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【私の感傷的百物語】第四話 夢の白い女性

最近はそうでもありませんが、十代、二十代で精神的にひっ迫している時、よく恐ろしい夢を見ていました。その中で、未だに覚えている夢が一つあります。

ふと気がつくと、実際に寝ているのと同じ実家の二階でした。なんとなしに畳の上に座り込んで窓から外を見ていると、真っ白なつば広帽子に真っ白なワンピースを着た白い肌の女性が、すう、と窓の外を通り過ぎるのが見えました。二階の窓は屋根よりも上の位置にあるので、とても歩いて通り過ぎることはできません。夢の中の僕は目を疑いましたが、ここでなにを思ったのか、女の進行方向と同じ位置にある押入れの戸を開けてみました。押入れの奥にはまた窓がついていて、そこから自宅の屋根が見えました。はたして、白い女はその屋根の上に立っていました。衣装や肌と対照的な真っ黒い長髪が腰近くまで伸びており、顔はよく見えませんでしたが、口元がニヤリと笑ったかと思うと、仰向けに屋根からゆっくりと落ちていってしまいました。僕が慌てて窓を開け、屋根の端まで行ってみると、家の前を走っている道路が、なぜか屋根の真下にあり、路面をひっきりなしに車が往来していました。女は、こちらを向いて笑いながら、道路に向かって落下していきます。そのまま、ゆっくり、ゆっくりと……。時間がスローモーションになっていきました。

目が覚めると全身汗びっしょりで、息も荒くなっていました。ここまで鮮明な夢もなかなか見たことがなく、大して信心深いわけでもないのですが、思わず夢の中の女が落ちていった道路の方角に向かって、震えながら手を合わせました。深夜でしたので、車の音は聞こえませんでした。

この自宅前の国道は、伊豆に向かう途中で車線が減少し、歩道も狭くなるせいか、これまでにも何度か交通事故が起こっています。家から駅方面に向かってこの道路沿いを進むと、今でも道端に、交通事故で亡くなられた方への花が供えられています。一度、あまりに事故が続くので、これは以前、この道路で事故によって亡くなった男の子のたたりではないかという噂が立ち、町内で供養を行ったという話も聞いたことがあります。

かく言う僕も、この道路で車に突き飛ばされたことがあります。一度目は幼稚園の入園式を逃げ出した時。二度目は小学校の休日で友達と遊んだ帰り道。運良く、どちらの事故も軽いケガで済みました。一度目の事故では、うわごとで母を呼び続けていた記憶があります。
「お母さんはすぐ来るからね」
という通行人の声が印象的でした。母が信号を渡って駆け寄って来るのを見ながら、僕は気絶したのでした。ちなみに、その後で
「助かったのはお化けが助けてくれた」
と幼稚園の友達に触れ回っていたあたり、当時からそういったワケの分からないものが好きだったのでしょう。

こうした自身の体験もあってか、この女の夢だけは、自分の経験のなかで特別な感じがするのです。事故のトラウマが見せたのか、それとも他の原因なのかは分かりません。いずれにせよ、夢から覚めた直後、僕は家の前の国道で亡くなられたすべての人たちに向かって、恐怖、憐憫、哀感、悲壮入り混じったなか、独善的ではありますが、ただ一心に、祈っていたのでした。


恐ろしくも、美しい夜の国道。


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