見出し画像

対人援助でなぜ「承認する」という技術が必要なのか?

福祉や医療の仕事の中でも、1人の方と中長期的な関係を持つ必要のある仕事に従事されている方にとって、相手とどのようなコミュニケーションをするかはとても重要な問題です。

翔泳社から4月20日(月)に発売した『対人援助の現場で使える 承認する・勇気づける技術 便利帖』では、コミュニケーションにおける「承認する」「勇気づける」ことに注目。

何かしら不安や困難を抱えていて、少しずつそれを克服しよりよい人生を取り戻す過程にある方にとって、他者から認められ信頼されることは大きな意味を持つのです。

翔泳社の通販サイトSEshopではPDF版を販売しています。

著者の大谷佳子さんは、よくも悪くも承認欲求という言葉の認知が広がってきたと書いています。悪く捉えられることもありますが、それでも承認欲求は人間が持つ根本的な欲求の1つ。人が前向きに生きるために、他者から承認されることは非常に価値あることです。

それを前提に、本書では対人援助の現場で働く方に向けて、「承認する」「勇気づける」技術について解説。褒めたくても月並みな言葉しか出てこない、褒めるはずが皮肉になってしまう、褒める気持ちはあっても言葉にしていないなど、気づかずやってしまいがちなコミュニケーションを改善する一助としていただければ幸いです。

今回は本書から「第1章 もっと承認してみよう」の一部を抜粋して紹介しますので、ぜひ参考にしてみてください。なぜ承認することが必要なのか、どういう点を褒めればいいのか、まずは知っておきたい基本が押さえられています。

以下、『対人援助の現場で使える 承認する・勇気づける技術 便利帖』(翔泳社)から「第1章 もっと承認してみよう」の一部を抜粋します。掲載にあたって一部を編集しています。

援助の現場における“承認”

【承認とは、気づく、そして伝えること】

“承認”という言葉から、あなたは何をイメージしますか。

承認とは一般的に、「その事柄が正当である・事実であると判断すること」と定義されています。許可するという意味を含む言葉として、「会議で承認された」「県から承認が得られた」などと使われることも多いでしょう。

援助の現場における承認とは、判断することでも、許可することでもなく、その人やその人の行為を肯定的に認めることです。この意味における承認を、英語ではアクノレッジメント(acknowledgement)と表現します。

アクノレッジメントという言葉には、気づいたことを知らせるという意味があります。つまり、承認とは相手の存在や強み、成長、変化に気づき、それを相手に伝えることと言えるでしょう。

【承認は援助の基盤を固める】

援助の対象者のなかには、容易に解決できない問題に直面して、不安になっている人もいます。失敗体験を繰り返して心が折れそうになり、自信を失っている人もいるかもしれません。自分自身に対する信頼は、その人が問題に向き合うための基盤です。自分に対する信頼がなければ、問題に立ち向かうことも、新たな行動を起こすことも難しくなるでしょう。

援助の対象者が、自分の存在を価値のあるものとして肯定できるようになるためには、援助職からの承認が必要です。承認は援助の対象者の自己肯定感を高めます。同時に、自分を肯定的に認めてくれた援助職に対する信頼が確かなものになり、ラポール(信頼関係)が形成されるのです。承認は援助の現場において、不可欠なスキルと言えるでしょう。

◆援助の対象者を承認するときは、ココに注目!

「何ができないのか」「何が困難なのか」に焦点を置くと、その人を承認することは難しくなるでしょう。その人らしさに注目することで初めて、相手の強み、成長、変化に気づくことが可能になるのです。

人柄、表情、容姿、持ち物、能力、考え方、価値観、夢、可能性、目標、理想、感性、習慣、挑戦、勇気、貢献、愛情、配慮、実績、経験、人脈、技術、特技など

◆ストレングス視点

ストレングス視点とは、利用者のストレングスに焦点を置いた援助職の見方、援助観と言えるでしょう。焦点はストレングス、つまり、その人の持つ強さです。その人の強さは、“できていること”に限定されるものではありません。

可能性という視点からも、その人の“強み”を引き出してみましょう。その人が持っている夢や理想、目標こそが、その人が現実に立ち向かっていく力になるのです。

画像3

“承認”は援助職に求められるスキル

【承認上手な人と承認下手な人の違い】

「相手を肯定的に認めることが大切」と頭のなかで理解しているだけでは、上手く承認することはできません。上手に承認するためには、“気づく”と“伝える”の2つのテクニック(技術)が求められます。

“気づく”とは、承認するポイントを見つけることです。日頃から、その人に関心を持って観察していなければ、何を承認したらよいのかわかりません。しっかりとその人のことを観察することが、承認上手になる第一歩です。承認が上手くできない理由として、相手をよく見ていない、あるいは、どこに注目して見たらよいのかがわからない、などが考えられるでしょう。

そして、“伝える”とは、気づいたことを言葉に出して、表現することです。せっかく承認するポイントを見つけても、それを適切に表現する方法を知らなければ、相手の心に届く承認はできないのです。

【そのとき、その人に適した承認】

承認上手な人は、“気づく”と“伝える”の2つのテクニックを身につけています

例えば、「目標が達成できて、すごいですね」という承認は、“目標の達成”という結果に着目して、“すごいですね”という褒め言葉で承認を表現しています。「ついに目標が達成できた!」と喜びを感じているとき、このように褒めてくれる人がいると、嬉しい気持ちは倍増するでしょう。

しかし、承認するポイントは、結果だけとは限りません。また、「すごいですね」という褒め言葉も万能ではありません。努力をしても、なかなか目標が達成できない人には、その人が努力を続けていることや、努力の過程で発揮されたその人の強みを承認することが求められるからです。

本書では、承認上手になるためのテクニックを第2章~第4章で紹介していきます。第2章「相手の存在を承認する方法」では、誰に対しても、いつでも実践できる承認のテクニックを身につけることができます。

第3章「相手の強みを承認する方法」では、その人の強みを見つけるコツと、その強みを本人にも気づいてもらえるような伝え方を学びます。さらに、その人が本来持っている強みを引き出し、困難を克服できるように支援するために、第4章「相手を勇気づける方法」も知っておくとよいでしょう。

学んだテクニックのなかから、そのとき、その人に求められる適切な方法を選択して、活用する力がスキル(技能)です。第5章「相手のタイプに合わせて承認しよう」を参考にして、第2章~第4章で学んだテクニックを実践スキルとして活用してみましょう。

◆承認上手になるためのテクニック

承認するポイントは1つだけではありません。伝え方にもさまざまな方法があります。そのとき、その場面に適した方法や手段を用いてこそ、相手の心に届く承認になるのです。

(1)気づく技術
承認するポイントに気づくこと
“相手の何を承認するのか

(2)伝える技術
気づいたことを言葉に出して、表現すること
“相手にどのように伝えるのか”

ヒューマン・ニーズとしての“承認欲求”

【自己実現には承認が必要】

私たちは、誰かから肯定的に認めてもらえると嬉しくなります。それは、私たちのなかに「認められたい!」という承認欲求があるからです。

アメリカの心理学者マズロー(Maslow, A.H.)は、人間の欲求(ヒューマン・ニーズ)を“生理的”“安全”“所属と愛”“承認”“自己実現”の5つで表現しています。このなかで最も優先されるのは、生命を維持するための“生理的”欲求です。

この欲求が満たされない状況では、他の欲求は出現しません。なぜなら、生理的欲求はすべての欲求のなかで最も基礎的で、強い欲求だからです。このように、欲求には優先序列の階層が存在することから、マズローは欲求階層説を提唱しました。

マズローによれば、“生理的”欲求が充足されると“安全”欲求が出現する、という関係性を持ちながら、ヒューマン・ニーズは一段階ずつ、より高次の欲求へと移行します。

つまり、最も高次に位置づけられている“自己実現”は、“生理的”から“承認”までの4つの欲求を満たさなければ出現しない欲求なのです。

【援助の優先順位を判断】

マズローの欲求階層説は、援助の優先順位を判断する際にもよく活用されています。

例えば、援助を展開する際に、最優先されるものが“生理的”や“安全”の欲求の充足でしょう。生命や安全を脅かすリスクを取り除いて、その人の生活の土台をつくります。土台が不安定なままでは、社会のなかで健康的に生活するための“所属と愛”や“承認”への欲求は出現しません。

援助の優先順位を確認しながら、その人らしさを大切にした生活や“自己実現”に向けて支援していくことが大切と言えるでしょう。

◆マズローの欲求階層説

画像2

マズローが欲求階層説を発表したのは1943年です。それから長い時間を経て、1971年にマズローは人間の欲求をもう1つ追加しています。最終的なマズローの欲求階層説は、実は、6つの欲求段階で構成されているのです。

マズローは、初期の5つの欲求段階(“生理的”“安全”“所属と愛”“承認”“自己実現”)は自分の利益を中心に考える利己的欲求であり、これらが満たされると、次は他者に対して利益を与えたいと考える利他的欲求(社会に貢献したい、人を助けたい、世の中を平和にしたいなど)が出現すると考えました。

これが6つ目の自己超越欲求です。「自分の利益を超えて他者のために何かを成し遂げたい」という欲求こそが、最も高次のものとしたのです。

心の健康に必要な“承認”

【成長欲求の下地をつくる欠乏欲求】

マズローは、人間が行動を起こす理由として、5つのヒューマン・ニーズを“成長欲求”と“欠乏欲求”とに分けています。

成長欲求は人間的成長を求め続ける欲求であり、マズローの理論において最も高次に位置づけられている“自己実現”が該当します。それに対して、欠乏欲求とは足りないものを補うことで満たされる欲求のことであり、“生理的”“安全”“所属と愛”、そして“承認”が含まれます。これらの欲求を満たすことが、“自己実現”欲求が出現するための下地となるのです。

ところが、欠乏欲求を満たすためには、足りないものを、何かあるいは誰かによって、補う必要があります。喉が渇いたり、空腹を感じたりしても、そこに飲み水や食べ物がなければ“生理的”欲求を満たすことはできないでしょう。

生命や生活が脅かされない環境が整わなければ“安全”欲求は満たされません。そして、社会的な欲求である“所属と愛”や“承認”は、自分以外の他者の存在があって初めて充足が可能になるのです。

【欠乏欲求が満たされないと不健康に】

欠乏欲求には、不足したままでは不健康な状態を生み、充足されることで不健康な状態になることを防ぐという特徴もあります。“生理的”欲求が満たされないままでは、生命を維持することができません。“安全”や“所属と愛”の欲求が満たさなければ、心は不安定な状態になります。

そして、“承認”の欲求が満たされなければ、“自己実現”の欲求が出現しないだけではなく、自分の存在そのものに価値を感じられなくなり無気力になるかもしれません。欠乏欲求は、心と体が健やかな状態であるために、満たされなければならない欲求と言えるでしょう。

◆成長欲求と欠乏欲求の特徴

成長欲求──自己実現

・人間的成長を求め続ける欲求である
・そもそも欠乏欲求が満たされないと出現しない
・満たそうとすることで積極的に健康な状態をつくる
・完全に満たされることはないため、欲求を満たそうと努力を続ける

欠乏欲求──生理的/安全/所属と愛/承認

・ 足りないものを補うことで満たされる欲求である
・ 不足したままでは不健康な状態を生む
・ 充足されることで不健康な状態を防ぐ
・ ある程度充足されると満足を感じて欲求自体を忘れる

◆心の耐性

“所属と愛”と“承認”は、心理的な満足が必要とされる欠乏欲求です。この2つ
は満たされないままでも、ある条件のもとでは、不健康な状態にならないこともあります。その条件とは、その欲求が十分に満たされた経験を持つことです。

例えば、十分な愛情を受けて育った子どもは、その後の人生において“所属と愛”の欲求が多少満たされないことがあっても、すぐに不健康な状態になることはないでしょう。それは、子どもの頃の経験が、心に耐性(不適切な反応や行動を起こさずに耐える力)をつくるからです。

欠乏欲求が十分に満たされていなくても、成長欲求を実現するために活動できる人には、このような耐性が備わっているのかもしれません。

2種類の“承認欲求”

【「認められたい!」の根底にあるもの】

マズローによれば、私たちには2種類の承認欲求があります。

1つは他者に受け入れてもらいたい、認めてもらいたいという他者承認欲求と、もう1つは自分自身が自分を認めて、今の自分に満足したいという自己承認欲求です。

一般的に“承認欲求”という表現は、「認められたい!」という他者承認欲求を意味して使われていることが多いでしょう。しかし、人から認められたいという他者承認欲求の根底にあるのは、他者から認められた自分の存在を自分自身が認めたいという自己承認欲求です。

本来、自己承認欲求を満たすのは自分自身です。しかし、それが上手くいかないときは、他者からの承認を得ることで自分の存在価値を感じようとする心理が強く働くのです。

【他者からの承認も大切】

「他者からの承認は求めるべきではない」「他者承認に依存せず、自分で自分を認めることが大切」などと言われることがあります。確かに、他者からの承認を求め過ぎると、他者の反応に過敏になって一喜一憂したり、承認してもらえるように自分を偽ったりするようになる、などのリスクもあるでしょう。

しかし、困難に直面して不安定な状態にある人や、失敗が続いて自信を失っている人は、他者からの承認がなければ、自分の存在に価値を感じることさえできなくなってしまうのです。

自分がどのような状態にあったとしても、そのような自分を肯定的に認めてくれる人の存在は大きな心の支えになるはずです。承認されたことに応えよう、応えたいという気持ちが働くことで、考え方や行動が前向きになることも期待できるでしょう。

◆自己承認欲求は欠乏欲求? それとも成長欲求?

マズローによれば、承認欲求は欠乏欲求の1つです。確かに、他者承認欲求は他者に依存しなければ、満たすことができません。では、他者に依存しなくても、自分で満たすことのできる自己承認欲求も欠乏欲求なのでしょうか?

その答えは、アメリカの心理学者アルダファー(Alderfer, C.)のERG理論が教えてくれます。アルダファーは、マズローの欲求階層説を修正して、5つの欲求を“生存(Existence)”“関係(Relatedness)”“成長(Growth)”の3つの欲求に整理しました。ERG理論という名称は、この3つの欲求の頭文字をとったものです。

アルダファーは、他者承認欲求を“関係”欲求に、自己承認欲求を“成長”欲求
に分けています。自己承認欲求は、“自己実現”と同様に、自己の成長を求める欲求に位置づけているのです。

画像1


よろしければスキやシェア、フォローをお願いします。これからもぜひ「翔泳社の福祉の本」をチェックしてください!