保育施設での重大事故を予防するには
保育の現場で働いている方にとって、保育施設や教育施設での重大事故のニュースを見聞きするたび、不安な気持ちが募るのではないでしょうか。
「自分のところは過去に事故が起きていないから大丈夫」と思っていても、ちょっとした不注意から思わぬ事故に繋がりかねません。「安全計画」の作成が義務化され、現場の人の意識も高まっているとしても、子どもたちを見守る仕事だからこそ油断は大敵です。
では、万全に万全を重ねるにはどうしたらいいのか。
まずは安全管理の常識や当たり前をしっかり復習することから始めましょう。今回は『保育・教育施設の重大事故予防 完全ガイドブック 実例で学ぶ!安全計画の立て方から園内研修、事故対応まで』(翔泳社)から、「第1章 意外と知らない? 安全管理の常識・非常識」の一部を紹介します。
死亡事故は毎年発生している
死亡事故は毎年発生している
下の表「死亡事故の報告件数」は2009(平成21)年から2022(令和4)年までの死亡事故の報告件数をまとめたものです。表を見ると、保育の現場では毎年死亡事故が発生していることがわかります。
死亡事故が起こる場面や原因についてはこれから詳しく説明していきます。ですが、まず大事なことは、子どもを育てる場である保育の現場では、毎年、子どもの尊い命が失われているということです。こうした事実をきちんと理解しておくことが、安全に対する意識を高めることになります。
認可外保育所は死亡事故の発生率が高い
認可外保育所の死亡事故件数にも着目してください。認可外保育所は認可保育所よりも施設数が少ないにもかかわらず、死亡数が多くなっています。つまり、認可外保育所は死亡事故の発生率が高いことがわかります。
認可外保育所は、認可保育では応えることができない保護者の多様なニーズに柔軟に応えることができる等、保育制度に多様性や柔軟性をもたらす重要な存在です。ですが、自治体の立入調査結果によると、認可外保育施設の中には安全確保への対策や配慮が十分ではない施設もあり、死亡事故の発生率が高くなっているのが現状です。
ガイドラインが示された背景
このような現状を踏まえて、保育所や幼稚園のような特定教育・保育施設や、小規模保育所や家庭的保育所のような地域型保育事業者には、「〇〇保育園事故防止・対応マニュアル」のような、事故予防や事故発生時の対応が記載された指針を整備することが求められています。「特定教育・保育施設及び特定地域型保育事業の運営に関する基準」(平成26年内閣府令第39 号)に「指針を整備すること」と規定されているからです。
そこで、指針整備の参考として、内閣府は平成28年3月に「教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン【事故防止のための取組み】~施設・事業者向け~」(以下、「事故防止ガイドライン」)や「教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン【事故発生時の対応】~施設・事業者、地方自治体共通~」(以下、「事故発生時ガイドライン」)を示しました。
子どもの安全を守るために、これらのガイドラインに示されていることを参考にして、各園の実情に応じた指針を整備することが必要なのです。もちろん、指針整備だけではなく、施設内での周知徹底も必要なことは言うまでもありません。
重大事故は2千件以上発生している
事故防止ガイドラインでは、重大事故を次のように定義しています。まず、死亡事故です。死亡事故には、乳幼児突然死症候群(SIDS:Sudden Infant Death Syndrome)や死因不明とされた事例も含みます。また、都道府県や市町村において検証が必要と判断された事例です。
例えば、意識不明がこれに該当します。これらの事例をまとめて、重大事故と定義しています。なお、こうした重大事故は令和4年に2,461件発生しています(死亡事故5件、意識不明19件、骨折1,897件など)。
「事故・怪我ゼロ」を目指すと子どもが伸びない!?
事故や怪我をゼロにすることは簡単だけれど……
実は、事故や怪我をゼロにすることは簡単なことです。なぜなら、子どものあらゆる行動を保育者の管理下におけばよいからです。ですが、子どもを管理しようとすればするほど、子どもに対して禁止、命令、指示が多くなってきます。これでは、子どもの主体性を伸ばすことは難しくなりますし、事故や怪我を通して子どもが自分で学ぶことも難しくなります。
もちろん、保育では、事故や怪我を防止することは大事なことですが、一方で子どもが主体的に行動しながら、自分で学んでいくことも大事なことです。
子どもの主体性を尊重しつつ事故・怪我を防止する
事故や怪我の防止について、事故防止ガイドラインには、「日々の教育・保育においては、乳幼児の主体的な活動を尊重し、支援する必要があり、子どもが成長していく過程で怪我が一切発生しないことは現実的には考えにくいものです。そうした中で、施設・事業所における事故、特に、死亡や重篤な事故とならないよう予防と事故後の適切な対応を行うことが重要です」と示されています。
大事なことは、2つあります。1つは、子どもの主体的な活動を尊重しながら事故や怪我を防止することです。事故や怪我の防止のために、子どもに対して禁止や命令ばかりしないように気をつけましょう。もう1つは、子どもの成長には事故や怪我はつきものだと理解することです。死亡事故のような取り返しのつかない事故や怪我は防ぐ必要がありますが、子どもの成長の過程ではどうしても生じてしまう事故や怪我もあります。
保育は子どもの命を守る場でもあり、子どもの主体性を伸ばす場でもあります。事故や怪我の防止と、子どもの主体性の尊重とのバランスが大事なのです。
保育者を責めるようなことはしない
子どもは成長するにつれて、活動範囲や活動量が多くなります。すなわち、事故や怪我が起こりやすくなるということです。伝い歩きを始めれば、転倒することもあるでしょう。友達と一緒に遊ぶようになれば、ケンカになることもあり、噛みつかれたり叩かれることもあるでしょう。
こうした事故や怪我が起きた際に、保育者を責めるようなことはしてはいけません。もちろん、大きな判断ミスや確認不足があったというような場合なら話は別ですが、子どもが育っていく過程では事故や怪我はどうしても発生します。そのたびに保育者を責めるようなことをすれば、園の雰囲気は悪くなり、保育が委縮して、かえって事故や怪我が起きやすくなります。あるいは、事故や怪我を防ぐことばかり考えてしまうようになり、子どもの行動を厳しく管理するようになります。
大事なことは、子どもの成長の過程では事故や怪我は起こりえると理解し、そのうえでできる対策をとっておくということです。月齢別に起こりえる事故や怪我は何でしょう? それを防ぐためにできることは何でしょう? 職員全員でこうしたことを考え合うほうが、保育者を責めるより、事故や怪我の防止により効果的なのです。
ポイント:子ども自身が危険を察知・回避する力を育てよう
保育者が子どもを管理下において禁止や命令ばかりしていると、子どもが自分で危険を察知して回避する力を育むことができなくなります。だからこそ、子どもの主体的な活動も大事にしつつ事故や怪我の防止をすることが大事なのです。
保育現場で起こる重大事故は、おおよそ決まっている
重大事故が起こりやすい3つの場面
重大事故は、子どもの睡眠中、プール活動・水遊び中、食事中に起こりやすいことがわかっています。内閣府が毎年公表している事故報告集計でも、3つの場面別に死亡事故の件数を整理しています(「令和4年教育・保育施設等における事故報告集計」の公表について)。
ですから、事故防止ガイドラインでも、子どもの睡眠中、プール活動・水遊び中、食事中に気をつけることが細かく示されています。
また、「保育所保育指針」や「幼保連携型認定こども園教育・保育要領」でも、「事故防止の取組を行う際には、特に、睡眠中、プール活動・水遊び中、食事中等の場面では重大事故が発生しやすいことを踏まえ、子ども(園児)の主体的な活動を大切にしつつ、施設内外の環境の配慮や指導の工夫を行うなど、必要な対策を講じること」と、重大事故が起こりやすい3つの場面が示されています。
3つの場面の事故防止マニュアルは必須
園には事故防止のマニュアルがあるでしょうか? 単にあるというだけではなく、その内容は十分でしょうか? 子どもの睡眠中、プール活動・水遊び中、食事中に重大事故が起こりやすいことを踏まえると、3 つの場面における事故防止マニュアルが必要です。
事故防止ガイドラインには、3つの場面別に留意事項がまとめてあります。ガイドラインを参考に、園の実情を踏まえた事故防止マニュアルを作成するようにしましょう
3つの場面での事故防止を常に意識する
ある時期、園バスに子どもが置き去りにされて死亡するという重大事故が続きました。この痛ましい事故を受けて、「こどものバス送迎・安全徹底マニュアル」が示されたり、園バスに安全装置を設置することが義務化されたりしました。
こうした取り組みはとても大事です。重大事故から教訓を学び、悲劇を二度と起こさないように対策を講じることは、失ってしまった子どもの尊い命に対するせめてもの償いでもあるからです。
ですが、ここで気をつけることがあります。こうした死亡事故が起こり、報道が過熱すると、そればかりに目が向いてしまうということです。この場合では、バスの安全対策ばかりに目が向いてしまって、確率論的に園で重大事故が起きやすい3つの場面での事故防止がおろそかになってしまうことです。
他園で重大事故が起こったときは、その事故から学ぶだけではなく、3つの場面の事故防止は十分か? という確認・点検も同時に行うと、重大事故を防ぐことにつながります。
ポイント:事故情報データベースを使った園内研修
重大事故に限らず保育現場では同じような事故が起こります。園ではどのような事故が起こりやすいかを学ぶためには、内閣府による「特定教育・保育施設等における事故情報データベース」が役立ちます。
データベースには、簡単ではありますが、事故が発生した要因分析も示されています。「データベースを見ながら、自園は大丈夫か?」「他にどのような要因があったのだろうか?」と、事故について様々なことを考えることで、安全に対する意識を高めることができます。
重大事故防止のカギは、ヒヤリハットをつぶすこと
ヒヤリハットとは
ヒヤリハットとは、事故や怪我にはならなかったけれど、「ヒヤッとした!」「ハッとした!」のように、肝を冷やしたり驚いたりしたことです。「子ども同士が衝突して、出血した」は事故や怪我ですが、「子ども同士が衝突しそうになった」はヒヤリハットです。事故や怪我の未遂とも言えるでしょう。
こうしたヒヤリハットを集めた書類が、ヒヤリハット報告書です。ヒヤリハット報告書の書き方は本書で詳述します。ここでは、ヒヤリハット報告書を丁寧に読み解き、ヒヤリハットが起こらないようにすることが重大事故を防ぐために効果的であるということを覚えておいてください。
ハインリッヒの法則
では、なぜヒヤリハットをつぶしていくことが重大事故を防ぐことになるのでしょうか。その理由は、ハインリッヒの法則を理解するとわかります。
ハインリッヒの法則とは、1件の重大事故の前には29件の軽微な事故があり、29件の軽微な事故の前には300件のヒヤリハットがあり、この300件のヒヤリハットをつぶしていくことが29件の軽微な事故を防ぎ、ひいては1件の重大な事故を防ぐことになるという考え方です。ハーバート・ウィリアム・ハインリッヒという人物の考えなので、ハインリッヒの法則と呼ばれます。
重大事故を防ぐための万能薬はありません。日頃の保育で起こるヒヤリハットをきちんと分析し対策を講じていくことが、重大事故防止の近道なのです。
ヒヤリハットを話し合える雰囲気が大事!
「重大事故を防ぐためには、ヒヤリハットをつぶすことが大事です」とは言うものの、そのためには、そもそもヒヤリハットを話し合える雰囲気を作ることが大事です。ヒヤリハットを報告すると報告者が叱責されたり、反省文を書かされたりするようでは、誰もヒヤリハットを報告しようとしなくなります。
ヒヤリハットは事故・怪我の未遂のものです。だから、隠そう、黙っておこうと思えばいくらでもできます。ですが、ヒヤリハットが表にでてこないようになると、いつまでたっても重大事故を防ぐことにつながりません。
実際、厚生労働省等による「こどものバス送迎・安全徹底マニュアル」には、「ヒヤリ・ハット事例について職員間で共有する機会を設けるとともに、日頃から報告しやすい雰囲気づくりを行っている」「日々のミーティングや、定例の職員会議等でヒヤリ・ハットを取り上げる時間を設け、また、報告者に感謝を示す等して報告を推奨することが大切です」と明示されています(太字は筆者による)。
ヒヤリハットをしっかり報告し、職員全員で話し合って解決策を考えることが大事なのです。みなさんの園では、ヒヤリハットを報告しやすい雰囲気になっていますか?
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