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渋谷センター街の祈り

8月2日月曜日。
渋谷で迷子になった。

人身事故で遅延した電車。
冗談みたいな量の出口。
差し迫る予定時間。

筋金入りの方向音痴。
不安定な精神状態。
気温はじっとり33度。

あまりに重なった悪条件。

地図を見ても全くわからず、
パニックになるだけだった。

ならば聞こうとしたけれど
人々は止まってくれなかった。
私はセンター街の真ん中で
圧倒的に透明人間だった。

どうせわからないならと
半ば投げやりに感覚で歩いた。

落書きだらけの駐輪場。
TikTokを撮る若者。
昼から酒を提供する屋台。

狂気じみたポップ。
あまりにも現実味がない。

ぎらぎらのクラブの入口。
大音量で流れる音楽。
ひとひとひと、ひとの群れ。

『コロナが終わるまでは温泉に行けなくて寂しいねえ』
電話口で聞いたおばあちゃんの声。

『ワクチン接種がいつできるかわからない』
嘆く母親からのメール。

「オリンピックの期間中、
帰省や会食は控えましょう」
どこかのキャスターが言っていた。

狂っているのは誰だ。
私か、東京か、それとも?

感覚というのは優秀で
予定時間ぎりぎりに
私を目的地へ導いた。

高いビルの最上階。
狭い空がここでは広い。

そうかわかった東京は、
高いところにのぼるほど、
空が広くなる街だ。

広すぎる空に手を伸ばすと、
分厚いガラスが拒絶する。

前ここに来た私と、
今日ここにいる私とで、

一体何が変わっただろう?
どれだけ細胞が入れ替わった?

ここで生きているひとたちは
何を考えて
何を食べて
何を愛して生きている?

戻れる気がしないんだ、
ここで生きていける気が。

今日だってこれからひとりで、
電車に乗って乗り換えて、
誰もいない部屋に帰らなきゃいけない。

この虚しさを、あと何日、何年、
繰り返すことになる?

こんなに空が広いのに、
皆手元のスマホを見ている。

ビルも電車も何もかも、
簡単に指でつまめそう。

私がゴジラだったら
一体どこから壊すだろう。

そんなことを考えて
ため息をついて

私の中の怪物を
ナイフでそっと刺殺した。

誰かを痛めつけても
何かを破壊しても
ただ虚しいだけだよ。

どうかこの街でテロが起きませんように。
誰も傷つきませんように。
誰も死にませんように。

無理か。
神様は何してるんだ。
休職でもしてるのか。

お昼は前も来た
チェーンのハンバーガーショップで食べた。

不安と憂鬱はアイスティーで流し込み
感情の残骸を集めて溶かし
文月色のインクで言葉を綴る。

言葉が私を導くと、
信じている。

真昼間の渋谷から、
小さな祈りを捧げます。

タピオカミルクティーは
タピオカぬきで飲む派です。

あーい。







眠れない夜のための詩を、そっとつくります。