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「大学数学」の適性と「大学受験数学」の得点力から考える「数学科」の入試とマッチング

大学受験において、最も時間をかけて学習する必要のある教科は「数学」です。

これは私が数学科の教員だからというポジショントークではなく、実際の受験生の統計的な結果から得られた知見です。

一般に難関大学受験者の受験勉強時間は4000~5000時間と言われています。

特に理系の数学Ⅲまで利用する入試形式においては1500時間程度を数学に費やすケースが多いようです。

したがって、多くの大学の合格者(理系大学)は「大学受験数学」にある一定レベルの得点力を持っていることが推定されます。

「大学数学」の難しさ

中央大学理工学部の渡邉准教授が以下のようなTweetをしています。

MARCH(明治・青山学院・立教・中央・法政)レベルの学生の「大学数学」のテストにおいて理解が不十分な学生がそれなりに出ていることを嘆いているものです。

渡邉准教授の言にあるように、MARCHクラスの学生は偏差値的には同世代の20%以上には必ず入っています。これはむしろ控えめな数値で、実際には上位10%ぐらいと見てよいでしょう。

つまり学生は入学時点では最低でも同世代の上位1割に相当する能力を持っているのです。

しかも、大半は入試で数学を出題されています。理工学部の場合はそれほど推薦入学者が多いわけでもないため、十分にスクリーニングされた集団です。

にもかかわらず、理解が芳しくないということはどうしたことでしょうか。

「大学受験数学」という特殊な競技

これは「大学数学」自体の難しさが原因ではない、と私は考えています。
(「大学数学」はもちろん難しいのですが)

「大学受験数学」は基本的に解法暗記や解法理解に特化した競技です。

むろん、その中には「大学数学」で利用する種々の知識や思考法を含んではいます。

しかし、「大学受験数学」はあまりにも内容が問題解法という競技性に特化した存在です。

以前、こうした内容についてはnoteに書いています。この時は国際的な比較をもとにガラパゴス化として話を展開しました。

これまでの「センター試験」や私立大学の入試形式である穴埋めマーク型はそうした解法理解特化型に最適化された問題形式です。

一方で「大学数学」は概念形成に主軸を置いた学問です。もちろん、定期試験などで解法理解について問う場面も存在します。

しかし、問題演習を繰り返し行ってどうにかなるというよりは、概念形成を行ったのち、応用として問題を解く訓練をすることでクリアできる内容です。

難関大学の記述試験は思考力を問うのか

難関大学の数学の問題は思考力を問うか、と言われるともちろん問います。

しかし、それは「大学数学」における概念形成とは異なる思考力です。

たしかに受験問題の中には「大学数学」的な精緻な議論を求める問題もあります。

tan1°は有理数か。

2006年 京都大学 後期

こうした問題は「大学数学」に近いものを求めるように見えます。

しかし、これは複数ある問題の一つで、しかも後期日程という限られた受験生を対象にした問題です。

多くの受験生が解く問題の大半は解法理解を問う問題でしかないのです。

条件を満たす式、数値を求める求値問題は言うまでもなく、証明問題であっても決められた式や性質を示す問題がほとんどだからです。

「共通テスト」というさらに別方向の思考力

ここからさらに、現在の入試制度は「共通テスト」という新しい方向の思考力を問う形式へと変化しました。

これはある種の知能テストや現実問題への応用力を問うもので、「大学受験数学」の解法理解とも、「大学数学」の概念形成とも異なる能力です。

これまでの教科で分断してきた能力を、総合的に捉えなおす試みともいえるでしょう。

「大学数学」の適性

以上のことから「大学数学」の適性は「大学受験数学」で測ることは難しい、とも言えます。

特に「数学科」などの「大学数学」を専門的に学ぶ進学先においては、大学入試の結果をもって学生を選別するが適当ではないかもしれません。

むしろ、「大学数学」への長期的な課題や総合選抜的な入試を課すほうが、「数学科」の入試には適しているのかもしれません。

一方で、工学部など数学をツールとして扱う分野では、「大学受験数学」的な学力は工学的な計算において重要性が高く、その意味では現行の入試制度との相性は良いようにも見えます。

私自身、地方国立大学の理学部数学科に入学し、「大学受験数学」と「大学数学」のギャップに苦しんだ経験があります。

その過程で理解が広がり、興味関心を深めることもできましたが、適応できずに辞めていった学友や、定期試験に全振りして単位のみを目標に学生生活を消費した知人を見てきました。

そういった意味で、「数学科」は入学後のマッチングを考えた試験形式へ移行する必要性の高い学科なのかもしれません。

(個人的には文系、特に文学部などもそうした傾向が強い印象があります。逆に、医学部や法学部などは受験秀才でないと難しいイメージがあります。)

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