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ロシアのウクライナ侵攻を受けて、建築に何が可能か(『増補版 戦争と建築』)

晶文社

2022年7月27日に発売となる『増補版 戦争と建築』では、著者の五十嵐太郎さんから新たに書き下ろしをいただきました。
ウクライナ侵攻によって世界中が揺れている今、少しでも未来を考える手立てになればと、増補部分のうち1篇を公開いたします。
難民問題や今まさに起きているウクライナ侵攻など、変わりゆく戦争のあり方に対する建築家らの対応を読み解きます。

大量の難民のための空間をどうするか

『サピエンス全史』(二〇一一年)で知られるユヴァル・ノア・ハラリは、人類の最悪の敵だった飢餓、疫病、戦争はもう克服しつつあると楽観的に論じていたが、残念ながら、世界はコロナ禍で覆い尽くされ、一人の政治家の暴走によって、ロシアの空域が閉鎖され、スポーツや芸術の世界から同国の選手が排除され、あっという間に冷戦下に戻ったかのような状況に突入した。アメリカによるイラク戦争のときもテレビの情報をいかに占拠するかは重要だったが、大きな違いは、現代はネットを利用した個人の情報拡散などにより、力強いメッセージや凄惨な現場が世界中にすぐ伝達されることだ。これは世論に訴える抑止力になるかもしれない。一方でロシアは、海外の情報が入らないようインターネットを遮断するという報道も出ていた。『ベクシル2077 日本鎖国』(二〇〇七年)というSFのCGアニメが、ハイテクな情報鎖国という設定だったが、それに向かう国家が登場したのである。なるほど、ポール・ヴィリリオによれば、戦争のテクノロジーは情報の時代に突入した。

コロナ禍に対してもそうだったが、すぐ建築にできることは少ない。ただ、ウクライナの建築事務所は以下のように活動している。例えば、バルベックは炊き出しを行ったほか、将来の再建のためのモジュール型の居住空間「リ・ウクライナ」を提案し、リプラスは簡単な方法によるガラスの飛散防止など、建築的な視点からのサバイバル情報を発信したり、軍や避難民のために施設の整備を支援している(参考:『日経アーキテクチュア』二〇二二年四月二八日号)。またMVRDVがロシアのプロジェクトを止めることを表明したり、BIGやスノヘッタなどのスター建築家が侵攻への反対声明を出した。

難民の大量受け入れは、居住の問題と直結するだけに、建築家の関心が高いと思われるが、すでにウクライナからは七〇〇万人以上が国外に移動しており、同じ問題が起きるだろう。いち早く坂茂は、東日本大震災などの自然災害のときと同様、プライバシーの確保や感染症の対策として、紙管による簡易間仕切りのシステムをポーランドの難民施設に持ち込んでいる。

思い出されるのは、アレハンドロ・アラベナが「前線からの報告」をテーマに掲げ、建築の社会性を問いかけたヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展二〇一六において、ヨーロッパからの多くの展示が、内戦から逃れたシリア難民をどう受け入れるかをテーマにしていたことである。

例えば、ジャルディーニ公園の会場では、wifi-free、充電OKで来場者を迎え入れるドイツ館は、同国が多くの難民を受け入れたように、建物を二四時間開放する場所に変えていた。テーマは「ハイマート(ふるさと)をつくること、ドイツ、アライバル・カントリー」。各国館のなかで最もいかつい古典主義の神殿のようなドイツ館の壁をあちこちぶち抜くという改造を、特別な許可を受けて実施し、閉じるドアもない[図1]。驚くべき展示だった。フィンランド館のテーマは一時的な避難所のコンペであり、オーストリア館やギリシア館も難民を意識した人々の居場所を紹介していた[図2]。ほかにもアルセナーレの会場では、フェスやイベント、難民や被災者の受け入れ施設、軍事基地など、大量の人々が一時的に滞在する「はかない都市」のリサーチ、都市流入者や難民のためのベルリンにおける集合住宅プロジェクトなどがとりあげられた[図3]。どうしても調査・報告型になるために、展示ならではのスペクタクル性には欠けるが、世界の建築界が共有する問題をあぶり出していた。

図1 ドイツ感の壁に開けられた入口
図2 フィンランド館の移民増加を示すデータ
図3 アルセナーレ会場における集合住宅と移民をテーマにした展示

ネットの時代における情報の建築

同年のビエンナーレに参加したフォレンジック・アーキテクチャーが、イタリア館で展示した映像とインスタレーションはなかでも異彩を放っていた。まさに全体のテーマ「前線からの報告」に即した先鋭的な作品だったからである。この組織はいわゆる設計事務所ではない。二〇一〇年に創設された建築家、アーティスト、映像作家、ジャーナリスト、弁護士、科学者らによるロンドン大学を拠点とするイギリスの調査機関である。フォレンジック・アーキテクチャーは、その名称通り、コンピュータとネットワークを駆使しながら、科学捜査(=フォレンジック)を行い、メディアを素材に「情報の建築」をつくりだす。どういうことか。通常の建築はモノをつくる。だが、彼らが設計、もしくは復元するのは、瞬間的に発生した事故の建築だ。すなわち、紛争、空爆、内戦など、破壊的な事件を調査の対象にしており、その空間を再構築している[図4]。

図4 フォレンジック・アーキテクチャーによる室内の爆発インスタレーション

例えば、これまで次のようなリサーチが行われた。アメリカが介入し、カメルーンでボコ・ハラムに対して行われた拷問、インドネシアにおける大規模な環境破壊、二〇一四年九月、メキシコの地方の街で起きた警察による学生への襲撃、二〇一五年三月八日、シリアの町アティマハに対する空襲、二〇一六年二月一五日、シリアの病院に対する攻撃、二〇一七年三月一六日、アメリカ軍によるシリアのモスクの空爆、二〇一八年七月一四日、パレスチナ・ガザ地区におけるイスラエル軍の攻撃などだ。すなわち、主に人権侵害の疑いのある案件や事例を告発している。これらのレポートは、フォレンジック・アーキテクチャーのホームページ、もしくはYouTubeで検索すると、視聴することが可能だ。いずれも鮮やかなプレゼンテーションの映像である。筆者はヴェネツィア、二〇一七年二月の恵比寿映像祭、ソウルの国立現代美術館などで彼らの作品に遭遇したが、展覧会場では映像のほかに空間インスタレーションも制作されていた。ただし、内容は映像で基本的に理解できる。

世界の各地で発生する悲劇的な事件は、いつどこで何名が亡くなり、何名が負傷したというニュースが配信されて終わってしまう。抽象的な数字と、よく知らない記号のような場所だけだ。が、当然そこには具体的な空間が存在していたはずである。これを徹底的に検証しようとするのが、フォレンジック・アーキテクチャーだ。映像作家であれば、現地に入り、ドキュメンタリーを制作するだろう。が、彼らは別の立場をとる。あくまでも遠隔地から世界の片隅で起きた事件を再構築しようと試みるからだ。むろん、ネットを通じて、現地の人とコンタクトをとったり、資料の提供を受ける。そうした意味では、現代だからこそ成し遂げられるスタイルだ。特徴は、そうした素材の料理の仕方だろう。彼らは時間と空間の軸から膨大なイメージとデータを整理し、現場で何が起きていたかを立体的に復元する。

具体的には次のような手続きをとる。ネットなどから数多く収集した市民が撮影した動画や写真(事故のときや事故以前のもの)、衛星からの写真、地図、太陽の位置、天候などのデータをもとに、ある特定の瞬間に起きた出来事を再構築する。時系列で整理しながら、複数の視点からの見え方、それぞれの位置、影の長さ、プラン、撮影された爆弾の形状を突き合わせて、空間の三次元的な情報を割り出し、事実を探求する姿勢は、ピンポイントの近過去研究であり、きわめて建築的だろう[図5][図6][図7]。

図5 爆発投下の状況を計算
図6 フォレンジック・アーキテクチャーの空間分析
図7 ソウル国立現代美術館の展示
(以上、画像はすべて著者撮影)

展覧会では、狙われた建物の天井を突き破って、室内で爆弾が破裂する瞬間を空間インスタレーションで再現したり、空爆による粉塵を立体化し、雲のような形象のオブジェを制作する。いずれも固定したモノではなく、ある一瞬にだけ存在しえた奇妙な造形をあえて可視化させる行為だ。つまり、アクシデントの建築である。

氾濫するメディア情報の海から徹底的に事実をあぶりだすこと。オルタナティブ・ファクトやフェイク・メディアの言葉が、社会をなし崩しにしてしまうなかで、彼らの建築は重要な意味をもつ。東日本大震災ではわずかな震災遺構しか残らず、凄まじい建築破壊が起きた事実を想起させる手がかりが減ったが、フォレンジック・アーキテクチャーのような調査をもとにした展示は有効かもしれない。実際、9/11メモリアル・ミュージアムは、音声情報を時系列で並べ、場所ごとに整理し、何が起きていたかを立体的に復元した映像がいくつも用意されていた。その十年後の東日本大震災であれば、さらに多くの情報が残せるはずだった。ともあれ、フォレンジック・アーキテクチャーは、ネット時代ならではの情報収集をもとに、暴力の現場を科学的にリサーチしている。とすれば、今後、彼らは空間の視点から、ロシアがウクライナで何をしたのかを可視化できるだろう。


『増補版 戦争と建築』
五十嵐太郎
A5版並製272頁 定価2640円(本体2400円)


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