はじめに|家田荘子『大人処女――彼女たちの選択には理由がある』
はじめに
東京2020オリンピック・パラリンピックが開かれるすこし前、私は、ダブルワークをしている介護職の女性へのインタビューをしていた。今は閉店してしまったが、その場所は池袋の個性的なバーで、私はその店の奥座敷を借りて取材をしていた。
取材対象の女性は、ママの知り合いだった。その店をはじめて訪れた人はまず、超過激で華やかな内装と、淫靡な室内装飾の数々に目を剝く。そこには何人かの男女が働いていた。
肌を露出した過激な服装をコスプレのように着こなしている従業員が多かったが、そのなかで目立っていたのが、清楚なファッションをした20代の女性だった。フレアーっぽい柔らかなスカート姿など、赤と黒が基調のこの店内で見かけたことはなかった。彼女の名前を梓さん(仮名、第二章)といった。
以来、私は取材でその店を訪れるたび、彼女の姿を探していた。
まもなくして、
「あの子は、まだ(男性経験が)ないのよ」
と、ママから知らされた時の驚きといったらなかった。場所は、駅から近い大歓楽街・池袋。個性が強く、恋愛や出逢いも自由で超明るい雰囲気の店で働きながら、梓さんは染まっていない――感心するのと同時に、疑問が私の頭から離れなくなった。
なぜ梓さんは男性未経験なのだろうか。きれいで肉感的な外見だけでなく、声もかわいく優しそうな梓さんが、男性経験がまだだったとは……!? これまで、いくらでも機会があったと思うのに……とは思っていたが、梓さんとそれほど話をする機会もなく、聞かずじまいだった。
実は私には、それ以前から気になっていたことがあった。それは高齢者の恋愛について取材をしていた時のことだった。現場では、独身男性や交際歴のない男性が、年々増えてきているように感じられた。
国立社会保障・人口問題研究所(社人研)がほぼ5年に一度行っている「出生動向基本調査」によると、30~34歳の未婚男性の38・9%、同女性の33・9%が「異性との交際経験がない」と回答していた。また、30~34歳の未婚男性の37・2%、同女性の44・4%が性交体験がないという(2021年6月、18歳以上55歳未満の独身者を調査、有効票数7826)。
2023年現在、「少子化」という言葉をテレビで聞かない日がないほど、少子化対策に政府が力を入れている。2022年に誕生した新生児が、80万人を切ってしまったのも原因のひとつだった。岸田文雄首相は「異次元の少子化対策」と、違和感のある名称で少子化対策をさかんにアピールしている。
少子化問題は、とても大事なことだが、実は結婚や出産以前に、「結婚や恋人に興味を持たない男性・女性が年々増えてきている」ことも注目すべき事実ではないかと、私はずっと思ってきた。
今だったらとんでもない女性差別だが、かつて未婚女性は、クリスマスケーキによくたとえられた。「12月24日(歳)はとてもよく売れるが、25日(歳)は売れ残り」と言われ、結婚を急ぐ人が多い時代だった。20代後半になると、親が「結婚」についてうるさくなり、それがイヤで、多くの人がお見合いを繰り返したり、シングルでいると会社で「お局様」など陰口を叩かれ、公然と差別を受けたりしていた。
しかしながら、時代はようやく変化し、人権や、ひとりひとりの思いが尊重されるようになってきた。
今、私たちは周りに惑わされず、自分で人生を選択できる自由と責任を与えられつつある時代に生きている。ひとりひとり、人の数だけ違った人生を歩み、それが尊重されるように、徐々にだが変わってきた。
だから「交際経験がない(少ない)」や、「性交渉を持たない」という人々も、けっして受動的ではなく、自ら選んだ生き方をしていると言えるのではないだろうか。
かつて日本は、とかく「皆と一緒」であることが安心であり、目立つと叩かれたり抑えつけられたりするような社会だった。ところが令和の今、まだ息苦しさは完全消滅したわけではないけれども、皆と一緒でなくても、自分の生きたい道を歩むことが許される社会にすこしずつすこしずつ変わってきている。
では、なぜ「人と交際しないのか」。なぜ「性交渉を持たないのか」……。
梓さんに出逢って以来、私の興味は、どんどん「そういう人生を選択した」女性たちの生き様に惹かれていった。
子供のいる家族と比べて、「性交渉を持たない」「ひとり生活を大切にしたい」人たちは、少数派ではある。けれども、実は静かに増え続けてきた。最近は、それを肌で感じられるようになり、これからはもっと増えていくことだろう。
20代ではまだ周りの人や、恋愛感情に流されてしまう可能性がある。だからこそ、30歳以上の「大人の女性」たちに直接会って、「しない」「してない」「20代はしなかった」という選択をした人生について、話を聞いてみたいと思った。
今の時代、未婚者で交際を望まない人々は、「自由」「生きがいとなる趣味がある」「ひとりは寂しくない」など、自分の生活スタイルを大切にしている人々であると、出生動向基本調査でも顕著に表れている。彼女たちは、どんなことを考え、どんな決心や選択をして、どんな経験をして今に至っているのだろうか。
どんな答えが出てくるのか、想像の域を超えている内容だけに、私の取材への思いがどんどん熱くなっていった。
しかしながら、この一連の取材をすることは、今まで私が長年、風俗や不倫、売春や犯罪などを取材してきた「する」人たちの反対側、「しない」人たちにあたる。その人脈がないところから始めることになった。また3年にわたるコロナ禍も加わり、行動制限などもたびたびあって、順風満帆には進んでいかなかった。
そういう社会状況でありながら、笑顔で取材に協力してくださった女性たちは、やっぱり「波あり風あり壁あり」を乗り越えてきた人々だった。自分と、その人生を愛しく思い選択した彼女たちの「汗と涙と笑い」ある生き方は、きっとあなたにポジティブな何かを与えてくれることと、私は期待を寄せている。
2023年7月
家田荘子
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