シャニマス詩歌部第十一回歌会解題


夕景は草虫たちの箴言集アフォリズム 僕らの息がかたどる書影
ノクチル

「箴言」アフォリズム。いわゆる格言、いましめとなることば。偉い人が教訓めいたことを言い切る、堅苦しいイメージもあるかもしれない。主体にとって草虫たちがうごめく夕景はしかし、どこかユーモラスな箴言たちの集積のように感じられた。「僕ら」はその光景に立ち、呼吸している。その呼吸は箴言たちを閉じ込め、一冊の本の書影に綴じてゆく。
ノクチルの閉じたイメージを持つ関係性と、箴言集を綴じ、閉じ込める書影とを重ねた歌。


ビードロが割れれば氷の結晶に さかしまの雪 空へお帰り
幽谷霧子

形あるものは壊れる。オートマティックな言葉だが厳然たる事実である。ビードロはガラス細工であり、それが壊れた様は主体に氷の結晶のように見えた。主体はさらに氷の結晶が時を遡るかのように雪へと戻っていくのを幻視する。遡る時を思うとき、雪が空へ帰りゆくべきであるのは一つの帰結である。主体はその雪に対して、遡るがままに「空へお帰り」とやさしく語りかける。

幽谷霧子の出身青森はビードロが有名である。そんな美しいガラス細工が割れてしまったのか、はたまた「来たるべき時」を思いやったのか。そして霧子はその欠片にそこから遡る時さえ幻視してしまう。それは霧子の郷愁などというより、モノは時間に囚われることがなく巡り続けるという物質観・時間観を反映している。


待つ歩む寝る待つ覚める歌う待つ東京にあって待つもまた (こい)
杜野凛世

東京に流れる時間は速い。そんな中主体は歩めど歌えど、寝ても覚めても特定の相手を待たざるをえない状況にある。しかし、目まぐるしい東京にあって待つこともまた恋であると感じられた。それと同時に、東京の時間の中で育まれた待つ恋は一拍開けた内心での「来い」の呼びかけにまで達する。いわゆる「待つ恋」と内心の叫びとの間にある主体の熱情のゆらぎを詠んだ。

提出歌は次に挙げる東直子の有名な歌の本歌取りとも言える。

廃村を告げる活字に桃の皮ふれればにじみゆくばかり 来て
東直子

東の歌の、終わりゆく運命を暗示するような景を提示してからの「来て」の切迫感とは違い、提出歌の(こい)とそれ以前の言葉は連続した文であり、その「恋」に「来い」が重ねられているという点でむしろ主体の意図が曖昧な印象を与える。
動詞の連続に加え「東京にあって」の八音で表現される東京の目まぐるしさと、一字空けとカッコの併用による主体の逡巡の表現が、ともすれば技法的にぎゅうぎゅう詰めでとっ散らかった印象を与えかねないとも感じる。

『杜野凛世の印象派』でプロデューサーが出張する描写がある。このときは「待つ恋」をする奥ゆかしい少女のように見える凛世であり、提出歌の東京で待つ様子は主にこのコミュから連想した。しかし『われにかへれ』において凛世は『なんでも言う』『言うか迷ったら言う』という約束を獲得する。彼女の内心の(来い)を思い、言う勇気はここから発想した。
『さよならごつこ』読後を前提にするとこの歌の解釈が広がる。帰省という「さよならごっこ」の体験を経た後の凛世にとって、「おかえり」に始まった東京での再びの暮らしにおいては、待つことさえも喜びに満ちた恋のひとときであると感じられる。


サピエンス展示せられる街中に踊りてけものの孤独を思ふ
芹沢あさひ

現生人類「ヒト」の生物種としての学名は「ホモ・サピエンス・サピエンス」。街中に檻があったならば、けものたちは動物園のようにヒトを鑑賞し愛玩する対象と見るだろうか。そんな感情を動物が抱くとは考えづらいが、ともかく「けもの」に思いを寄せる主体には街がヒトを展示する会場のように思われた。そんな街でストリートダンスでもしているのであろう主体は、忘我の境地で「展示」の主客が反転し、檻に閉じ込められるような錯覚を覚える。ここにふと「けものの孤独」が主体に共感される。

オオカミに思いを寄せ幻視すらした(カード『Howling』より)芹沢あさひが前提となっている。あさひのヒトビトとの価値観のずれに起因する孤独(あるいは、あさひ自身には孤独として認識されていないかもしれない)は、オオカミ・けものの孤独と重ねられて把握され、自覚される。

改:
ホモサピエンス展示せられる街中に踊りてけものの孤独を思ふ

「サピエンス」では生物種としての現生人類の表現として正確でないという指摘があるだろう。これは正しい指摘だが、一方で現生人類を特定する亜種名まで詰め込むのなら「ホモ・サピエンス・サピエンス」としなければならないこと、および『サピエンス全史』という有名な本があり、その本では「ホモ・サピエンス」を指して「サピエンス」の語が使われていることを鑑みるに、「サピエンス」とすることがそこまで悪手だと作者には思えなかった。
ただし、初句を「ホモサピエンス」とすることで初句七音の前衛的なリズムが生まれるという効果は見逃せない。正確さの面でも初句「サピエンス」に勝るし、初句七音のリズムがこの歌の文語と学名で構成されるソリッドな雰囲気を引き立てる効果が大きいと考え、改作案として上記の歌を提示する。

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