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『4歳児の窒息事故。食べさせない、カットして提供する、だけでよいか?』

4歳児が幼稚園の給食で出されたぶどうで窒息死するという事故の発生がニュースで流れています。
なぜこのような事故がなくならないのか、どうしたら防げるのかを、検証したいと思います。

情報を整理します。

今回の事故について報道等から得られた情報は

・亡くなったのは4歳の男児
・原因となった食品はピオーネというぶどうで直径約3センチ
・給食として皮をむいた状態で一人あたり3個出されていた
・席から立ち上がって苦しそうにしているのを担任が発見
・救命技能認定を受けた職員が駆けつけて背部叩打法などを実施しながら救急隊要請
・5分程度で救急隊到着、病因へ搬送するも死亡を確認

ということです。
このとおりであれば、児の異変を発見してからの園の対応としては最善を尽くしたといえるでしょう。
とすると、できたことはそれより前、児の異変を発見する前にあります。

窒息事故の要因。

まず、窒息事故は以下の3面から捉えられるとされています。

①食品(物性など)
②ヒト(年齢・咽頭の形状・基礎疾患の有無・摂食行動)
③環境(周りの人々の注意など)

(厚生労働省 e-ヘルスネット「食品による窒息」より)
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/teeth/h-10-001.html
※2021年7月29日にリンク先記事が更新され、要因の表記の仕方が変更されています。

食品(物性など)

報道などでも扱われているように、ぶどうはカットして提供すべき、そもそもぶどうは提供を控えるべき、といったような視点です。

厚生労働省の「教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン」では、どんな食べ物でも誤嚥、窒息の可能性はあるとしたうえで、「誤嚥・窒息につながりやすい食べ物の形状や性質」として以下のような食品に特に注意するよう促しています。

・弾力があるもの → こんにゃく、きのこ、練り製品 など
・なめらかなもの → 熟れた柿やメロン、豆類 など
・球形のもの → プチトマト、乾いた豆類 など
・粘着性が高いもの → 餅、白玉団子、ごはん など
・固いもの → かたまり肉、えび、いか など
・唾液を吸うもの → パン、ゆで卵、さつま芋 など
・口の中でばらばらに なりやすいもの → ブロッコリー、ひき肉 など

(厚生労働省 「教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン」より)
https://www8.cao.go.jp/shoushi/shinseido/meeting/kyouiku_hoiku/pdf/guideline1.pdf

注釈として
「プチトマト、カップゼリー、ぶどう等は、誤嚥を防ぐために保育園給食で使用していないことを家庭へも伝えていく。」とありますので、基本的に提供しない方針であることが読み取れます。

ただ、上記の特に注意すべき食品をすべて避けるべきと捉えてしまうと、ごはんやパンなどの主食も避けることになってしまい現実的ではなく、ここでは小さくて丸い食品は「さらに特に注意すべき食品」と考えるとよいでしょう。

ヒト(年齢・咽頭の形状・基礎疾患の有無・摂食行動)

多くの窒息事故の報道において、ここがあまり明らかにされません。
今回も4歳男児、ということは報道されており通常の場合の歯の生え方などは想像できますが、基礎疾患の有無、摂食行動については明らかではありません。
前述のガイドラインにおいては、「小児では、歯の発育、摂食機能の発達の程度、あわてて食べるなどの行動が関連する。乳幼児では、臼歯(奥歯)がなく食べ物を噛んですりつぶすことができないため窒息が起こりやすいが、食べる時に遊んだり泣いたりすることも窒息の要因と指摘されている。」としています。

平成30年版消費者白書 第1部 第2章 【特集】「子どもの事故防止に向けて」
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_research/white_paper/pdf/2018_whitepaper_0003.pdf
によると、東京消防庁の2012-2016救急搬送データから、「ものがつまる等」は0歳が2,183人と最も多く、1歳で1,665人、2歳で877人と年齢が上がるにつれ頻度が下がっていきます。

乳児は喉頭の位置が高く喉頭蓋と口蓋垂が近接しているので気道は食道と分離されており、鼻腔と喉頭腔が直結しているため、授乳しながら呼吸をすることが可能になっており、この時点では滅多に誤嚥することはありません。
ここから徐々に喉頭が下がっていき複雑な発音が可能になるのですが、それとともに乳児嚥下から成人嚥下へと移行する時期はその機能が未成熟であること、自分でものを口に運ぶことができるようになることなどから、窒息事故が多発するものと思われます。

同白書の特集から、0歳児の窒息事故の88%は「食品以外」によるものであることが明らかになっており、食事時以外にも注意が必要です。この「食品以外」の窒息の頻度も年齢が上がるにつれて減少し、窒息事故全体の頻度も減少します。これは、年齢とともに食べ物ではないものが区別できるようになり、咀嚼や成人嚥下が成熟していくためと考えられます。

『学ぶ機会が必要』

この「食べること」の発達、成熟に関して見落とされがちなのが、「学ぶ機会が必要」という視点です。
前出のガイドラインに書かれている「誤嚥・窒息につながりやすい食べ物の形状や性質」に書かれている食品はすべて避けるのものではなく、注意しながら与え、経験させていくことになります。 咀嚼や嚥下を含む摂食行動の成熟には、必要な時期に必要な機会が与えられることが不可欠です。

近年、日本古来の「ありあわせ離乳」の手法への原点回帰や、イギリスから広まってきているBaby-Led Weaningという考え方を実践される方が増えてきています。
これらの手法は、赤ちゃんの「食べたい」という意欲を尊重し、「自分で食べる」行動をとらせるため、早い段階から固形食が登場します。
そのため「早い時期からの固形食は危険ではないか」という懸念が示され、イギリスでBaby-Led Weaningと窒息に関する研究が発表されました。その結果は、早い段階から固形食が登場するBaby-Led Weaningでも従来法でも窒息事故の頻度は変わらなかったというだけでなく、むしろ

『固形食(厳密にはフィンガーフード)を与えられた頻度が少ないほど固形食による窒息事故が多かった』

というものでした。
Brown A:No difference in self-reported frequency of choking between infants introduced to solid foods using a baby-led weaning or traditional spoon-feeding approach. J Hum Nutr Diet 31(4): 496-504, 2018.
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/jhn.12528

つまり、その食べ物をどのように食べるのか経験しないと、そのためのスキルは発達しない、ということです。
Baby-Led Weaningにおいてもガイドライン同様に窒息事故防止のための避けるべき食品リストは示され、ぶどうのような特に危険な食品は避け、カットして提供するなど食形態に配慮することも書籍に明記されており、もちろん大切なことなのですが、安全な環境においてそれらを食べる経験をしておくことも必要というジレンマがそこに存在しています。

このような窒息事故が起きた場合、「何を食べたのか」ははっきりと報道されますが、「どう食べたのか」はあまり明らかにされません。
今回の事故では「ぶどう」であることが明らかにされていますので、「ぶどうは危険」、「カットして出す」という認識はなされるでしょう。
保育の現場においてすべての児童を近くでみていることは困難ですので、ガイドラインに準じて、危険を伴う食品は提供しないか、食形態を調整する工夫は徹底されるべきです。
家庭でも低年齢では同様に扱うべきで、特に離乳期は徹底されなければなりませんが、その後も「ぶどうは出さない」、「カットして出す」が徹底された場合、ぶどうそのままを食べる経験をしないまま育つことになってしまいます。保護者の注意深い観察のもと、徐々にそういった食品を食べさせていくことも咀嚼や嚥下の成熟を促し、のちの窒息を防止するためには必要なのです。

離乳期においてはやはり小さくて丸いものは避けなければなりませんので、歯固めのような意味合いで食べる目的ではなく、まずかじり取れないような大きさや硬さの野菜などをしゃぶらせたり、ガジガジくわえさせておくことも良いと思います。
上記研究でいう「固形食」もいわゆるフィンガーフードを指しており、ぶどうのような小さくて丸い形状ではなく安全な形状のもので咀嚼の練習をさせておくと良いでしょう。

日本小児科学会の「Injury Alert」には同じくぶどうで窒息事故に至ったケースが2件、類似例が2件報告されています。
それぞれの年齢は、1歳6か月、1歳7か月、2歳5か月、2歳6か月と、今回の4歳のケースと比べて低年齢で発生しています(別の論文には3歳児の事故死のケースも掲載されています)。
4歳児は1、2歳児と比べて咀嚼、嚥下能力は成熟しているはずで、歯の萌出状態も平均的には乳歯は奥まですべて生え揃っている年齢です。
つまり、これまでのケースとは違う要因がそこにある可能性があります。

4歳児の場合、前出のガイドラインにも「食べ物をかき込んだり、急いで食べたりする」、「食べ物を口に入れた状態で話をしたり、立ち歩いたりする」といった特徴の記載があり、食べることに集中していなかったり、早く遊びたくて急いで食べようとしたりといった様子も想像されます。そういった、食べているときの状況がどうであったかも検証が必要です。職員の方がすべて観察していることは困難であったかもしれませんので、監視カメラなどでの記録があれば検証が可能ではと思われます。

摂食行動全体を検証すること。

これが今後の窒息事故防止に必要であると考えます。

環境(周りの人々の注意など)

保育の現場の場合、児の行動の完全なコントロールは不可能なものの、よく噛むように促す声かけや、適切な食卓と椅子などの環境は良好であることが多いと思われます。
今回の事故でも児の異変の発見後の対応についてはおそらく適切であったと思われますので、この「環境」の因子についてより注意が必要なのはどちらかというと「家庭」の食事の場ではないかと思います。
家庭の食事の場においては、保育の現場よりも大人が近くで注意深く観察していることが比較的可能ではないかと思われます。
しかし、適切な食卓や椅子などの環境に対する知識、提供に注意すべき食品に対する工夫、万が一窒息状態に陥った場合の対応に関する技能については、保育に携わる専門職に比べ十分ではない場合が多いでしょう。
「危険を伴う食品は避けるべきだが食べる機会がないとスキルが習得できない」というジレンマを解消するためには、児とじっくり向き合える環境で知識を持った大人が対応すること。
それが難しい家庭も多くあると思いますが、食事時以外の窒息事故も多く発生していることからも、可能な限り保護者の方が知識や技能を身につけておくことが、今後の窒息事故防止になるのではないかと考えます。

食事時の姿勢が、足の裏がぺったりついて足首が90°、膝が90°、腰も90°でまっすぐすわって、テーブルの高さは腕をおろしたときの肘高さになること。
・前出のガイドラインにあるような食品には注意が必要であること。
・子どもが不機嫌であったり食事に集中しない場合は、中断すること。
・万が一窒息状態に陥った場合は、救急隊を要請するとともに、背部叩打法、胸部突き上げ法、腹部突き上げ法(ハイムリック法)などの対応法を実施すること。

これらを周知徹底していくことが大切です。

これらについては政府広報オンラインの記事や動画からも学ぶことができます。
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201809/2.html

日本BLW協会からも子どもの窒息対応について学ぶことができる動画が公開されています。
https://youtu.be/PqlIGzdF4BY

今後の窒息事故防止のために、
ただ単に「提供しないようにする」、「カットして提供する」というだけでなく、

・食形態はもちろん、摂食行動全体や食環境の検証を行うこと
・保護者が窒息事故防止の知識・技能を身につけるための機会を増やすこと
・家庭において十分に安全に配慮したうえで子どもに食べ方を学ばせること


これらを実施していくことが必要です。

もう二度と幼い命が失われないこと、
皆が安全に楽しく食べられることを、願っています。

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