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利益優先のジェネリック医薬品メーカーによる不正を暴いた衝撃のノンフィクション

長期に及ぶ取材で明らかになった、インドや中国などのジェネリック医薬品メーカーによる不正の数々。

調査ジャーナリストのキャサリン・イーバン氏がそのすべてを書き記した『ジェネリック医薬品の不都合な真実 世界的ムーブメントが引き起こした功罪』は、アメリカを始め医療費増大に悩む国の希望の光とされていたジェネリック医薬品の闇を暴いたことで、大きな反響を呼びました。

日本でもけっして対岸の火事ではなく、ジェネリック医薬品が今後も重要であるがゆえに利用者自身が製薬メーカーの姿勢など、薬の安全性に関する情報について、いままで以上に注意深く目を光らせておく必要があるのではないでしょうか。

この記事では翔泳社から発売中の翻訳版から、イーバン氏が本書を書くに至った経緯について書いた「まえがき」を抜粋して紹介します。

健康を守るはずの医薬品が、倫理観の欠如した一部の企業のせいで健康を奪っていた──そのような事実の裏でいったい何が起きていたのか、その顛末はぜひ本書で。

ジェネリック医薬品の不都合な真実 まえがき

本書は、私が解けなかった謎から生まれた。

二〇〇八年春、アメリカの公共ラジオNPRで「みんなの薬局」という番組を受け持っているジョー・グレードンから連絡を受けた。私は一〇年にわたって製薬業界の調査取材をして記事を書いてきたなかで、何度もその番組にゲスト出演していた。

だが今回は、彼から助けを求められた。「みんなの薬局」には、患者たちから、使っているジェネリック医薬品[訳注:以下、後発品とする]が効かない、ひどい副作用があったといった深刻な苦情の声が電話やメールで寄せられているという。

それらの薬は、メーカーもさまざまだったし、うつ病の薬から心臓病の薬まで種類もいろいろだったが、すべて後発品──先発品の廉価版で、先発品の特許が切れたあとに合法的に作られた薬──だった。

グレードンは、患者からの訴えをアメリカ食品医薬品局(FDA)の高官たちに転送したが、当局は、後発品は先発品と同等の薬であり、患者たちの反応は主観的なものだと主張した。

だがグレードンには、FDAの反応は科学的なものというより身構えたものに思えた。後発品は、財政を健全化するため全米で不可欠なものとなっていた。

後発品がなければ、政府の大規模な医療プログラム──医療保険制度改革法(オバマケア)に基づく保険制度、処方薬の費用をカバーするメディケア(高齢者向け公的医療保険)のパートD、退役軍人保健局の医療制度、アフリカなどの発展途上国への慈善活動プログラム──はどれも、税収ではまかないきれないだろう。グレードン自身、後発品の普及を長いあいだ支持していた。

だが、番組に届く苦情は説得力があり、内容が似ていた。彼は、後発品には何か重大な問題があるのだろうと思ったが、それが何なのかわからなかった。そこで、「確かな調査能力を持つ」人間に、患者たちの訴えを探ってほしいと思ったのだ。

長年、私は調査ジャーナリストとして、医薬品や公衆衛生に関する情報を取材して報告してきた。そして、先発品企業に関する記事をいち早く発表してきた。製薬企業がオピオイド(麻薬性鎮痛薬)の常習性を認識していたのに、そのリスクを隠して売り上げを伸ばそうとしていた実態を取り上げたのも、その一つだ。

初めての著書『危険な投薬(Dangerous Doses)』では、謎に包まれた灰グレーマーケット色市場[訳注:必ずしも非合法ではないが非正規の取引がおこなわれている市場]の存在によって、卸売業者が薬を販売・転売することができる状況を暴いた。そのような取引では、薬の出どころがあいまいにされ、偽造品が医薬品の流通に入り込む。

では、後発品についての私の知識はどうかと言えば、それらがアメリカにおける医薬品供給の六〇パーセント以上を占めており(今日では九〇パーセント)、先発品の価格が上昇の一途をたどるなかで、医療費の負担を抑えるために欠かせないものだということは知っていた。

私は、まさにグレードンが指し示してくれたところから調査を始めた。つまり患者たちに尋ねることからだ。二〇〇九年六月には『セルフ』誌に記事を発表し、以前には先発品を使っていて症状が安定していたのに、薬が特定の後発品に切り替わってから症状がぶり返した患者たちの経験について報告した。

主治医たちは、後発品への変更による症状の再発を裏づけるデータをほとんど持っていなかったし、先発品と後発品に対する患者の反応が違う原因を明らかにするための比較試験も、重要なものはなかった。

FDAは後発品企業から提出されたデータを検討し、製造工場を査察してはいたが、薬の系統的な試験はおこなっていなかった。シカゴ在住の精神科医でアメリカ精神医学会の会長でもあるネイダー・ストットランド博士は、こう話してくれた。「FDAは、後発品は大丈夫だと確信していますが、私はこう質問したいですね。では、私たちはそう確信しているのか?」

私は『セルフ』誌の記事を書くために調査をしたが、その限界に気づいた。患者が後発品を使って被害を受けたことがわかり、それによって、後発品に何か問題があるということはつかめたかもしれない。 しかし、何が問題なのか? それに、たとえ後発品に何か問題があるということまでは示せたとしても、なぜ問題があるのだろうか?
 
そのような疑問への答えが、製薬企業の研究室や製造工場、役員室にあるのはほぼ間違いないが、そのような企業の多くは海外で操業していた。アメリカで使われている後発品のざっと四〇パーセントはインド製だ。そして、先発品にせよ後発品にせよ、アメリカの薬に用いられている有効成分の実に八〇パーセントが、インドと中国で作られている。

医薬品の有効成分輸入業者の一人は、こんなふうに言っていた。「海外からの製品がなければ、たった一つの薬すら作れませんよ」

最終的に、私は一つの疑問──後発品の何が悪いのか?──に答えるため、四大陸への一〇年にわたる調査取材の旅に乗り出すことになり、私たちが生きていくために必要な薬にグローバル化がどんな影響を及ぼしたのかを深く探求した。

インドでは、尻込みする内部告発者を探し出し、製薬工場を訪ね、政府関係者を取材訪問した。中国では、情報提供者に会おうと奮闘していたときに、政府から尾行され、携帯電話を盗聴された。さらに、私が滞在していたホテルのロビーで治安当局担当官が英字新聞を持って座っている写真が、私の携帯電話のホーム画面に送りつけられた。それは紛れもなく次のような警告メッセージだった。われわれはおまえを監視している。

メキシコの首都メキシコシティでは、ある後発品企業の製造工場に勤めていた内部告発者が、社内でのやり取りを記録した大量の文書をバーでそっと手渡してくれた。ガーナでは、医師や科学者が病院や研究室で面会してくれた。アイルランドのコーク県にある製造工場では、アメリカで特に売れ行きのよい薬の一つであるコレステロール低下薬(脂質異常症治療薬)のリピトールの製造現場を見た。

私はいくつかの薬を世界中で追跡し、点と点を結んで全体像を把握しようとした。患者はどんな苦情を訴えたのか? FDA査察官は何を見つけたのか? 規制当局はどんな措置を取ったのか? 製薬企業はどんな主張をしたのか? 製薬企業の最高経営責任者(CEO)はどんな決断をしたのか? 犯罪捜査官はどんな証拠を発見したのか?
 
私は情報を得るため、何千点もの社内文書や法執行機関の記録、FDAの査察報告書、FDA内部での連絡の記録を調べた。それらの山が、私のオフィスに積み上がった。

調査取材によって、私は迷路のように入り組んだ、あるグローバルなごまかしの仕組みへと導かれた。二〇一三年、私は『フォーチュン』誌のアメリカのウェブサイトに、インド最大の後発品企業で起きた不正行為に関する一万ワードの記事を発表した。

その記事では、その企業が、自社の後発品が先発品と生物学的に同等だと見せかける虚偽のデータを提出して世界各国の規制当局を欺いた過程をくわしく綴った。しかし、その記事を書いたあと、いくつもの疑問が残った。

その企業は例外的な存在なのか? それとも、氷山の一角にすぎないのか? その企業の不正は、単発の不祥事だったのか? それとも、後発品業界ではそんな行為がふつうにおこなわれているのか?

調査取材中、何人かの重要な情報提供者が、後発品をめぐる疑問の答えを得るのに力を貸してくれた。たとえば、ある後発品企業の役員は、「四ドル調剤」[訳注:小売り最大手のウォルマートが数百種類の後発品を三〇日分四ドルという激安価格で販売していることを指している]と名乗って匿名で連絡をしてくれた。

彼は、後発品企業が規制で何を求められているかということと、それらの企業がどう振る舞うかということには大きな隔たりがあると説明した。コストを最小限に抑えて利益を最大にするため、企業は規制を迂回して不正に手を出していた。

たとえば、薬の試験に手を加えて望ましい結果が出るようにしたうえで、その形跡をごまかすため、データを隠したり変更したりするのだ。企業は、品質を確保するための必要な手順を踏まずに薬を安く作って、薬の価格が高い欧米の規制市場でそれらを販売し、その際、必要なすべての規制に従ったと主張する。そうすることで、莫大な利益をあげられるのだ。

調査取材の過程では、海外の製造工場でかなりの時間を過ごしたことがあるFDAコンサルタントも連絡をくれた。彼女は、企業の行動を駆り立てる文化的な「要因」、言い換えれば状況的影響力を調査するプロだった。

そのような要因の一つとして、企業文化がある──それは経営陣が打ち出す雰囲気、事業書や工場の壁にかけられた注意書きやスローガン、従業員が受ける訓練などによって根づく。もし薬の安全性に関する規制の面でちょっとした落ち度が許される企業文化なら、最悪の過ちが起こる可能性はどう考えても高い。

それは、ある製薬企業の役員が次のように述べたとおりだ。「飛行機に乗ったとき、トレイにカップの輪染みがいくつもついていたら、エンジンが整備されているのか怪しいと思いますよね」

だが、企業文化は国の文化にも左右される。そのFDAコンサルタントは次のように説明した。その国は縦社会か、横の協力関係がある社会か? その国では、反対意見を持つことが奨励されるか、権力に服従することが要求されるか?
 
これらの要因は、一見すると無関係のようだが、薬の製造品質に影響を及ぼし、後発品と先発品の相違や、互換性があるとされる後発品同士の相違を生む可能性がある、とそのコンサルタントは述べた。

私は本書のプロジェクトに乗り出すまで、薬は薬だとずっと思い込んでいた──たとえば、リピトールにせよ、その後発品にせよ、一つの薬は世界のどの市場でも同じだと思っていた。

それに後発品は、先発品と生物学的に同等であることや、先発品と体内で同じような効果を生み出すことが求められているので、同じ薬の後発品同士に違いがあるわけではないと思っていた。だが、それは間違いだった。コストをかけずに作られた薬は、海外の労働搾取工場で手早く作られた安物の洋服や安物の家電と変わらない。

FDAコンサルタントは、次のように述べた。そのような医薬品は消費者のもとに「非常に安い値段で届きますが、おそらくその陰で、お金では評価しにくい、ほかの原則が犠牲にされています」

消費者は、チェダーチーズは単なるチーズではないことを理解している、とそのコンサルタントは話した。「職人による手作りのチェダー(ナチュラルチーズ)、カボット社のチェダー(ナチュラルチーズ)、ベルビータ(プロセスチーズ)、あるいはチーズに似せた色を塗ったプラスチック製ブロックは、みな違います」。

実のところ患者たちは、処方箋を持って薬局やドラッグストアに行くたびに、そうとは知らず、薬の品質について同様の選択を迫られている。だが、薬に品質の差があるとは思ってもいないので、ほかの薬よりも質の高い薬を要望することができない。

患者たちは、FDAが自分の薬の質の高さを保証するものと盲目的に信じている。結果的に、ほとんどの患者は、携帯電話の事業者を変えるときや車を購入するときにはサービスや商品の見極めをするのに、ドラッグストアに入っていったとき、ある製薬企業の内部告発者を代理した弁護士の言葉を借りれば「服用するものが、自分を殺す可能性があるなどということは一秒たりとも考えない」のだ。

私たちは、遠く離れたところにある製薬企業に依存しているが、それらの企業がどんな手法を用いているのかはほとんど見えない。私は取材でいくつもの工場を訪れたが、そのような工場では、FDAの査察はめったに入らず、利益をあげなければならないというプレッシャーはすさまじい。それで、どす黒い現実を覆い隠す、うわべだけのコンプライアンス(法令遵守)が確立されるのだ。

「あれは二〇世紀はじめのころを思わせました」と、中国の製薬工場で蛙が群らがっているところに出くわした、オランダのある製薬企業の役員が話してくれた。その男性は、その工場の状況を「『ジャングル』のようだった」
と言い表した。

彼が引き合いに出したのは、アメリカの食肉工場の劣悪な環境を描き出したアプトン・シンクレアの小説[訳注:邦訳は『ジャングル』(大井浩二訳、巽孝之監修、松柏社)など]だ。

きちんと作られた後発品のメリットは、議論するまでもない。後発品が何の問題もなく作用すれば──多くはそうだ──、すばらしい成果がもたらされる可能性がある。

「基本的には、インドなどの国が、特許で守られた先発品に比べてわずかな費用で後発品を作る能力を持っているおかげで、発展途上国の何百万人もの命が救われました」と「国境なき医師団」の「必須医薬品キャンペーン」で以前にアメリカのディレクターを務めたエミ・マクリーンは述べている。

アメリカでも、後発品が登場して薬の価格が大幅に下がったおかげで、何千万人もの人が薬を無理なく買えるようになり、治療を受けられるようになった。アメリカでは先発品の価格が規制されていないため、それらの人びとにとって、頼れるのは後発品しかない。

後発品は私たちの医療制度にとって、なくてはならないものだ。だからこそ、その品質はすべての人にとって非常に重要である。

にもかかわらず、私はジョー・グレードンが一〇年前に投げかけた疑問──後発品の何が問題なのか?──に答えようと取り組むなかで、公衆衛生における世界最大のイノベーションが世界最大級の不正をも招いた経緯をめぐる迷宮のようなストーリーを見出したのだ。


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