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週刊文春の記者は何を考えて著名人のゴシップ記事を扱うのか:山本周五郎賞受賞作品にその理由を読む


私の愛読書

誰しも愛読書と呼べるほんの一冊や二冊はあると思います。

私にもそうした本がいくつか存在します。とはいえ、そのほとんどは新書などの専門分野の解説書や入門書で、小説を読むということはそこまで多くありません。

とはいえ、小説も読まないわけではなく、愛読書と呼べるほど好きな小説も存在します。

それが白石一文著、「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け」という小説です。

「この胸に~」のあらすじ

「この胸に~」は文藝春秋社で記者、編集者として働いていた白石氏の体験を踏まえながら描かれた作品です。

あらすじとしては、週刊文春(と思われる)の編集長であり、癌サバイバーのカワバタが政治家の政治献金問題を記事とした扱う中でトラブルに巻き込まれる、といった内容です。

小説の中で筆者の政治、経済、貧困、環境問題、宗教、倫理などの問題意識を主人公に語らせたり、ミルトン・フリードマンなどの著作から引用して自分の主張を入れ込んだ理屈っぽい作品となっています。

週刊文春とは

この小説の中では、週刊文春の記者の気持ちを代弁する部分が複数存在します。

私はその記事を読むまで週刊誌の記者の思いに考えを巡らせることがありませんでした。

週刊文春のイメージは芸能人の不倫や薬物事件、最近であればお笑い芸人の松本人志氏の問題などの記事が話題になるため、社会問題に正面から立ち向かうメディアというよりは物議を醸す記事を出してお金を稼ぐ印象が強かったからです。

週刊文春は週刊新潮の成功に触発されて、文藝春秋社が1959年に創刊しました。経済的にも強い基盤を持つ新聞社が発行する週刊誌を出版社でも発行したい、という思いがあったようです。

なぜ、文春がスクープを報道するのか

文芸誌である文藝春秋の週刊誌である文春が政治スクープ、甘利元大臣の収賄や舛添元都知事の政治資金不正流用などを扱うのはまだ理解できます。

では芸能人や野球選手のゴシップ記事などはどうして取り扱うのでしょうか。
(松本人志氏の件に関しても、被害者救済が目的であれば訴訟がまずは先でであるはずです)

その答えに関して、先ほど紹介した「この胸に~」の中にヒントが隠されていたように感じます。

以下は主人公カワバタの部下、タケダが氷河期世代のワーキングプアであるオグラに取材した記事、という部分の一部で、引用するのはインテリだが就職に失敗した社会的弱者であるオグラの言葉です。

僕はね、そういう司会者だとかお笑い芸人だとか、歌手や芸能人だとか、そして何よりイチローや松井、松坂なんかに拍手喝采を送っている大衆の気持ちがまったく理解できないんです。
(中略)
あいつらはね、大衆に夢なんて与えちゃいない。希望なんて与えちゃいない。その反対なんですよ。あいつらこそが大衆から夢や希望を吸い上げているんです。
(中略)
テレビで馬鹿話したり、たかが野球やったり幼稚な恋歌を謳ったりするくらいで一年間に何億とか何十億のカネを受け取って、それを全部独り占めして、あいつらの心は痛まないんですかね。

白石一文,「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け(上)」,講談社」

また、自分たちの恵まれた環境に気づかずにワーキングプアを自己責任と考える若い記者を窘めるカワバタの言葉が以下になります。

だから会社は、そいつらの懐に俺たちが飛び込んで信用を得られるようにと高い給料をわざわざ払っているんじゃないのか。トロイの木馬よろしく、仲間面して近づき、彼らから情報を引き出して悪事の尻尾を掴み、それを世間に暴く。そうやって権力者や金持ち、有名人の鼻を明かすのがメディアの仕事だし、それによって嫉妬心の強い一般大衆の溜飲を下げさせることで俺たちの商売は成り立っているんだ。

白石一文,「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け(上)」,講談社」

記事、雑誌が売れるだけが目的ではない

昨今の週刊文春の報道に関して、私は特段に思うところがあるわけではありません。(松本人志のファンではないですし、そもそもここ数年まともにテレビを見ていません、そして小さいころはウンナン派でした)

しかし、芸能人のゴシップやスキャンダルを扱う意味を記事が売れる以外にあまり考えてこなかった身としては、はっと気づかされる部分ではあります。

もちろん品が良くない記事もあるのは仕方ないにしても、芸能人と呼ばれる価値があるか無いか分からない一芸を見せて、大衆の何千倍も高いお金を受け取るという、いわば社会のバグに一石を投じる行為をしていると考えることもできるということなのでしょう。

もちろん、こうした意見はこの筆者、白石氏の思いが強いものとは思いますが、週刊誌の編集部や記者の間で共有されている価値観なのかも、と過熱する報道を見て感じたのでした。

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