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「登下校中の生徒」と学校の法的責任

学校には様々な方から電話や連絡があります。

生徒や保護者はもちろんのこと、地域住民の方から連絡をいただくことも少なくありません。

その中でも多いのが「登下校中の生徒」に関するクレームです。

こうしたこと以外にも、広がった歩いている、ピンポンダッシュ、サイドミラーに接触した、など多数の連絡があります。

登下校中は学校の管理下ではない

まず、確認しなければならないのは登下校中の生徒の事故や行動、その他に関しては、原則学校の管理下にはない、ということです。

学校保健安全法では以下のように定められています。

(学校安全計画の策定等)
第二十七条 学校においては、児童生徒等の安全の確保を図るため、当該学校の施設及び設備の安全点検、児童生徒等に対する通学を含めた学校生活その他の日常生活における安全に関する指導、職員の研修その他学校における安全に関する事項について計画を策定し、これを実施しなければならない。
(地域の関係機関等との連携)
第三十条 学校においては、児童生徒等の安全の確保を図るため、児童生徒等の保護者との連携を図るとともに、当該学校が所在する地域の実情に応じて、当該地域を管轄する警察署その他の関係機関、地域の安全を確保するための活動を行う団体その他の関係団体、当該地域の住民その他の関係者との連携を図るよう努めるものとする。

学校保健安全法 第27条、第30条

「通学を含めた学校生活その他の日常生活における安全に関する指導」ですので、広がって歩かないように、横断歩道は手を挙げて、信号は守りましょうなどの指導を行う必要はあります。

また警察や関係機関と連携する必要性は書かれています。しかし、通学中が学校の管理下にあるとは書かれていません。
(書かれていない、ということは管理下にはないということです。人間は原則誰の管理下にも置かれません。未成年者の場合、常に保護者の管理下になるので、通学時も例外ではない、となります。)

当然ながら、学校活動内におけるトラブルの延長で通学時に問題が発生した場合は別です。

しかし、基本的には保護者の管理下であり、何があろうとも学校には責任はないのです。
(災害給付制度の対象は登下校中も含みますが、それはあくまで保証の対象範囲の問題で責任の所在とは異なる問題です。)

下校中に万引きをしても、暴力事件を起こしても、それらは保護者の管理下のものであり、学校に連絡をしても法律上は対応はできないのです。

Tweetの件について

上のTweetのクレームについて考察してみます。

・教職員が登下校に付き添っていなかった
 →そもそも付き添う必要がない。登下校は保護者の管理下。
  心配ならば保護者が付き添うべき。

・溝付近は注意して歩くと指導していなかった
 →気を付けて帰るようには指導しているはず。
  溝を特別視する必要はない。そもそも溝に落ちたら危険なのは自明。

・後ろ歩きはしないと指導していなかった
 →後ろ歩きをしないのは家庭での指導の範囲。危険なのは自明。

・私有地を含む校区内の全ての溝を把握し、対処していなかった
 →すべてを把握することは不可能、地域住民の協力が不可欠。
  むしろ当該児童の保護者が通学路に溝があることを学校に連絡すべき。
  側溝蓋の設置や道路の保守点検は行政の仕事。

以上のように、このクレームは明らかに荒唐無稽な言いがかりと言えるでしょう。

もちろん、私の勤務校も含めて、ほとんどの学校はそうした指摘に対してはその問題点を考慮して、全体的な注意喚起はその都度行っているはずです。

しかし、その責任を学校に押し付けるのは筋違いである、ということです。

校外で問題行動に関する責任の所在

Tweetのように、校外での問題行動に関して学校に連絡があることも多いのですが、これに関しても同様です。

違法行為を行っているのならば速やかに警察に通報すべきです。被害が発生しているのならば、被害届を出し、民事による損害賠償訴訟を起こすべきです。

学校にこうした話を持ってきても、学校としては全体に「お店ではモラルを守ろう」ぐらいの指導しかできません。

当該生徒の特定もできませんし、仮に特定したとして、高校の場合は停学といった処分を下すことはできます。しかし、刑事的な処罰や民事的な賠償を行うことも強制することも学校にはできません。

しかし、このTweetへのリプを見る限りでは、校外の行動に対して学校が責任を持つと勘違いしている人や、行動の責任を学校に押し付けたい人が結構な数いるようです。

コンプライアンスの重要性

労働問題に関してもそうですが、学校という存在はこれまで法律というルールから外れすぎていたように思います。

そうやって学校に責任を負わせた引き換えに、疑似的な司法権を与えた結果、学校は閉鎖的で強権的な場所となっているのではないでしょうか。

そうしたやり方は時代遅れとなっています。

民間でも「コンプライアンス」が叫ばれ、ここ数年で状況は大きく改善しています。

学校もそうした社会の動きに合わせていかなければ、今以上に世間から取り残された存在になるのではないでしょうか。

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