題解決に貢献できる?

認知症介護を大変にさせている「叫ぶ・叩く」の不可解な行動

施設に入所したばかりであったり、医療が必要なため病棟に入院したという認知症の方は、毎日決まった時間になると表情が険しくなる、「お~い、お~い」「う~」と誰かを呼び続ける、「こらっ」と手を上げるなど、ケアスタッフを悩ませる行動をとることがよくあります。

このような場合の対応として、丁寧に訴えを聞く、本人の思いを推測する、否定しない、など頭では理解されていることでしょう。しかし、立ち止まって「どうしましたか?」と訴えを聴き取る時間がなかなか持てないのが現状ではないでしょうか。

しかし、その人はどうにかして欲しいこと、困っていることを言葉で言い表せないがために叫んだり手を上げたりされているのです。ですから、じっと、その人だけに集中して待つ時間を1分間でも取るようにすると、食事は、トイレは、周りの人は、といった情報や表情・態度を観察できます。特に、「なぜ自分はここにいるのかわからない」「どうしたらいいのかわからない」「寂しい、不安だ」ということを訴えている場合が多いようです。

不可解な行動の理解が解決の鍵

施設や作業所などで、認知症のお年寄りと関わる仕事をされているケアスタッフの中には「聴き上手」と言われる人、または特定の利用者さんと相性が良い人がいることがあります。このような人は、故郷訛りが同じ、共通した趣味を持っている、何に困っているか感じ取れる、などで認知症のお年寄りと「わかり合える」関係を築けるのです。

この人たちのように、わかり合える関係になるために、認知症の人が言葉で表現できない不可解な行動をする理由を考えて対応する必要があります。

例えば、ひたすら机や壁を叩く、床のごみを拾うなど、周囲には不可解な行動でも、建築現場の監督をしてきた、多くのきょうだいが怪我をしないよう面倒を見てきたなど、そのお年寄りの人生の中で大切にしてきた仕事の一部であったり、日頃の習慣と関連したことであったりします。

一見、意味がわからない行動であっても「何してるんですか?」と注意や指摘を受けると「存在を否定されている」ように感じ、怒ってしまいます。しかし、「頼もしい監督さんで助かります」「小さな子どももいっぱい遊べますね」など、本人が言い表せない、いま現れている行動の背景を理解して対応すると、「これでいいね」と納得し、安定につながります

ケアスタッフから得た、長く続けられた仕事や生活習慣の様子も、是非本人と確かめて書き留めましょう。そのお年寄りの(一見、不可解な)行動と背景を知るヒントとして、自分史が役立ちます。

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アルバム整理が思い出す作業を助ける~回想法による認知症緩和の事例~

アルバムひとつで思い出しやすくなる

日本に最初の写真機材が持ち込まれたのは長崎で、1843年のことだそうです。その後、技術の開発や写真条例の整備が進み、写真専門学校が開設されて、日本社会に受容され浸透していきました。

最初は写真館で撮影されていましたが、大衆にカメラが定着していったのは1930年代とのことです。そのため、ちょうど我々がお目にかかる、80歳代、90歳代のお年寄りは、子どもの頃からの写真アルバムをお持ちの方が多くいらっしゃいます。

ご自宅でも、施設でも、面と向かってお年寄りに「経歴を教えてください」と言って話を進めることは難しいものです。しかし、そこに古いアルバムがあると、生まれ故郷、家族、暮らしの様子、結婚、仕事など、本人も振り返りながら、思い出しながら言葉にすることができます。認知症のお年寄りであっても、アルバムをきっかけとして自分自身を再確認していくことができるのです。

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ケーススタディ1 普段思い起こされないことも、アルバムがあると思い出が引き出される

Aさんは90歳の女性で、長女の住む地域の特別養護老人ホームに3年前に入所しました。足腰が弱り、移動には車椅子を使っています。デイルームで急に立ち上がり「警察を呼んでください」「娘はどこ」など、落ち着かない様子がしばしばみられます。

ケアスタッフは「ここは○○苑です」「ご家族は仕事の後でみえますよ」など説明しますが怪訝そうな表情は消えません。そこで、Aさんが落ち着かない理由を知るために、ご家族に承諾いただき、Aさんに計6回、個人史を尋ねることになりました。

このような場合は、通常、事前に何度か顔を合わせて慣れてもらい、初回は子どもの頃について尋ねます。幼少時の写真はほとんどないことが多いので、あらかじめ出身地を調べ、インターネットで出身地の風景や建物の画像を入手するなどして準備し、必要に応じてこれらを見せながら「どちらのお生まれですか」「どんな遊びをされましたか」などと尋ねていきます。

このように事前に準備しておくことで、さらに見知った地名や学校名、当時の様子が思い出されます。

ところがAさんの場合、事前に娘さんから聞いていた出身地と違うことが、本人の記憶からわかりました。父親が地方に転勤した時期にAさんは生まれており、その後、一家は転居されたのだそうです。娘さんもその事実を知りませんでした。

改めて資料を準備していくと、Aさんは近くの海辺での遊び、目にした風景の話を滑らかに話されました。「やっぱりイカは沖漬けね」と好みの海産物の話まで出てきたほどです。Aさんの生まれ故郷は、施設から遠く離れた場所でした。

2回目以降、「私、転々としたんだね」「娘がよかれと考えて呼んでくれた」などの言葉が聞かれました。中等度認知症のAさんは話したこと自体は憶えていらっしゃいません。

しかし、思い出された内容に沿った資料、古い家族写真などを使って話を伺うと、毎回、出来事とその時の感情を言葉にし、6回目では「今はいろんな人にお世話になっている」「自分がどこにいるのか、何をしているのかがわからないの」などと表現されました。

Aさんは3年経ってもここはどこなのか、なぜ知らない場所にいるのか疑問に感じながら、それを表せないでいたのでしょう。その後、Aさんが急に立ち上がることは減りました。資料はAさんの部屋に置き、家族やケアスタッフが時々使用されています。

昔を思い出す「回想法」~国内外での活用事例~

元は「回想」法

昔を思い出す方法は、一般的に「回想」法と呼ばれます。回想法の創始者は米国の精神科医ロバート・バトラー氏で、1961年のことです。現在では認知症の人への心理療法として、集団で楽しむ回想法や、個別に子どもの頃から順に尋ねるライフレビューという手法などがあります。

昔の記憶を思い出すこと、懐かしい思い出を語り合うこと、誰かに伝えることで脳が刺激され、本人や家族が楽しめ、気持ちが安定する効果が示されています。言い方は様々ありますが、昔の話を思い出し語り合うための、きっかけ、思い出す鍵となる『アルバム自分史』を作ることがポイントです。

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海外での活用事例

回想法発祥の地、米国では、ウィスコンシン大学が「回想法とライフレビューの国際研究所」(International Institute of Reminiscence and Life Review) を主宰して継続教育センターを開設したり、次のような活動を行っています。

・回想法とライフレビューの実践者に向けた、意識、知識、スキルの向上促進
・研究活動のための議論の場、将来の研究に向けたガイダンス
・回想とライフレビューの実践、研究、教育、スタッフトレーニング、ボランティア教育の取り組み

例:2019 Reminiscence & Life Story Work Online Certificate(2019.3.6~8.21)

様々な設定における人生の振り返りを支える仕事の従事者に向けたウィスコンシン大学のオンライン講座
内容:回想の歴史、理論、研究の基本を提供。実際に応用されている多くの方法の紹介。人生史を聞くための準備、能力と自信をつけるための支援プログラム。

この他、2年ごとに国際学会が開催され、研究発表に加えて、回想法の実践報告、聴き方トレーニング、研修会が行われています。さらに2019年からは、コネチカット大学看護学部においても「ライフヒストリーのイノベーションと実践のための国際センター」(International Center for Life Story Innovations and Practice)が開設されます。

国内での活用事例

すでに日本でも地域行政の取り組みとして、または病院や施設のプログラムとして、「思い出語り」などが実施されており、回想法入門研修を企画するNPO法人や研究所、博物館といった民間組織の研修といった動きも始まっています。


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