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『蛍と月の真ん中で/河邉徹』を読んで


夏の夜の途中を、何もかもを失って歩いていた。
「蛍と月の真ん中で」河邊徹 第一章 蛍の行方より



小説「蛍と月の真ん中で」の最初の一文だ。この一文を読んだだけで、ああ、好きだなと思った。夏の夜の途中から始まる物語。詩的で、心細くて切なくて、たったの一文で物語の世界に引きこまれる。


ピアノトリオバンド・WEAVERのメンバーで、ほとんどの楽曲の作詞を担当している筆者、河邉徹さん。河邊さんの物語は、どれも、まるでメロディが聴こえてきそうな言葉で紡がれているように思う。

現代社会を生きる若者の描写がとてもリアルな分、そこから少し離れた場所での ”夢みたいに綺麗な一瞬” の描かれ方が、より一層幻想的に感じる作品だった。



物語の主人公は、写真館を営んでいた亡き父の影響でカメラマンを目指し、上京して写真を学ぶ大学生『匠海』。バイトに明け暮れ、なんとか学費や生活費を稼ぎながら生活していたが、とある出来事をきっかけに、1年間休学することになる。帰る場所もなく、夢も見失った匠海は、父がかつて蛍を撮影していた地・長野県辰野町を訪れる。そこで生きる人々、シンプルで丁寧な暮らし、美しい自然との出会いを通じて、匠海は、自分自身を見つめ直していく。


”出会うべきタイミングで出会う”何かって、きっと人生にはあるのだなと思う。運命、と言ったらちょっと大袈裟だけど、縁みたいな、そういうもの。その何かは、人だったり、場所だったり、音楽だったり、時によってさまざまだ。

作中、主人公の匠海が、なにかに導かれるように辰野町の風景やそこで暮らす人々と出会ったように、私も、出会うべきタイミングでこの本に出会えたような気がした。




少しだけ、自分自身の話をする。

私は最近、とある出来事により、今まで頑張れていたことが、急に頑張れなくなっていた。誰かの、何かの役に立つと思ってやっていたことが全て無意味に感じて、頑張る意味を見出せなくなった。ぷちっと糸が切れたようだった。

そんななか、しばらく会っていなかった旧友の幸せな報告がSNSに流れてくることも続き、自分と比べて焦ったり、単純に心から喜べない自分にモヤモヤしたりもした。私だけが取り残されている感じがした。

漠然とした不安から「これからどう生きていこうか」と考えることが増えた。どこで間違ったんだろう、なんて思っていた。



「人生って、正しさが正解じゃないんですよね。」


作中、そう語られる場面がある。

人の数だけ、価値観がある。人の数だけ、人生がある。遠回りでも、効率が悪くても、その時は失敗に見えることでも、不正解なんてない。

こうして、改めて自分で文字にして並べてしまうと、よく聞く綺麗事のようにしか見えないセリフになってしまう。多分、ただ誰かにそう諭されても、軋んだ心は、はいはい、と受け流しただろう。



しかし、この本を読んで、物語のなかで生きる人たちとともに生きている間はどうしてか、本当にそうなんだな、と思えた。不思議なことだ。

ありがちになりそうなセリフも、彼らの物語、彼らの交わす優しくて愛くるしい言葉たちなら、すっと沁み入るように、心に入ってくる。温かくて美味しいスープが、冷えた身体に沁み渡っていくみたいに。物語の力は偉大だ。


人生って、正しさが正解とは限らない。
少し、心が軽くなった気がした。


小説「蛍と月の真ん中で」は、失敗作みたいに思える何でもない毎日を、暖かな光を纏う蛍のようにふわりと優しく照らしてくれる作品だ。


これからも、迷ったとき、自分の毎日を認められそうにないときには、きっと何度も読み返すことになるのだろう。そんな、私にとっての大切な一冊になる予感がする。


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