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歯並びの良い子の育て方?

我が子の歯並びはきれいにしてあげたい。
親であればそう考える人も多いと思います。
でもネット上にはいろんな情報があるし、歯科関係者によってもいろんなことを言う人がいるので皆さん混乱してしまいますよね。
本記事では僕がこれまでに学んだ情報を整理します。
なお、ここで書くのは矯正などの治療的な行為ではなく予防的な視点です。


「こうすれば歯並びは良くなる!」という方法はない。

結論からいうと「こうすれば子どもの歯並びは良くなる」という単一の方法はありません。
僕も子どもがいるので真剣に学び実践してきましたが、歯並びというのは様々な要因が複雑に関係しあっていますので単一の方法で良くなるということはありません。
様々な要因が絡み合うがゆえに質の高い研究もあまりありません。ですがいろんな視点から紐解いていくことで、こうすれば良くなるとまではいえずとも、どっちかといえばこうしておいたほうがいいんだろうな、というのは一応は見えてきています。
変えられない要素もあるけれど、変えられる要素は良いほうに向けておくにこしたことはないかな、というところです。
なお、質の高い研究はないので、以下はあくまでも僕の私見であることを明言しておきます。

日本人の歯並びの歴史。

まずは日本人の歯並びの歴史です。

歯並びの悪い人が増えたのは江戸時代から。

縄文時代、弥生時代の人骨に歯並びの悪い個体は稀でした。
江戸時代あたりから急に増え始めています。
ここでいう「現代」は30年ほど前の数字ですが、現在は70%以上に不正咬合があるとみられます。
僕も自分の医院で調べていますが、それくらいの数字になっています。

縄文人や弥生人の人骨はとても希少なため発掘される個体が全体を表すとは限らないことにも注意が必要です。
遺伝的にも必ずしも私達の祖先と言えるか難しいところがあります。
こうした現象は海外でも見られており、イギリスでも中世以降で顎の形に変化が起きているとした報告もあります1)。

狩猟採集民と農耕民とでは顎の形が違う。

世界各地の古人骨の形を調べた研究もあります2)。

狩猟採集民と農耕民とでは一貫して下顎の形が異なる。

それによると、狩猟採集民と農耕民とでは一貫して下顎の骨の形が異なるという結果になっています。
安易に食性の変化のみに結びつけるのは危険ですが、ざっくりと「昔の人は歯並びが良かった」ということは言えるかもしれません。
ただその「昔の人」は何十年か前という話ではなく、日本で言うなら縄文人や弥生人の話だということをお忘れなく。
最近になって歯並びが悪い人の増加が目立つように感じるのは、むし歯の問題が落ち着いて歯並びに目を向けることができるようになったからという側面もあるかもしれません。

縄文人の研究3)では皮質骨は咀嚼中に最も高い引張応力が発生すると思われる場所で最も厚くなる傾向がみられています。
要は噛む力のかかる場所で顎の形の変化が顕著だということです。
噛むことと形は一応関係はありそうです。
この研究ではその形の変化が比較的幼少な一歳ごろから確認されているため遺伝的な影響が強いのではないか、つまり現代日本人と縄文人との遺伝子レベルでの違いがそれを生んでいるのではないかとも言っています。
でも僕は一歳過ぎまでの生活スタイルも異なっていただろうことも気になっています。

直接母乳と哺乳瓶とでは筋肉の使い方が異なる。

さて、ここで現代人の研究にも目を向けていきましょう。
お腹の中にいる間にもなんらかの関連因子はあるかもしれない4)し、遺伝的影響も必ずあると僕は思っていますが、それはどうしようもないので、生まれてからのお話から。
すぐに始まるのは授乳です。
母乳と哺乳瓶では筋肉の使い方が全く異なります。

上が哺乳瓶、下が直接母乳の咬筋の筋電図。

2021年11月に出されたイギリスの公衆衛生サービスのガイダンス5)には、

(母乳育児は)むし歯のリスクの低減、および「母乳で育てられていない」子供と比較して不正咬合を発症する可能性が低い

Guidance Breastfeeding and dental health. Public Health England. Updated 30 January 2019

と書かれています。
実際に「母乳で育てられたほうが歯並びの良い子が多かった」とする報告も多くあります6),7)。
ただしその研究の質は高いとは言えず、一部の不正咬合、特に指しゃぶりが関係しそうなタイプに抑制的な傾向があることにも注意が必要です。
母乳育児が指しゃぶりを抑制するため、指しゃぶりに関連する不正咬合を抑制できているのかも。

縄文人の授乳期間は長かった。

ちなみに縄文人は土器を作ることのできたので離乳食を作ることで離乳(卒乳)時期を早め、次の子どもを効率よく産んで人口を増やしたのではないかと昔は考えられていました。
しかし、安定同位体分析という手法でどうやらそうではなかったらしいことが分かっています8)。
この研究で、縄文人は3歳6ヶ月頃 (95%信用区間で2歳4ヶ月–5歳6ヶ月) に離乳が完了することがわかりました。
これは世界の他の狩猟採集民と比較しても遅めです。

授乳期間が短くなったのも江戸時代から。

そこから現代に近づいて、江戸時代の人々をみると0.2歳頃 (95%信頼区間: 0.0–1.3歳) より母乳以外の食物からタンパク質を摂取しはじめ、3.1歳頃 (95%信頼区間: 2.1–4.1歳) には母乳を摂取しなくなることが明らかになっています9)。
縄文時代よりは早まっていますが、それでも現代と比較すると遅めな印象ですね。ただこの江戸時代の間に「子ども観」に変化が起きていることが分かっており、その時期を境に離乳時期が3年1ヶ月 (95%信用区間は2年1ヶ月から4年1ヶ月) から1年11ヶ月 (95%信用区間は1年5ヶ月から2年8ヶ月) へと短縮されていることが示されています10)。
こうした分析などから、離乳時期は調理技術などよりも周囲の協力や経済的状況など社会的な背景に影響を受けることが分かっています。
これは現代にも通じるところがありますね。

江戸時代に香月牛山によって著された日本で最初の育児書と言われる『小児必用育草』には、

『二歳半のころまでは、乳を多くのませ、食を少なく与えよ。三歳より四歳までは、食を多く、乳を少なく与えるがよきなり。五歳よりは、乳を飲ますることあるべからず。』

香月牛山『小児必用育草』

と書かれています(数え年表記なので現代と合わせるならここからおよそ一歳程度引く)。
実際の江戸時代の人々の離乳年齢よりも長い期間が推奨されているのです。社会的な背景から離乳時期が早まってきたことへのブレーキをかける意図もあったのかもしれません。
現代においてはWHOが2歳までの授乳継続を推奨11)しています。
直接的な結びつきは確認できないものの、江戸時代以降に歯並びの悪い人が増えていて、それが特に位の高い人物に多く、遺伝的な繋がりがある人に限らないという点ともリンクしてきます。

よく噛むと歯並びは良くなるのか?

授乳に続き、次は離乳食や噛むことについてですが、ラット等を用いた研究であればいくらか存在し、軟食を続けた場合に顎の変化が起きることが示されています12)。
この研究でおもしろいのは世代を追ってその傾向が蓄積されたこと。
親ラットが軟食だった場合、子ラットに普通食を与えてもやはり顎は小さくなったのです。
こうした傾向は、その後普通食を与えることを続けるとまた世代を追って元に戻っていくことも別の研究で示されています13)。
動物での実験をそのままヒトに当てはめることはできませんし、条件が極端すぎるかもしれません。
顎が小さくなったからではなく、栄養状態の向上で歯が大きくなったが、顎の大きさがそれについていけていないため歯並びが悪くなったとする説もあります。
およそ30年前にも喧々諤々の議論があったも様子です。
とはいえ噛むことと無関係というわけではなさそうですね。

現代人で噛むトレーニングをして歯並びに変化を与えた研究14)もあります。
小学生に1日2回朝夕食後の10分間、硬性ガムの指導を3ヶ月間行って、変化を与えたとしています。
トレーニングを受けた子どもの保護者は咀嚼性の高い食品を家庭で多く取り入れるよう心がけるようになった、ともありますので、そうした影響もプラスに働いたかもしれません。
条件を揃えてしっかり噛むトレーニングをすることは効果があるのかも。
良い姿勢で食事が取れるようにすることも大事だと思います。

『足裏ぺったん、膝・腰90°、腕を下ろした肘の位置にテーブル』が大原則!

授乳・離乳期における日本人の研究としては宮古島の研究15)があります。
実はこちらの研究の調査には僕自身も関わらせていただいているのですが、ベースは30年以上前に宮古島で離乳食を現代一般的な手法から元々の伝統的な食を中心とした「ありあわせ離乳」に戻す働きかけをした結果、歯並びの良い子どもが増えたというものです。この対象者を追跡調査し、4歳時点の状態が30代半ばの時点でも影響を及ぼしていた、という結果が得られました。
単純に固いものを噛め、という指導もちょっと違うかなとは思うのですが、日本で昔から行われてきた伝統的な手法に回帰する視点は興味深く感じています。

ちなみに現在日本で主流となっている離乳法は、戦後にアメリカの乳児栄養学をベースとして作られたものだそうです。

公から最初に出されたのは昭和33年の「離乳基本案」

それ以前は、

「離乳食はもちろん幼児期の食品もなかった」
「おとなの食物を利用することになった」

今村栄一「離乳食、幼児食に関する研究 –わが国の離乳の経緯−」平成3年度厚生省心身障害研究

日本の伝統的な離乳法は、『ありあわせ離乳』

松田道雄「定本 育児の百科」岩波書店

とありますので、現在のようにおかゆから順番にスプーンで1回食、2回食と増やして・・・というわけではなかったようです。
地域によっても違いはあっただろうと思われます。
その土地に古くから根付いていた手法への回帰については僕もこれからも色々調べてみたいと思っています。

歯並びを決める要素はとてもたくさんある。

このように、歯並びには遺伝、授乳、咀嚼のほかにも、栄養状態、口呼吸、姿勢、睡眠時無呼吸症候群などここで紹介しきれなかった要素も含めてとても多くの要因が関わっています。
そのためたとえばよく噛むことだけ意識すればよいわけでもないし、姿勢を直せば良くなるとも言えないし、たとえ配慮できることをすべてやったとしても、全員が歯並びが良くなるわけではないでしょう。
ですので、「こうしたら歯並びが良くなる」と断言している情報は信じなくていいと思います。

とはいえできることはやっておきたいし、防げるものは防ぎたいですから、

・授乳はWHOの推奨通り2歳以上まで継続しないよりはしたほうがいい。
・離乳期に手づかみやかじり取りはしないよりはしたほうがいい。
・子どものころからよく噛む習慣はないよりはあったほうがいい。

ということはある程度言ってもよいかな、と思いますので、実践可能な範囲で試みていただけたらと思います。
歯並びに良いかどうか以外にもメリットのあることですしね!

1) Rando C, Hillson S, Antoine D. Changes in mandibular dimensions during the mediaeval to post-mediaeval transition in London: a possible response to decreased masticatory load. Arch Oral Biol. 2014 Jan;59(1):73-81. doi: 10.1016/j.archoralbio.2013.10.001. Epub 2013 Oct 15. PMID: 24169153.
2) von Cramon-Taubadel N. Global human mandibular variation reflects differences in agricultural and hunter-gatherer subsistence strategies. Proc Natl Acad Sci U S A. 2011 Dec 6;108(49):19546-51. doi: 10.1073/pnas.1113050108. Epub 2011 Nov 21. PMID: 22106280; PMCID: PMC3241821.
3) Fukase H, Suwa G. Growth-related changes in prehistoric Jomon and modern Japanese mandibles with emphasis on cortical bone distribution. Am J Phys Anthropol. 2008 Aug;136(4):441-54. doi: 10.1002/ajpa.20828. PMID: 18383159.
4) Katsube M, Yamada S, Utsunomiya N, Yamaguchi Y, Takakuwa T, Yamamoto A, Imai H, Saito A, Vora SR, Morimoto N. A 3D analysis of growth trajectory and integration during early human prenatal facial growth. Sci Rep. 2021 Mar 25;11(1):6867. doi: 10.1038/s41598-021-85543-5. PMID: 33767268; PMCID: PMC7994314.
5) Guidance Breastfeeding and dental health. Public Health England. Updated 30 January 2019
6)Boronat-Catalá M, Montiel-Company JM, Bellot-Arcís C, Almerich-Silla JM, Catalá-Pizarro M. Association between duration of breastfeeding and malocclusions in primary and mixed dentition: a systematic review and meta-analysis. Sci Rep. 2017 Jul 11;7(1):5048. doi: 10.1038/s41598-017-05393-y. PMID: 28698555; PMCID: PMC5505989.
7) Abate A, Cavagnetto D, Fama A, Maspero C, Farronato G. Relationship between Breastfeeding and Malocclusion: A Systematic Review of the Literature. Nutrients. 2020 Nov 30;12(12):3688. doi: 10.3390/nu12123688. PMID: 33265907; PMCID: PMC7761290.
8) Tsutaya T, Shimomi A, Fujisawa S, Katayama K, Yoneda M. 2016. Isotopic evidence of breastfeeding and weaning practices in a hunter–gatherer population during the Late/Final Jomon period in eastern Japan. Journal of Archaeological Science 76: 70–78. DOI: 10.1916/j.jas2016.10.002.
9) Tsutaya T, Nagaoka T, Sawada J, Hirata K, Yoneda M. 2014. Stable isotopic reconstructions of adult diets and infant feeding practices during urbanization of the city of Edo in 17th century Japan. American Journal of Physical Anthropology 153: 559–569. DOI: 10.1002/ajpa.22454.
10) Tsutaya T, Shimatani K, Yoneda M, Abe M, Nagaoka T. 2019. Societal perceptions and lived experience: infant feeding practices in premodern Japan. American Journal of Physical Anthropology 170: 484–495. DOI: 10.1002/ajpa.23939.
11) Breastfeeding. WHO.
12) 木村光孝. 食物の硬軟による成長期下顎骨の変化に関する実験的研究. 小児歯科学会雑誌. (1991) vol.29, p.291-298.
13) Hassan MG, Kaler H, Zhang B, Cox TC, Young N, Jheon AH. Effects of Multi-Generational Soft Diet Consumption on Mouse Craniofacial Morphology. Front Physiol. 2020 Jul 10;11:783. doi: 10.3389/fphys.2020.00783. PMID: 32754047; PMCID: PMC7367031.
14) 根岸慎一, 林亮助,斎藤勝彦,葛西一貴. 硬性ガムトレーニングが混合歯列期児童の咀嚼運動および第一大臼歯植立に与える影響. OrthodWaves−JpnEd 2010;69;156−162.
15) Yamada S, Sakashita R, Ogura M, Nakanishi E, Sato T. A Longitudinal Study on the Relationship of Oral Health at 4 Years of Age with That in Adulthood. Dent J (Basel). 2021 Feb 1;9(2):17. doi: 10.3390/dj9020017. PMID: 33535419; PMCID: PMC7912716.
16) Sakashita R, Inoue N, Kamegai T. From milk to solids: a reference standard for the transitional eating process in infants and preschool children in Japan. Eur J Clin Nutr. 2004 Apr;58(4):643-53. doi: 10.1038/sj.ejcn.1601860. PMID: 15042133.




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