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「介護スキル」が付加価値に? 美容室で考えた超高齢社会の接客スタイル

編集部のタケダです。

翔泳社に入って、初めて「福祉」に関する本をつくるようになりました。何冊か担当していて感じたのが、「介護のスキルを導入したら付加価値が高まる商品・サービスって意外と多そうだな」ということです。

「シニアシフト」というキーワードが注目されたのが2012年。いまやビジネスで高齢者ニーズを意識するのは当たり前のことですが、私自身は「福祉系書籍の編集者」という新たな視点を得たことで、日常のさまざまな場面でそのことを強く感じるようになりました。今回は、その一つをお話ししたいと思います。

実は高年齢? オシャレ美容室の客層

唐突ですが、私はかれこれ18年ほど同じ美容室に通っています。「初めての美容室」に入る緊張感とか、初対面の美容師さんに希望をうまく伝えられなかったり、その結果イメージと違う仕上がりになったり……というのが嫌なので、なるべく店を変えたくないのです。

私が通っているのは住宅街にある個人経営のサロンで、お客様は近所に住む方がほとんどです。当初は大学生や20代の方をよく見かけましたが、この数年は30~50代が中心。常連客がそのまま通い続けて、客層が高齢化している印象です。

一時期、土日の予約がなかなか取れず、休みを取って平日に行くことが何回かありました。美容室って、休日と平日では客層がかなり変わるんですね。シニア女性が多く来店されていました。白を基調としたスタイリッシュな内装で、なんとなく「20~40代向けの店(実際は30~50代だけど)」というイメージを持っていたので、ちょっと驚きの光景。

そしてあるとき、4席あるカット台のうち、私以外の3席が70代以上(推定)の女性という場面に遭遇しました。

シニアの会話に聞き耳を立てる 

仮にAさん、Bさん、Cさんとします。福祉の本を担当するようになってからというもの、高齢者や小さい子を連れたお母さんなどに自然と目が向く体質になった私は、失礼ながら、お三方の様子やスタッフとのやりとりを観察させていただきました(雑誌を読むふりをしながら、さりげなくです)。 

Aさんは、やや耳が聞こえにくいようで、スタッフとの会話でもたびたび「え?」と聞き返していました。何度か繰り返すうちに、「私、耳が遠いから…、ごめんなさいね…」と気まずそうにつぶやいた一言が印象的でした。

Bさんは、数年前に引っ越してサロンが遠くなり、毎回ご主人に送り迎えをしてもらっているようでした。また、やや傾斜したカット台に座り続けていると腰が痛くなるからと、カットやカラーリングの合間に立ち上がって体を動かしていました。本当はカラーやパーマは別の日に来店して、1回の滞在時間を短くしたいそうですが、「頻繁に送り迎えしてもらうのは申し訳ないから無理……」とのこと。

Cさんは足が悪いようで、ヘルパーさんの付き添いで来店し、店内を移動するときも美容師さんに支えられながら慎重に歩いていました。こぢんまりとしたサロンなので、パーマやカラーリングで使う加温機のコードやキャスターにつまずかないように歩くのが大変そうです。美容師さんも緊張していたと思います。

こんな光景が、これからは当たり前に?

この3人のシニア女性の様子を見ながら、私が考えていたのは「自分が高齢者になったとき」のことです。

「何歳までサロンに通えるだろうか?」
「担当の美容師さんが引退したら、次の人を探すのが面倒だな……」
「年金生活になっても、定期的に通えるかな?」
「そもそも、東京に住んでいないかも?」

私の老後問題は置いておくとしても、日本はすでに「超高齢社会」で、あと数年でそのピークを迎えます。こうした光景を目にすることは今後ますます増えるでしょう。

オシャレな外観で若いスタッフが働くサロンを見かけると、「ここは若い人向けのお店だな」と思っていましたが、実は曜日や時間帯によってはシニア客も来店していて、その割合がどんどん高くなっていくのかもしれません。

「美容師」×「介護スキル」

高齢化にともなって、高齢者向けの接遇スキルを導入する接客業は多いです。美容室では、とくに女性客の場合は滞在時間も長いので、美容師さんに高齢者の身体機能の変化や介護の基礎知識があると、接客・施術がよりスムーズになり、客側も快適にサービスを受けられるのではないかと思いました。

たとえば、高齢者が聞き取りやすいような話し方や、会話が続きやすい話題、相手が気持ちよく話せるような「聴く」技術を身につける。足の弱った方が椅子に座るとき、立ち上がるとき、歩くときの正しい介助方法などを知っているだけでも、接客の質が違ってくるのではないでしょうか。

美容分野なら「ネイリスト×介護スキル」なども、同様のことがいえるかもしれません(美容室と比べてネイルサロンのシニア客は少ないですが、現在ネイルケアを楽しんでいる人が高齢になってからも通い続ける可能性があります)。ほかにも、「添乗員×介護スキル」で新たなシニア向けツアーが企画できるかもしれません。

「訪問美容」というものがあった

3人のシニア女性に遭遇した日、サロンを出てすぐに「高齢」「美容」で検索すると「訪問美容」という言葉が出てきました。

訪問美容(訪問理美容)とは、外出が難しい方の自宅や施設などに美容師(理容師)さんが出向いて、ヘアカットなどの施術をするサービス。髪を整えたり、パーマやカラーリングをして「きれいになる」ことは、施術を受けた人の表情が明るくなるなど、心理的な効用も高いといいます。

「常連のお客さんが、病気や介護、家庭の事情などで通えなくなり、サロンとの関係が切れてしまうのが残念」「専門技術をいかした社会貢献活動をしたい」など、さまざまな思いから、通常のサロンワークと並行して訪問美容に取り組む美容室も増えているようです。在宅介護が増えているので、今後も需要が伸びそうです。

「福祉」フィルターでいろいろなことが見えるかも?

というわけで、美容室でボーッと座っていたら、シニアのお客さんの様子が気になり、思いがけず自分の老後を含めた超高齢社会に思いを馳せ、「接客業×介護スキル」の可能性について考え、「訪問美容」という新しい世界を知るに至りました。

さらに、私は本の編集者なので、「美容師さん向けに何か本をつくれないか?」と考えているところです。

こんなふうに、本をつくっていると自分の中に次々と新しいフィルターが装備されて、それまで気にも留めなかったことが引っかかるようになってきます。今の部署に配属されなければ、美容室で同じような光景を見てもスルーしていたかもしれず、この仕事をしていて「面白いな」と感じることの一つです。

今後も「福祉」フィルターを起動させながら日常を見直し、新しい本を作っていけたらと思いますので、翔泳社の福祉の本にご注目いただければ幸いです!

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