見出し画像

医療業界の新型コロナウイルス対策、実はAIが活用されているんです

新型コロナウイルスが各国で大きな影響を与える中、ワクチンの接種が始まるなど対抗策のニュースも目に入るようになってきました。

実は医療業界では様々な分野でAIが目覚ましい活躍をしており、新型コロナウイルスとの戦いでもAIによる受診相談や画像診断などが行なわれています。

AIはいわば超高性能の計算装置。人の知能を超えるのか、AIなら何でもできる、といった大きな期待を持たれたり、あるいはそれらができないと分かって失望されたりしてきましたが、医療の現場ではすでに多様に活用されているのが実情です。

では、新型コロナウイルスに関して、AIはどのように利用されているのでしょうか。その現状をロボットの活用と合わせて解説したのが『コロナ vs. AI 最新テクノロジーで感染症に挑む』(翔泳社)です。

本書はAI&ロボットの専門家と医師が集い、その知見を集結させた1冊。AIという言葉を知っているだけの方でも楽しめるように、AIとロボットの最新動向から丁寧に説明されています。実際の事例も豊富に解説されているので、「実はAIが使われていたんだ」という発見があるのではないでしょうか。

また、台湾のデジタル担当大臣オードリー・タン氏のインタビュー「未曾有の危機に幅広く使える未来思考」の他、著者の1人である石井大輔さんが新型コロナウイルスに感染した際の入院生活についてのコラムも掲載されています。

◆著者について
石井大輔 (いしい・だいすけ)
株式会社キアラ(Kiara Inc.)代表取締役。京都大学総合人間学部で数学(線形代数)を専攻。キアラ社の顧客として画像認識・自然言語処理など医療系AIスタートアップを数多く抱える。

河野健一 (こうの・けんいち)
株式会社 iMed Technologies代表取締役CEO。医師(脳神経外科専門医、脳血管内治療指導医、脳卒中専門医)。「世界に安全な手術を届ける」という理念を掲げ、2019年に株式会社iMed Technologiesを設立し起業。

小西功記 (こにし・こうき)
株式会社ニコン研究開発本部数理技術研究所。半導体露光装置のハードウェア開発経験を経て、2015年よりAI( 機械学習) エンジニア。現職では、医学生物学への貢献を目指し、画像解析技術を開発している。

清水祐一郎 (しみず・ゆういちろう)

株式会社NTTデータ経営研究所情報未来イノベーション本部先端技術戦略ユニット(シニアコンサルタント)。民間企業と官公庁を相手に、AIやロボット、脳科学といった先端技術の戦略コンサルティングを実施。

今回は本書から、企業がAIを使ってどんなサービスに取り組んでいるのかを紹介している「第2章 新型コロナウイルスとAI(取組事例)」の一部を抜粋します。

「AI受診相談ユビー新型コロナウイルス版」や肺炎の検出AI、重症化を予測するAIなど、命と健康を守るためにAIがどのように利用されているのか、ぜひその一端を知っていただければと思います。

以下、『コロナ vs. AI 最新テクノロジーで感染症に挑む』の「第2章 新型コロナウイルスとAI(取組事例)」から一部を紹介します。掲載にあたって編集しています。

vs.コロナのAIの研究トレンド

AIによって、新型コロナウイルスに対抗するための多くの製品・サービスが生み出されることを期待する一方で、医療に資するAIを論じるときは、医療の規制は避けては通れないのが現状です。

ただ、vs.コロナのために法規制を緩和する動きもあるため、研究・開発・販売までのプロセスが短くなっていることも事実です。本章では、実際に企業が取り組んでいるvs.コロナのサービスを紹介していきます。

企業の取組みを紹介する前に、実際にどれくらい新型コロナウイルスに関連する研究が行われているのか、また、そのうちAIに関連する論文はどの程度あるのか、そのトレンドを示します。

2020年4月にWHOの研究者などを含む研究チームから、vs.コロナのAI研究の
トレンドを示す論文が発表されています。その論文では、2020年1月1日から4月5日までの期間、1週間ごとに公開された論文数の推移が示されています。

画像1

まず新型コロナウイルス関連の論文全体としては、1月の1週目は0に近かったですが、2月に入った頃から1週間に200本程度公開されるようになり、3月に400本、4月には1,000本程度にまで指数関数的に増大しています。そして、4月5日時点で累計4,500本近くの論文が投稿されています。

新型コロナウイルスの感染拡大の初期の頃から、多くの研究者によって、その実態が徐々に明らかにされていっている様子を示していると考えられます。

画像2

vs.コロナのAIの論文推移
出典:カーネル大学HP「Mapping the Landscape of Artificial Intelligence Applications against COVID-19

そして、それらの論文のうちAIや機械学習、深層学習などのAI関連のキーワードを含む論文は100本程度となっています。調査によると、3月の中旬頃から論文数が増加しています。患者数の増加によりデータが手に入りやすい状況が整備されてきたからでしょう。

本書執筆時点で、2019年に新型コロナウイルスの症例がはじめて報告されてから1年以上が過ぎました。この間、多くのワクチンや治療薬が治験、臨床応用されていることが報道されています。2020年4月に比べ、さらに数倍以上の論文が投稿され、世界中で多くの新たな研究が行われていることと考えられます。

新型コロナウイルスのスクリーニング用途に用いられるAI

新型コロナウイルスによる肺炎の拡大をきっかけに、少しの風邪でも新型コロナウイルスに罹患したのではないかと気にする人も多いでしょう。また、病院に行ったときに、自分の周りに新型コロナウイルスを保持する患者がいないかと心配になることもあるのではないでしょうか。

AIを用いてそのような不安を緩和する取組みが行われています。たとえば、自宅で気になる症状があったときに、気軽に自分の症状を入力し、病院を受診すべきかどうかの判断基準を示してくれるAIの開発が進められています。

また、病院に行ったときに、入口で新型コロナウイルスに罹患している可能性があるかどうかを判断し、罹患が疑われる場合には適切に隔離できるようなAIの開発も行われています。

そのような取組みで代表的なサービスを提供しているのが、第1章でも登場したユビー社です。同社では、2つのサービスの提供を開始しました。

1つ目のサービスが、自宅で事前問診ができる「AI受診相談ユビー新型コロナウイルス版」というサービスです。2020年4月より提供が開始されています。

画像3

このサービスは、ユビー社の共同代表を含む5人の有志によって設立された日本医療受診支援研究機構社から無償提供されています。ユーザー登録などは不要で、20問ほどの質問に回答することで、候補病名を複数提示してくれます。

そして、回答内容に応じて救急安心センターへの問い合わせや適切な医療機関の提示など、どのような行動を取ればよいかを知ることができます。

2つ目のサービスが、「COVID-19トリアージ」支援システムです。2020年5月にリリースされたこのシステムは、既存のAI問診サービスであるUbieの追加機能として搭載されました。

医療機関が使うことを想定したサービスで、患者が医療機関に来る前や受付で入力した問診の内容を事前に確認し、新型コロナウイルスの疑いがあるかどうかを判断することができます。事務や医師へのアラート機能も搭載しているので、感染の見逃しを防ぐことができ、院内での感染拡大防止に役立っています。

この機能は、既に東京の目黒みらい内科クリニックや福岡の田主丸中央病院など、多くの医療機関で試験導入され利用され始めています。

アメリカでは、連邦機関である疾病予防管理センター(CDC)がチャットボットによる新型コロナウイルスのセルフチェックツールを公開しています。

画像4

同ツールでは、マイクロソフト社のチャットボットが利用されており、2つのテストを実施することを目的としています。1つ目が現在新型コロナウイルスの感染の可能性があるかどうか、もうひとつが過去に感染していた可能性があるかどうかを確認するものです。

アメリカは国民皆保険制度ではないため、新型コロナウイルスに罹患しても自宅での療養を基本とし、重症化の予兆がある場合にのみ適切に医療機関を受診できるように、このツールが支援しています。

イギリスでも同様に、患者への問診情報から、AIによるトリアージを実現しています。患者が医療機関への予約を入れる際に問診を記入することで、AIが自動的に優先して医師が対応すべき患者を赤黄青の3段階で医師に連絡します。その結果をもとに、医師は診察の優先順位を付け、医療崩壊を防いでいます。

AIが普及する以前には、疑わしい症状があった場合には、医療機関に問い合
わせるか、実際に受診するしか手段がありませんでした。しかし、AIの普及によって、自宅から手軽に自分の今の症状がどのような病気に起因する可能性があるのかを確認し、何らかの示唆を得ることができるようになりました。

また、グローバルな知見をすぐにシステムに反映し、都度更新することも容易になりました。AIがなければ、もしかしたら新型コロナウイルスの感染拡大はさらに進んでいたかもしれません。技術の進歩が私たちの健康に貢献していることを実感します。

新型コロナウイルスによる肺炎の画像診断に用いられるAI

第1章でX線画像に対するAIの適用事例が多く世の中に登場していることを紹介しましたが、この技術が新型コロナウイルスの感染によって起こり得る肺炎の診断に活用されています。肺炎の診断には、胸部レントゲン検査やCT検査が用いられています。それらの検査で撮影した画像に対するAIの適用も世界中で進んでいます。

この取組みは世界中で進んでいる一方で、CT画像に対するAIの適用にはプログラム医療機器としての承認が必要です。このことから、プログラム医療機器は、市場へ投入するまでに時間がかかることが懸念されます。

そのため、2020年4月に、厚生労働省から新型コロナウイルスに関連する医療機器や医薬品は優先的に審査を行うことが発表されました。この発表によって、プログラム医療機器の審査および承認のスピードが速まり、既にいくつかは承認されています。

最初に日本で承認されたプログラム医療機器は、北京のインファービジョンテクノロジー社の新型コロナウイルスによる肺炎の検出AIでした。日本での販売をCES社が担うため、同社から2020年5月12日に申請され、同年6月3日に承認されました。

画像5

出典:InferVision HP

このシステムでは、CT画像解析を行い、ウイルス性肺炎の可能性を「高」「中」「低」「0%」の4段階で表示し、医師に示すことができます。日本人のデータをもとに試験が行われ、その結果が公開されています。

ウイルス性肺炎、非ウイルス性肺炎、正常肺の3種類174例のCT画像をもとにテストが行われました。174例のうち、33例はウイルス性肺炎でしたが、本システムで「高」または「中」と診断されたウイルス性肺炎は28例でした。約85%の精度になります。

一方、141例の非ウイルス性肺炎および正常肺のうち60例を「中」以上と診断しており、擬陽性、すなわち本来はウイルス性肺炎でないものをウイルス性肺炎と診断する確率もかなり高いことがうかがえます。現時点では、このシステムの診断結果は参考情報にとどめ、最終的には医師が診断することになっています。

インファービジョンテクノロジー社のシステムに続いて日本で承認されたCT画像解析プログラムが、中国のアリババDAMOアカデミー社によって開発されたシステムです。日本では、M3社の子会社であるMICメディカル社から販売されます。

画像6

このシステムは、武漢など中国の複数の病院で撮影された新型コロナウイルスによる肺炎のCT画像8,667例をもとに開発されたシステムです。肺炎が疑われる部位に目印を付け、その確信度を0~1.0の間で表示することができます。

このシステムでも日本人の704例のCT画像を利用した試験が行われています。704例のうち、PCR検査で陽性の患者327例、陰性の患者は377例でした。327例のうち0.1以上の確信度で検出できたのは293例と、約90%の精度であることが明らかにされました。

一方で、こちらのシステムもPCR検査陰性の患者を高い確率で肺炎であると診断してしまっており、結果には注意が必要になります。

日本で承認された2例を見てもわかる通り、AIの臨床応用には注意が必要です。そして、アリババ社などを含めて、多くの中国企業が医療AI開発に力を入れていることもわかります。

日本からは、NTTデータ社が新型コロナウイルスによる肺炎へのAIの適用を発表しています。インドのディープテック社との共同で開発し、まずはインドにあるルビー・ホール・クリニックから導入を始めているとしています。

NTTデータ社は医療機器の製造販売業許可を持っていないため、日本での展開はまだ先になる可能性がありますが、他にも多くの日本企業が開発を加速させています。たとえば、富士フイルム社は研究開発に着手、富士通社は東京品川病院との共同研究開発に着手することが発表されています。

また、CT画像だけでなく、胸部レントゲン検査に対するAIの適用研究も行われています。台湾では、台湾AIラボ社と衛生省が官民連携の共同開発の取組みを行いました。本システムは、驚くべきことにPCR検査で陽性が判明する以前の胸部レントゲン検査画像から新型コロナウイルスによる肺炎の検出に成功しました。

既に世界中の多くの医療機関からの問い合わせを受け、全世界に輸出を検討しています。このように高い精度で新型コロナウイルスを検出できれば、感染拡大の抑止が期待できます。

患者の重症化を予測するAI

ここまで、新型コロナウイルスによってもたらされる肺炎の診断に対するAIの適用事例を紹介してきました。そこでは、いかに効率よく正確に治療すべき患者を特定できるかが大切になっていました。

ここからは、既に新型コロナウイルスに感染してしまっている患者が、その後重症化するかどうかを予測するAIを紹介します。

軽症者はホテルや自宅などで療養していますが、的確に重症化を予測することができれば、ホテルや自宅で療養すべき患者と入院すべき患者とを適切に振り分けることもできるのではないでしょうか。また、病院においても、慎重なケアを必要とする患者の見極めに役立つと考えられます。

診断用のAIに比べて重症化予測AIの難しいところは、新型コロナウイルスの罹患患者で、重症化した人と重症化していない人の十分な数のデータを集めなければ、適切なAIのトレーニングができないことです。

そのため、サービス化されるところまで至っている事例はありません。しかし、大学での研究結果をもとに大学病院で試験導入が進められるなど、いくつかの取組みがなされています。

日本では、医師、科学者、データサイエンティスト、有志のボランティアが集まり、重症化しやすい患者を特定するAIの開発プロジェクトが2020年5月末よりスタートしています。COVID-19-ResQプロジェクトと名付けられたこの取組みは、IoTやAIに関するサービス提供を手掛けるアドダイス社が統括し、県立広島病院のデータなどを用いてサービス化を目指しています。

また、アメリカでは、カリフォルニア大学の研究チームが新型コロナウイルスによる肺炎の重症化を予測するAIシステムを開発し、同大学のメディカルセンターで既に臨床への導入が進んでいます。

このシステムは、10人の医師と研究者によって開発され、血液検査の結果などを用いることで、今後3日以内にICUに入院する、もしくは人工呼吸器が必要になる確率をスコアリングして表示することができます。既に100人以上の患者にこのシステムが適用され、運用されています。

また、その他にも、中国とアメリカの研究チームが共同で重症予測AIを開発し、論文発表が行われています。

このように、日本も含め、まだデータ数が足りないところはありますが、徐々に重症度を予測するAIの開発も進んでいます。医療崩壊を防ぐためにも、重症化予測AIの必要性はますます高まることでしょう。



よろしければスキやシェア、フォローをお願いします。これからもぜひ「翔泳社の福祉の本」をチェックしてください!