「AV新法」は現代の禁酒法
こうした話題は教育の世界ではタブーになりやすいように思います。
しかし、人間社会はきれいで清潔なものだけでは成立していませんし、高校生は大人になっていることを考えると、学校教育の中でも時事問題の一つとして触れる必要があると私は考えています。
特にこの「AV新法」においては、その法律の内容や成立過程などにおいても非常に危険性が高い問題であると個人的には認識しているため、民主主義を理解するための良い教材になるのではないでしょうか。
「AV新法」とは何か
そもそも「AV新法」とは何でしょうか。
「AV新法」は正式名称を「性をめぐる個人の尊厳が重んぜられる社会の形成に資するために性行為映像制作物への出演に係る被害の防止を図り及び出演者の救済に資するための出演契約等に関する特則等に関する法律」といいます。
内容としては、未成年や法律的知識の浅い演者を成人向けビデオの強引な出演契約などを救済する目的に制定された法律です。
こうした話題を意図的に避けている方や、興味が薄い方にはなじみのない言葉かもしれません。
「AV新法」とはまさしく、成人向けのアダルトビデオを強く規制し、不当な出演を強制された被害者を救済するための法律です。
法律の目的は正しいが、成立過程での議論が雑
この新法によって規制されるのは以下のようなことです。
撮影内容やリスクの説明義務
制作者が契約解除時の原状回復の義務を負う
虚偽、脅喝による撮影は懲役や罰金刑
性行為の強制の禁止
撮影は契約後、1か月経過後に実施。作品公表は撮影から4カ月後、撮影後には出演者の映像確認の必要性
映像の公表から1年間は無条件で契約を解除可能
1つずつを見れば全く問題がないどころか、非常に優れた法案のように見えます。
そもそもがグレーゾーンにあった業界でもあり、こうしたコンプライアンスの遵守を謳うのは健全化に寄与していると言えるでしょう。
しかし、いくつかの条件が合わさっていることで業界の存在自体が危機にさらされる可能性があります。
例えば、2、5、6のような場合です。この場合制作会社は制作費用(機材、人件費など含む)を支払っているにも関わらず、そもそも収益が上がるのは4カ月後以降になるため資金繰りが非常に厳しい状況になります。
しかも、違法な行為や契約などを一切行っておらず、契約時は完全合意していた演者が1年以内に契約解除を申し出た場合、作品回収のコストのみを支払うことになります。
この法律は明らかにしっかりと議論をされ、業界の現状を踏まえて設計されているとはとても言えないような穴だらけの状況です。
実際、現場関係者からは審議段階から反対、成立後も改正を訴える声が上がっています。
法案成立までも期間が3カ月程度と短く議論不足である上に、議員立法という性質上、議員の面子の問題も絡んでいるようです。
きれいな世界は汚いものにふたをした社会か
成人向けビデオという存在は明らかにきれいな世界のものではありません。特に女性からすれば嫌悪の対象なのかもしれません。
しかし、こうしたグレーゾーンの部分は人間社会にとって必要なものでもあるのです。
アメリカでは、20世紀の前半に禁酒法が制定されました。
当時、厳格なキリスト教の後押しとアルコールと売春の結びつきが忌避され、社会的にアルコールを排除しようとする動きが高まった結果、全面的に酒類を禁止する事態となりました。
その結果、アメリカは道徳的で健全な社会に生まれ変わったこというと、表向きに禁止された酒類の取引はアンダーグラウンドで流通するようになり、マフィアの資金源となりました。
ケビン・コスナー主演で映画にもなっています。
結局のところ、きれいな世界を無理やり作ろうと社会の汚い部分にふたをすれば、ふたの下では勝手にきれいになるようなことはなく、さらに腐敗が進んでしまうだけだということです。
高校生は大人である、ということ
私は教員として高校生と接しています。
入学時、大抵の場合は未成年の彼らですが、卒業前には成人をして高校を巣立っていきます。
もちろん、大人と同じ立場ですべての話をすることはできませんし、大人の事情をすべて話すにはセンシティブな年ごろでもあり、難しいことも多いでしょう。
しかし、法律論も含めてそうしたことについて議論する土台を作り、世の中の不完全な部分に目を向けるという機会を作ることは高校時代には必要であると私は考えています。
社会のホワイト化が進んでいるのは間違いなく、それは決して悪い方向への動きではないと思います。
しかし、次世代を担う彼らには、人間がまっさらなホワイトではありえないことを歴史と理屈で知っていてほしいですし、自分の頭でしっかりと考えてほしいのです。
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