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「Twilight Space online ―シンデレラ・ソルジャー―」第十一話

  • 5879文字

 銀河共和国、首都惑星アステル。直径約1.2万km、自転周期は約24時間。公転周期は自転のそれに対し365.24倍ほどで、恒星からの平均距離は約1憶5000万km。

 おおよそどこかの星のパロディのようなスペックだが、あくまでここは遠い未来、天の川銀河とは全く違う、はるか彼方の銀河系という設定らしい。

 かつてはこのトワイライト銀河に、銀河帝国なる超大国が君臨していた。彼らは本当にこの銀河全土に機械の兵を派兵して、何千という知的的生命体の支配する宇宙領域を自らの支配地域へと変えていった。

 しかし一方で、まさにこのアステルを母星としていた帝国には、そうして取り込んだ異星人たちやその文化が、急速に流入していった。

 いつしか帝国としてのアイデンティティを失い、母星近傍での内乱の危機を感じた彼らは――もちろん、そうした考えに至るまでに、決して綺麗ではない歴史があったようではあるが――多くの危険な技術とともに外宇宙への航路を封印。既に成立しつつあった首都近郊での異星人たちの独立自治を認め、新たな銀河連邦共和国として彼らとの民主的な共存へと舵を切る。

 しかし、それから数千年。トワイライト銀河のかつて帝国が派兵を行った銀河の端の星々から、突如同時に謎の信号が発された。そしてそれに呼応するように、当時では遺跡化していたかつての帝国基地から、機械兵たちが無差別な攻撃を行いはじめ、共和国は混乱のときを迎える。

 私達プレイヤーは、今は衰退した長距離航行の技術を掘り起こし、その原因を探るための探索者としての任を負った人々である。

 アウタースペースでの星々の資源。そして時折見つかる旧帝国施設からの稀少な装備やアーティファクト、そしてオレンジ・ブックと呼ばれる技術ストレージを持ち帰り、かつての彼らの技術によって探索用の船や装備をアップグレードして進んで行く。

 早期アクセスの時代から三年ほど。いまだ誰一人としてその銀河の端の地点にたどり着いたものはいない。そして、そもそも現在のプレイヤーの持つ技術レベルでは、リアルの時間でも30年ほどかかるだろうとも試算されている。

 この矛盾に対し、ある者は宇宙の探索を行いオレンジ・ブックの解析を続ける事で、その長距離航行を可能とする技術が手に入ると信じ。またある者は、ゲーム会社の今後のアップデートによって、その技術が使えるようになると考えている。

 私がオーディションに参加しているT.S.Oの古参ギルド、鷹の旅団はまさにその典型的な後者の立場で、今ではむしろ探索そのものより資源確保や現在の技術レベルへの投資を行っている。

 私はあまりそうしたネットの批判は読まないように心掛けているのだが、彼らをゲームそのもののプレイよりも、このゲームでの仮想通貨を稼ぐことを目的にしているのではないかとは度々批判があるようである。

 しかし、それは誰かから見た一方的な評価であろうし、そもそもそれが悪いことだとも言い切れない。結局そうして稼がれた仮想通貨の価値というものが、ゆくゆくはこのT.S.Oの運営会社への利益にもなるのだろう。

 彼らはルール通りにゲームを遊んでいるだけで、それは運営会社の意図した通りのものだともいえるのだ。


 ***

 

「おい、鷹の旅団のギルド会館までの道はどうなっている?」

「えっ……?」

 突然聞かれ、私はその声する方を見上げた。

 胸にマガジンやグレネードを入れるポーチが並ぶ、かなり分厚いボディーアーマー。インナーは宇宙環境への軽度適応力を持つパイロットスーツになっており、典型的な異星での戦闘を想定した探索者の恰好であった。

「……鷹の旅団のギルド会館までの道は?」

 そのプレイヤーは私を見下ろす形で視線を合わせ、再びぶっきらぼうにその言葉を繰り返した。

「いえ、あの……実は私もその事を、今この方に尋ねていたところで……」

 そういうとそのプレイヤーは一瞬驚き、そのばに掌を肩の高さに上げてみせ、うろたえたように話し始めた。

「ああ、すまない。いや、ついNPCと間違えてしまって……その、この探索者区ではなんせ、アパレル衣装を着ているPCは珍しいんでな……いや、本当に。すまなかった」

 とその男性に言われて気付くが、確かにこの探索者区、とりわけ鷹の旅団がギルド会館を置くようなアウタースペースに頻繁に行くような人々がくる区画では、安全区域でありながら装備を付けたままのPCが多い。

 しかもミズキに選んでもらった今の私の衣装のように、なにかオフィス仕事でもするような格好は、この世界ではプレイヤーを簡易な会話AIデサポートするNPCばかりがしている。

「俺はユベール・マレーだ。しかし君も、鷹の旅団に用があるのか?」

「ええ、はい。私は、今原カエデと言います。例の……オーディションの面接に」

「ああ、そうだったのか。それは奇遇だな、カエデさん。実は俺もだ」

 向こうの方では今の恰好の私はどう思われていたのか不安だが、確かに彼は、あのオーディションでも活躍していそうなPCだった。どこどなく隙が無いというか、本当にこうした戦闘服を着て戦うのが得意だろうという感じは受け取れる。

「でもは、いっしょに行きますか? 今、彼女に行き方を聞いたので」

「ああ、どうも。では、ご一緒させてもらおう」

「あ、えっと。それと、ありがとうございました。どうも道をご丁寧に……」

「いえ、お気になさらず。共和国の探索者様」

 それまで道を聞いていたNPCは、恭しく頭を下げて私たちを送り出した。

 共和国中では突如起こった旧帝国の機械兵たちに非常に危機感を持っており、私たちプレイヤーである探索者は、市民からは一段尊敬されているという設定である。

「ん? 今のは、NPCだよな……?」

「えっ? ええ、はい。丁寧に道を教えていただきました」

「…………そうか」

 彼はぶっきらぼうに答えると、私と並んで教えてもらった道をすすんだ。


 ***


「いつ見ても圧倒されるな。鷹の旅団の旗艦ジ・オシリスだ」

「……ジ・オシリス?」

 立体的なアステルの都市の空中道路を進んで行くと、ひとつひとつが数百メートル級の巨大なビルの間から、突如としてさらに巨大な空中構造物が現れる。

 ジ・オシリス。エジプト神話の冥界神の名を持つそれは、完全にSFチックな半重力のようなもので、その巨大なオベリスクのような船体を縦に浮かせて静止している。表面は一様に白く無機的だが、ところどころに筋が入り、石柱のような、どこか得体の知れない機械のような感じも受けた。

 おそらくその中はビルのような構造になっており、縦方向に床と天井が重なっている。宇宙空間での加速中はその進行方向の逆へ重力を感じるため、この世界の大型宇宙船などは、そのような作りになっている。

「――オシリス級の一番艦。現在の同型巡洋艦の中でも、最長の亜空間航行能力をもつ、このT.S.O内でも4基しか存在ないエピック級宇宙船の一つだよ」

「凄いですね……そんなものを、鷹の旅団さんは所有してるんですか?」

「あるいは。アレがあったからこそ、今の鷹の旅団があったともいえる」

 この戦闘服の人、ユベールさん。彼の話によれば、鷹の旅団はこのゲームのアーリーアクセスの段階で、それほど目立ったギルドではなかったそうだ。

 しかしある時、おそらく彼らはどこかの帝国遺跡で偶然このオシリス級艦船の設計技術の書かれたオレンジ・ブックと、このジ・オシリスのコアとなるアーティファクトを手に入れたらしい。彼らはその事を慎重に隠し資源を集め、秘密裏にどこかの星系でこのジ・オシリスを作り上げた。

 オレンジ・ブックそのものは見つけたプレイヤーのものとはならず、この共和国のアーカイブへと納められる。探索者自身はこの技術ストレージの解読技術はもっておらず、大図書館に依頼しなければ使えないため、必然的にそうならざるを得ないのだ。

 ただし発見したプレイヤーには最優先にその技術をまず渡され、その後ある程度の他のプレイヤーへの非公開期間を設けることが出来るそうだ。鷹の旅団はその権利を大いに利用し、初期のT.S.Oにおいてこのジ・オシリスとその同型艦での編成を作り、勢力を伸ばすことに成功した。

「――通常。単独の長距離ワープが行える巡洋艦でも、その距離は数十光年。その間の宇宙空間に手頃な星系がなければ、当然、目標もなくハイパークルーズは行えない。艦船のワープ距離がどれほど長いかは、このゲームの戦略上の重要な要素だ」

「つまり、あの船は一度のワープ距離が大きいから、それだけ航路の設定の自由がある……散らばる星を辿る中で、より短い道を選べるってことですか?」

「聞いた話では、単独航行で百光年超。あのギルド自体が持っているゲート・リレイを利用すれば、グレートウォール付近のアウタースペースの空間なら、どこででも四時間以内にあの戦艦とその随伴船を、この首都惑星から飛ばせるらしい」

 このゲームでは、船単独での航行以外には、ゲート・リレイと呼ばれる入り口と出口に設置したワープゲートによって、オブジェクトを長距離移動させることが出来る。

 そうして行われる物資や艦船の行き来こそが、宇宙戦争の戦略的部分。鷹の旅団はあのジ・オシリスやゲート・リレイの所有によって、そうした面で大きなアドバンテージを得ているのだろう。

 このオーディションが話題を呼びこうして訴求力を得る程に、遊べば稼げると言われるT.S.Oの巨大ギルドは、絶大な力を持っている。あの船を見て、改めて私は実感した。

 その巨大な巡洋艦ジ・オシリス。通りを進んでその真下まで来ると、それを頂く台座のように、鷹の旅団のギルド会館がそこにある。どうやら同ギルドに所属する建築デザイナーの人が設計したというその会館は、メタバースとしても利用されるインナースペースの建物らしく、この世界観と、そしてVRの幻想性が十全にデザインされた建物である。

 二人でその巨大なエントランスに入るとジ・オシリスの底が見えるが、べつにロケットの噴射口がいくつも並んでいるようなデザインではない。半重力によってこうして浮き、無反動推進によって加速するこの船は、船の全体が真っ白な装甲に覆われていて、本当に石柱のようであった。

「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 私たちに気づくと扉の脇に立っていた、黒のスーツに身を包んだNPCが一歩進んで訪ねて来る。

「あの。今日この後、ギルドオーディションの面接があると言われて……えっと、この方も……」

「ああ、そうだ」

「はい、承知しました。では、お二人のプレイヤー名と、IDをご確認してもよろしいでしょうか?」

「わかりました。いま、出しますね……えっと、今原カエデ。IDは、これ」

 手元のホロ・ウィンドウからソーシャルのタブを出し、その中の自身の名前・IDを選択。受付のNPCに送信する。

 一緒に来たユベールさんも、同様に操作をしてNPCへデータを送った。

「ご確認が取れました。イマハラ様、マレー様。端末へ簡易パスをお送りいたしましたので、正面の転送装置よりお進みください。転送後はまた向こうのものが、ご案内します」

「はい。ありがとうございました」

「……では、行こうか」

 受付のNPCから短時間有効なパスコードを受け取ると、案内された転送装置の端末へ左腕をかざす。このホロ・ウィンドウの投影機能をもつ腕時計型端末が、探索者の基本的な電子ツールであり、身分証という設定なのだ。

 パスが読み取られるとそのまま転送がはじまって、身体が青白い光に包まれる。一瞬視界がまばゆい光に包まれると、いつの間にかカーペットが敷かれ中央にホログラムの石柱が浮かぶ、ちょっとしたラウンジの中に立っていた。

「ようこそ、ジ・オシリスへ。イマハラ様、マレー様。お時間になりましたらお呼びいたしますので、どうぞこちらでおくつろぎ下さい」

「待て。ここは、ジ・オシリスの中なのか……?」

「はい、マレー様。今回の面接会場は、当ギルドの旗艦ジ・オシリス内の応接室となっています。もちろん、このオーディション期間が平和裏に行われている場合に限って、ですが……」

「それは。なんというか、運がよかったな……」

 マレーさんは驚いて目を見開くと、ラウンジの中を見渡している。

 ラウンジの中は洋風で少しクラシックな調度品で飾られているが、中央のホログラフィック装置、それに壁や天井の材質はどれものっぺりとした金属質で、建造物というよりもたしかに船の中という方が頷ける。そして、よく見るとそのホログラムに映しだされた石柱は、先ほどまで見上げていた、このジ・オシリスの外観であった。

 ほんとうに鷹の旅団はこの艦をギルドの象徴のように扱っていて、その力を誇示したいのだと感じられた。

「凄いよね。巡洋艦に乗るなんて初めてだけど、それがあのジ・オシリスの中なんて……噂だけど。もしも売り出されたら、100万ドルくらいの値が付くだろうって」

「100万ドル……そんなに!?」

 そのホログラムを眺めていると、先に来ていた軽装戦闘服のプレイヤーが教えてくれた。

 100万というと、日本円で3億ほど……だろうか。T.S.Oのアイテムや所有惑星は現実世界でも高値で取引されるとは聞いていたが、まさか失うリスクのある艦船でもそんな値段が付くのだろうか。

 ただし先ほどの話では、このエピック級艦船の能力が、鷹の旅団の軍隊としての戦略を決める程だと言われていたので、案外本当のことなのかもしれない。しかしだとすれば、彼らがそれを決して手放さないだろう、とも思えるが。

 ロビーには少しポツポツとノイズの走る、レコードの古い音楽が掛けられている。隅にあるディスプレイ用の狭い机の上にクラッシックなプレイヤーが置いてあり、善く磨かれた真鍮のテッポウユリのようなスピーカら、ゆったりとしたギターの音。

 ポロン、ポロンという小気味よいリズムが続き、掠れるような男性の声で、何かのバラードがうたわれていた。歌詞はおそらく英語だが、そちらに向いて注視していると、自動翻訳の歌詞字幕が視界の下に浮かんでくる。

≪――火、世界の上に。僕はただ、君のハートに炎を熾したいだけなんだ……≫

「マレー様、ロイ様、イマハラ様。準備が整いましたので、どうぞ応接室の方へお進みください」

 すると、先ほどのNPCが扉を開き、その奥の部屋へを私たちを促した。

 いよいよ鷹の旅団のギルド員と、面接がはじまるようだった。


十二話へ。

マガジン。

#創作大賞2023

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