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「よいお年を」

よいお年を、という言葉が好きだ。
一年のかなしみもくるしみも未解決の問題も、すべてゆるされる気がするから。

会社で交わされる「よいお年を」は、程よくお互い無関心で、程よく労りあっていて、程よくあたたかくて、さみしかった。

外に出るとあちこちでひとが酒を飲み吐き散らかし、乾いた吐瀉物を鳩が啄んでいた。

一年分の記憶をキャリーケースに押し込めて帰省した。新幹線から見える景色が白くなっていく、脳裏に過る感情も白く染まっていく。自由席から吐き出され連結部、目を閉じ揺れながらこれからのことを考える。

帰省しても実家にうまく帰れないくせに、駅に着いた瞬間「帰ってきた」と思う。思い出がありすぎる街には住めないと強く信じていたくせに、思い出はあまりにあたたかく私を迎え入れる。私がここで生きていたこと、私がここに帰ってきたこと、すべてゆるされる気がする。

短い冬休み、限られた時間で会いたかった人に会う。人を誘うということは、あなたの人生の断片を私にくださいと言っているようで緊張する。大切な人と過ごす風潮のある、年末年始なら尚更。そんな時期に会ってくれる人たちのこと、今年は都合が合わなくて会えなかった人たちのこと、会いたいなと思う人たちのこと、すごく大切だと思う。

気づけば一年が終わる。くるしくてどうにもならないくらいまで落ちて、もう這い上がれないと泣き叫ぶ声すら枯れるくらい壮絶だった一年が、終わる。人間が作り出した暦という制度の上で。

真っ黒な空から降ってくる雪は、いたずらな顔をした天使みたいだった。

人知れないかなしみやくるしみを抱えたあなたが、私が、あの人が、今日くらいは穏やかに救われてほしいと願う。

どうか、よいお年を。
来年も眠れない夜に会いましょう。

2021/12/31 夕空しづく

眠れない夜のための詩を、そっとつくります。