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N回目の春の歌

1

「桜が咲く度君想う」
「桜降る度君想う」

歌い尽くされた春の歌
どこかで聴いた恋の歌

桜散る前にチル前に
何かを生もうと空仰ぎ

空っぽの青に浮かぶのは
音符の逃げ出した五線譜

「唯一無二なんてもんは
実はどこにもありはしない」って
満員電車の片隅で
吊り革広告が嗤った

*

それでも君は歌ってよ
そのままそこで歌ってよ

君が桜を歌わなければ
春は枯れていくだけだろう

桜が美しいことなんて
恋が美しいことなんて

軽率に歌にしてしまえよ
桜散る前に今すぐに

君にしか歌えない歌ってやつを
いいから僕に聴かせてよ

2

「春風吹く度君想う」
「花びら舞う度君想う」

詩的に飾った常套句
どっかで読んだ口説き文句

桜散るまでにチル果てに
何にもないと思い至り

暮れゆく空に浮かぶのは
夜を引っ掻く三日月(みっかづき)

「頑張れば報われるから
前向いて行けよ新社会人」
そう告げた人事部長は
1ヶ月後に飛んだ

*

それでも君は歌ってよ
そのままそこで歌ってよ

君が愛しさを歌わないなら
恋は枯れていくだけだろう

桜が散ってく美しさも
愛が纏う永遠の気配も

軽率に旋律にのせろよ
桜散るまでに今すぐに

君にしか歌えない歌ってやつを
聴かせたいひとがいるんだろ

***

桜が咲いて散るまでに
いくつ感情を数えたの
桜が散って咲くまでに
いくつ言葉を覚えたの

語り尽くされた愛と
奏で尽くされた旋律が

溢れかえって煩い春だ

*

それでも君は歌ってよ
そのままそこで歌ってよ

僕はここで聴いているから

だから

*

そのまま君は歌ってよ
そのまま歌い続けてよ

君が桜を歌わなければ
春は枯れていくだけだろう

桜も春も君も恋も
言葉にできない愛ってやつも

全部歌にして叫んじゃえよ
春と君が死んでしまう前に

君にしか歌えない歌ってやつを
明日も僕に聴かせてよ

眠れない夜のための詩を、そっとつくります。