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それでも僕らには音楽が必要だ #『僕らは風に吹かれて/河邉徹』を読んで



河邉徹さん著『僕らは風に吹かれて』を読みました。


はじめに


著者の河邉徹さんは、3人組ピアノロックバンド『WEAVER』に所属し、ドラムと、ほとんどの楽曲の作詞を担当している方です。
明るくチャーミングな人柄、爽やかな笑顔、テクニカルなドラム、心に残る歌詞で、ファンから大人気です!

ちなみに私調べでは、あれほど満面のニコニコ笑顔で、めちゃめちゃ楽しそうにめちゃめちゃ難しいことやってるドラマー、他に知らない。


これまでに出版した小説は本作含め、4作。
2作目の『流星コーリング』第10回広島本大賞を受賞、そのアナザーストーリーを原作としてコミカライズされる(流星コーリング〜双つ星の願い事)など、小説家としても注目されています。


さらに、InstagramやTwitterでは素敵すぎる写真をアップしていて、過去には最高17万いいねされるほどにバズったことも。
その活躍はSNSのみに留まらず、数量限定で発売した写真集は即日完売、所属バンドWEAVERのシングルジャケットを手掛ける等、写真家としての一面も持っています。


さて、ここまで読めば、きっと伝わったことでしょう。彼のマルチな才能が。


そんな傍から見たら完璧とも思えるような彼が書いた小説『僕らは風に吹かれて』は、現代を生きるバンドマンの葛藤を描いた物語です。

物語といえども、音楽を生業とする彼の経験や内面が色濃く反映されているであろうその内容は、バンドマンの彼を知るファンとしては、胸を打つものがありました。
彼自身、言葉にするのにいくらか勇気が必要なのこともあったのではないかと想像します。

それでも河邉さんがアーティストとして、作品にすることで伝えたかったことはなんだったのか?
私なりに感じたこと、感想を書き留めておきたいと思います。

『僕らは風に吹かれて』は、ライブや音楽を愛する、そして、今この時を生きるすべての人の物語でした。


格好つけて前置きしたのですが、以下オタクがただただ語りたいだけの感想です!!!
レッツゴー!!!


※以下ネタバレを含みます※




あらすじ


古着屋でアルバイトしながらファッション系インスタグラマーをしている主人公『湊』は、友人『蓮』からバンドに誘われ、加入します。
カリスマ的才能をもつ蓮がボーカルをつとめる『ノベルコード』は、人気に火がつく直前のバンド。

ノベルコードはたちまちSNSで話題になり、メジャーデビューが決まり、夢のステージでのライブが決まり、、、
シンデレラストーリーのように、どこか現実味を持たないまま、どんどん大きくなっていきます。

しかしメジャーデビュー直前、新型コロナウイルス感染症の流行がはじまり、湊たちのデビュー後の予定は全て白紙に。
ノベルコードのメンバーたちはそれぞれの想いを抱え、すれ違い、バラバラになっていきます。

その後、湊は今までの生き方とは遠く離れた生活を送ることとなり、、、

時代に翻弄されて生きてきた湊が、自分の意思を持って人生を歩みはじめるまでのお話です。


表の世界と裏の世界


この小説は、『表と裏』2つの世界を行き来するような構成で進んでいきます。

表の世界は、都会で、SNS上の数字や評価を気にしながら、インスタグラマーやバンドマンとして、なにか価値を生み出すために生きる世界

裏側の世界は、田舎で、毎日朝から晩まで野菜やお米の世話をして、自給自足の生活をする、自分が生きるために生きる世界

最初、裏の世界のお話はパラレルワールドなのかな?と思いながら読み進めていたのですが、後半、それは新型コロナウイルス流行が起きたあとの湊の生活だとわかります。
湊が偶然出会った不思議な女性『美里さん』との共同生活が描かれていたのでした。

湊にとっては、時代に置いて行かれないように、誰かからの評価ばかりを気にして生きる生活が全てで、今までの彼の人生には1つの世界しか存在しなかった

そんな世界からは程遠い、田舎での美里さんとの暮らしは、はじめは、湊にとってもパラレルワールドにきたみたいだったんだろうなと思います。
そんな湊の感覚を、読者も体感させてもらった感じがしました。

湊の感覚と読者の感覚がリンクするような演出、凄すぎる〜〜~。



無駄なんてなかったと言えるように

さて、そんな田舎での暮らしを経験することで、湊は今までと違う生き方を知っていきます。今まで1つの世界しか知らず、時代にしがみつくように生きてきた湊の人生に、選択肢が生まれるんですね。

そして、その上で初めて、自分の意思で、これからの生き方を選ぶことになります。



何が正解かはわからない。
けれど、これから自分が進む道を、自分で選んで生きていくことはできる。

答えは風に吹かれているんだから。


様々な出会いや経験から、そんな気づきが生まれます。


そして、コロナ禍を経験することで、自分の意思で人生を歩む方法を知ることができた。
だから、この1年は無駄じゃなかったと、湊は語ります。


私は、そんな湊の言葉に、私の2020年がなんだか少し救われたような気がしました。


昨年、失ったものは沢山あったけれど、手に入れたものだってきっとあった。

まだまだ事の終息は見えない状況で、こんなことを言うと綺麗事に感じる人もたくさんいるとは思うのですが、いつか「無駄なことなんてなかった」と言えるように今を生きることはできるのかもな、と思います。

「こんなはずじゃなかった」と思うことは生きてると山ほどあるけど、自分の意思次第で、これからを変えることはできる。そう思うことができました。

そうやって、綺麗事が綺麗事じゃなくなった未来に辿り着けたらいいな。


著者が描く世界の多面性について

世界も、人も、一つの面だけでは語れない。
全ての面を合わせて、一つなのだ。

(僕らは風に吹かれて p.308 )


本書でも語られる、世界や人は一面ではない、というメッセージは、河邉さんの作品でたびたび打ち出されているように思います。

たとえば、河邉さんの2作目の小説『流星コーリング』では、人の感情について、ブランコに例えることでこう表現されていました。

「私は、心は『シーソー』じゃなくて『ブランコ』だと思うよ。悲しみに振れた分、喜びにも振れることができる。りょうが悲しみを知ったから、こんなに綺麗な喜びを観ることができたの。悲しみを胸に秘めて、それでも私たちは明日へ進むことができる……」
(流星コーリング P.231)

『人の心はシーソーみたいに悲しみか喜びのどちらかにいつも傾いていて、自分の心は常に悲しみ側に傾いている』という考えを持つ主人公に対しての一言です。

このシーソーとブランコの対比の表現、とても美しいですよね。。
流星コーリングもめっちゃオススメです。


また、WEAVERの楽曲『Shine』の歌詞では、こんな一節が登場します。

笑顔も涙も手にした僕らは
それぞれ世界でひとつの光だ
(Shine / WEAVER アルバム『ジュビレーション』より)



河邉さんの紡ぎ出す世界の多くは、明るさだけでなく、ちゃんと涙や悲しみも存在しているのが、私が彼の作品を好きな理由のひとつです。
なんだか、嘘がなくて安心できるような感じがするので。



また彼は、自身の小説では悲しみ“も”あるどころか、容赦ないな??と思うほどに主人公を絶望の淵に追い込む癖があると私の中で話題(褒めてる)なのですが、そのなかでも、必ずやさしく暖かな救いをくれます。

「2020年、彼の新しい歌が出たってことで、そんなに悪くない年だったんじゃないか。完璧な年なんてない」

(僕らは風に吹かれて p.307 )


本書で語られているこの言葉も、ものすごく良いですよね。

私自身、昨年はコロナ以外にも個人的に落ち込むことが多い1年だったのですが、
応援しているアーティストがコロナ禍でも前向きに発信し続けてくれる姿を見たり、その中で生まれた新しい歌を聴くことができたりしたことは、そんな1年のなかでも、ものすごくハッピーな出来事だったなと思っています。


特に、WEAVERに関しては、今までも勿論好きだったのですが、昨年コロナ禍でも頑張る姿を見て、その活動に元気をもらって、私の中で今までよりももっと大切な存在になったなという実感があります。

そう考えると、前よりもWEAVERのことを好きになれた2020年、悪くない年だったかも。なんて、思えてきます。

どんなに悪いことがあったって、確かにあった幸せまで歪めて見て「悪い年だった」なんて言う必要ないんだよな、と、なんだか軽やかな気持ちになりました。


世界は一面では語れない。
良いことも悪いこともあるのが人生

河邉さんの作品はいつも、全てを受け入れて、その上で前を向く強さをくれます。


それでも僕らには音楽が必要だ


WEAVERの楽曲に、
『Shall we dance』という曲があります。

アルバム『Handmade』に収録されている楽曲で、ライブ終盤に演奏されることも多い、WEAVERのライブ定番曲です。


新型コロナウイルスの影響で、2019年秋から生のライブに行けていない私は、この曲を聴くたびに嗚咽を漏らしそうになる病にかかっているのですが、それは、この曲が、私にとってのライブや音楽の価値そのものを歌っているように感じるからなのだと思っています。

Shall we dance
傷つき 涙は枯れ果てた
それでも生きてく
理由になるこの現在(とき)を

Shout for joy
痛みの上に立って生きている
その手をほら突き出して

Shall we dance
踊ろう 僕と一緒に踊ろう
小さな手は今自由だ
何を、掴めばいい?

君は君の心に従え

(Shall we dance/WEAVER アルバム『Handmade』より)


色々な感情を抱えながらそれぞれの人生を生きている人たちが、その時は同じ音楽を楽しむためだけに集まる。
時を忘れ、心のままにリズムにのり、音楽に身を委ねる。
その時間が楽しくて、嬉しくて、時にはそれがその人の生きる理由になったりする。


シンプルだけど、ライブってそういうものだよなあ、と思うんです。


『僕らは風に吹かれて』で、湊がノベルコードに戻る道を選んだきっかけも、仲間と音楽を楽しむことの喜びを思い出してのことでした。

湊は、時代に振り落とされないように必死だった元の生活に戻るのでなく、今度は“生きるために”ノベルコードの音楽を選んだ、とも言えるのかもしれません。



物語のラスト、ノベルコードとしての歩みを再開した湊は、電話越しに、美里さんにこんなことをききます。

「美里さんは、僕を必要だと思ってくれますか」

(僕らは風に吹かれて p.313 )


そして、美里さんはこう答えます。

「私には、湊が必要よ。だけど、湊が東京にいても、私は生きていく。ちゃんと生きていく」

ー 中略

「それでも、必要だって言っていいかな?」

(僕らは風に吹かれて p.314 )


話しながら、湊は、ずっと近くにいたはずの美里さんの表情を、もう思い描くことができません。
彼女の声を聴きながら、理由もわからず、涙を流します。

私はこのラストを読んで、美里さんは、アーティストにとってのファンみたいなものを表すキャラクターでもあったのかもしれないな、と思いました。

いや、バンドマンの湊に救いをもたらすキャラクターである美里さんがファンを表すだなんて、著者のファンである私が言うのも、図々しい話ではあるんですけれども(すみません)。

まず、アーティストにとって、ファンは、どこか遠くにいる、顔もよく知らない他人です。実際、あまり実態の掴めないような存在なんだろうな、ということは、本書を読んでも感じる部分がありました。
美里さんの、キャラクター像があまり明確でない不思議な雰囲気が、ファンという不確かな存在と重なる感じがします。


また、アーティストの仕事は、ファンであるその人の生命の維持には直接的な影響はない。
近くにいなくたって、その人はちゃんと生きていけるということ。

きっとコロナ禍で、自分たちの仕事を“不要不急”という言葉で制限されて、音楽家たちは、このことを強く感じたんだと思うんです。
 


そのため、このラストのやりとりは、
音楽家・河邉徹からの「それでも僕らを必要と思ってくれる?」という音楽ファンへの問いかけのように感じました。


この「誰かに必要とされているか」ということは、アーティストに限らず、生きていれば誰もが考えてしまうことですよね。

物語では結局、その問いには明確な正解は出されておらず、答えは風に吹かれたままだったように思います。正解は、読者の心に委ねられたのかもしれません。




ですので、誠に勝手ながら、読者として問いを受け取った以上は、それにお答えしておかなきゃな、と思います。

私は、私の大好きなアーティストたちが「僕を必要だと思ってくれる?」と問いかけてきた時には、何度でもはっきりとこう答えたいです。


必要に決まってるよ!!!」と。


大好きな音楽を、

日常を忘れて歌って踊れる空間を、

私が私の心に従うことができるひとときを、

そんな大切なものをくれるあなたが、

私には必要です。


あなたの音楽が、私の日々のなかの確かな喜びのひとつで、生きる理由のひとつだから。


誰がどう言おうと、私が生きていくには、
あなたが必要です。


おわりに


最後にもうひとつだけ、WEAVERの音楽のお話を。

『僕らは風に吹かれて』を読了後、真っ先に聴いて、べっちょべちょに泣いてしまった曲があります。

『CARRY ON』という楽曲です。


私は、もし、この物語に主題歌をつけるなら、この曲かなあと思っております。
(ディランのイメージも強いのですが、あえて。)


この曲は、2020年にデビュー10周年を迎えたWEAVERが、変わっていく時代のなかでも歩み続けていく決意を歌った楽曲です。

CARRY ON
続きを選ぶその手が
CARRY ON
未来を紡ぎ出せる
諦めない まだ終わりじゃない
僕が願い描く明日を

(CARRY ON/WEAVER)


読了後に改めて聴くと、音楽の道を10年歩み続けてきたWEAVERが、バンドマンとしての人生を歩み始めたばかりのノベルコードにエールを送っているかのようにもきこえてきて、なんだか胸が熱くなりました。


また、こんな時代のなかで『続きを選ぶ』ということが、どのような意味を持っているのか。
たくさんの痛みや葛藤があるなかで、どれほどの勇気を持って続きを選んでいるのか。


本書を読むことで、『CARRY ON』で歌われている、著者の河邉さんやWEAVERの想いにもより深く触れることができたように思います。

続けることは、簡単なことじゃない。
こんな時代のなかでバンドが続くことって、奇跡のようなことなんだ。
そう改めて気づくことが出来ました。


こんな時代に、続きを選んでくれて、
本当にありがとうございます。

だいすきな音楽を心のままに楽しむことができる空間で待ってくれているあなたに、必ず、また会いにいきます。


紹介・引用した作品一覧

【小説】
僕らは風に吹かれて/河邉徹
流星コーリング/河邉徹

【音楽】
くちづけダイヤモンド/WEAVER
Blowin’ in the Wind/ボブ・ディラン
Shine/WEAVER
Shall we dance/WEAVER
CARRY ON/WEAVER

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