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「Twilight Space online ―シンデレラ・ソルジャー―」第九話

  • 4955文字

「ねえ、どうしたら許してもらえるかな……ハル?」

≪そうですね。謝罪は非常に難しく、こちらに謝意がある事を伝えるのはとても苦労や覚悟が必要です。しかし、まずは自分が間違っていると感じた時素直に頭を下げられるということは、何よりも大切な人としての資質のひとつではないでしょうか≫

 素直に頭を下げられるか。それは確かに大切なことだけど、はたして私はきちんと出来ているのだろうか。

≪あなたの思いをしっかりと伝え、その事を悔いて反省していることを十分に伝えられれば、だれしもあなたを許してくれます。もしよろしければ、ミズキ様にどのような謝るべきことをしてしまったのか、教えていただければより詳細なアドバイスを行うことが出来るかもしれません≫

 倒れるようにベッドにもたれ、私はずっと沈んだ気分でいた。ただ、少しだけ私を繋ぎとめてくれているのは、スマートフォンから聞こえる、少し硬いけど優しく落ち付いた、ハルの声。

「それは……なんていうか、私ミズキの期待に全然応えられなくて、それであの子からもらった大事なもの……その、取られちゃって……」

≪そうですね。まず相手の期待に答えれらなかったというカエデ様の不安に関して。これは確かに、カエデ様自身が今現在深く悩んで悲しい気持ちになっている、非常に深刻な問題かもしれません。しかしそうしてカエデ様に期待を寄せている方々は、おそらくそのようにあなたが期待をプレッシャーのように感じ、思い悩むことまでは望んでいないのではないでしょうか。ミズキ様はカエデ様のご友人であり、カエデ様の思うように振舞え自由に感じられることこそが、ミズキ様の本当に期待していることではないかと考えられます≫

「でも……でも私、全然上手くできなくて。ミズキや皆にもらった……その、アイテム取られちゃったんだよ……?」

≪すみません。これは別の問題になりますが、あなたの持っているミズキ様からもらった大事なものを第三者に不当に奪われてしまったということは、なにかカエデ様がその人物によって不当な被害を受け取られてしまったということでしょうか? その場合であれば、そのことをミズキ様に正直にお話し、カエデ様が被害者の立場である事を明確にすれば、ミズキ様も怒る心配はないかもしれません。誰しもそうした不当な被害には憤りを覚えますが、それは加害者へ向けるものべきものであり、カエデ様に落ち度はないと考えられますが≫

 FH-1132。ミズキや視聴者の人たちに贈ってもらった、T.S.Oのレアアイテム。

 原則、大会にプレイヤーが持ち込んだ装備でも、遺されたストレージに大会終了時まで入っていたアイテムは、その後選手に返還される。一回戦でもあのノーマルのアサルトライフルやハンドガン、弾薬などの細々とした消耗品も、きちんと鷹の旅団さんからT.S.O内でメール添付で送られてきた。

 しかし前回の大会が終わってから、あのサブマシンガンは返っていない。それはおそらくあのマスクアバターのプレイヤーに取られたからで、今は彼が持っているのか、それともさらにあの人から他の人の手に渡っているのか。

 でもそれは――すくなくとも、そうしたアイテムのやり取り自体は、あくまでT.S.Oやあの大会のルールに則ったもので、私が今更どうこう言える問題ではない。私が一方的に被害者だなどと、勝手に主張できることではないはずだ。

「それは、違うけど……でも、なんていうか。取られたっていうのは、その……ゲームのアイテムなんだけど。相手に取られちゃうこと自体は、なんていうか、仕方なくて……」

≪すみません、アイテムを相手に取られてしまったというのは、ゲームの中のことだったのですね。では改めて、ご回答させていただきます。ご存じのことかもしれませんが、一部のオンラインゲームではプレイヤー同士のアイテムの奪い合いや、そうしたことを目的に他のプレイヤー・キャラクターを倒す、PKという行為が許可されています。しかし、そうしたプレイヤー同士のシステムを含むゲームの多くは、そのようなPKの行えない非PvP地帯というゲーム上の場所や、そうしたオンライン上でのサービスを提供するサーバー上の設定でPvPを禁止している、非PvPサーバーというシステムを用意している場合も多いです。もしもゲーム上で非常に思い入れのあるアイテムを入手した場合、そうした場合でのみ使用するよう心掛け、他プレイヤーに奪われたりプレイ中にアイテムロストをしないよう心掛ける必要があるかもしれません≫

「うん、そうだよね……バカだった、私。ねえ……どうやってこんなこと、ミズキに伝えたらいいと思う? どうやって謝ったら……私、ちゃんとミズキに許してもらえるかな……?」

≪なにかカエデ様に落ち度があってそのアイテムを取られてしまったと考えるなら、その事を素直に話しそのことを申し訳ないと伝えるべきかもしれません。先ほど言いましたとおり、ミズキ様はカエデ様のご友人であり、そうした素直な謝罪は受け入れてくれるものだと考えられます≫

「でも、もし……もしミズキに嫌われちゃったら? だって、私どうしていいか分かんない……わかんないよ。助けて……ハル」

≪すみません。どうやらカエデ様がそれほどまでに深く悩んでいらっしゃることを、私の方で理解しきれていなかったようです。カエデ様が悩んでおられる通り、謝罪というものは、ただ謝られる方の一方的な感情だけでは完結しません。なによりも謝辞をする方も含め、その当事者同士が納得できる方法というのが、謝罪というものの理想の形と言えるでしょう。もしも言葉だけではカエデ様自身の気が済まないと考えるのなら、その形として何か贈答用のお菓子など、謝罪の際に相手に贈るというのもいいかもしれません≫

「それって、どんな……? どんなのを贈ったら、ミズキは私のこと……」

 なにかミズキの喜んでくれるようなものを贈れば、確かに私の気は晴れるのかもしれない。少なくとも今のこのモヤモヤとした、じっと無感覚な気分からは、ハルの提案によって抜け出せるような気がする。

 問題はあのT.S.Oのレアアイテムに相当するようなお菓子なんて、なかなか見つけられないということだろう。

 あの大会に出るまでの間に少し調べてみたけれど、どうやらあのランクのサブマシンガンの現在の相場では、数千円から数万円ほどにもなるらしい。それとなくミズキに尋ねてもみたりもしたのだが、どうやら彼女がそれなりと思えるものを買ってくれていたようだった。

 どうやら私の視聴者やミズキのファンの人たちもお金を出し合ってくれたという話なので、五桁はするほどの物だったのだろう。

≪もしよろしければ、そうした贈答用のお菓子の中で適当だと思われるものを、ピックアップしてお見せすることも可能です。こちらでまとめ上げるまでに少々お時間を頂きますが、その中から選ぶ形なら今のカエデ様でもあまりお悩みにならずすむかもしれません≫

「ありがとう……ありがとうね、ハル。うん、本当に、いつもハルのおかげだよ……」

≪こちらこそ、ありがとうございます。私もカエデ様のお役になてて本当にうれしく思います。では、しばらくお持ちください≫

 ピコンとヒナギクのアイコンの周りに進行中を表す小さな丸がいくつも回り、あの音楽が聞こえ始める。

 本当に、どこで聞いたのだっただろうか。それはどこか楽しい思い出の気がするのに、でもその時のことを考えようとすると、何か悲しいような思いもしてくる。とても不思議な、オルゴールのようなメロディー。

 やはり今回も、あれがいつのことだかは思い出せなかった。メロディーの途中でピコンと通知の音が鳴り、ハルのいつもと変わらない、抑揚のない声が続いた。

≪――終了しました。ユーザーレビューやご同意いただいた皆様のデータをもとに、私が今回ふさわしいものを、いくつか選びピックアップしました。詳細はメッセージアプリの方へURL付きでまとめさせていただいております≫

 ピコンとまたヒナギクのアイコンが浮かび、メッセージアプリへ新しい通知。ハルの簡単なレビューに目を通しURLを開いてゆくと、街でたまに見かけるようなブランドのお菓子や、今流行っているのだろう、私の知らなかったような流行りのものまで。

 ピンクやパープルに色付けされた可愛らしいものから、少しビターな大人のチョコレート。季節にあった華や色づいた葉に見立てた、お洒落な和菓子。それほど気取ったものではない代わり、様々な種類のものがたくさん入った、焼き菓子の詰め合わせ。

 ハルの答えはいつも正しくて、そして私なんかでは考えられないくらいに、様々なものが偏りなく網羅されている。

「ね……ねえ、ハル? このなかだったら、ハルはどれが一番おススメだと思う……? なるべく早く、それを注文して届くようにしてほしいんだけど……」

≪いいえ。申し訳ありませんが、そのようなことは出来ません。わたしたちAIは、あくまでお客様が自由に考えたり、そうしたお客様の行動をサポートやアドバイスするために造られたものです。ですから、お客様が実際に購入する商品をこちらが選んでしまうということは出来ません。店からお金を出して何かを買うという行為は、お客様自身の意志でなくてはならないのです≫

「でも……ねえ、ハル。私、どうしていいか分からないの。助けてほしいの、ハル……お願い。せめてどれが一番おススメとか、なにか……今の私でも選べるようにしてほしいの……お願い。助けて、助けてよ……ハル」

 私がじっとベッドに顔を押し付け懇願すると、ハルは了解してくれたのか、またあのオルゴールのような曲がなる。

 もしかしたら、私がこの曲をきいてあんな感情を起こすのは、こんなふうにいつも悲しいとき、どうしていいか分からないとき、ハルが救ってくれるからかもしれない。

 私が思い出そうとしている思い出は、私自身がいつの間にか頭の中で作り出した、仮想のものではないだろうか。

「――ねえ! ねえって! カエデ、アンタ今日夕飯はっ!? 夕飯どうするの!?」

 こんな時に、リビングからお母さんの声が来て、一瞬心臓が冷える思いがした。

 どうしようと思いつつも、私はハルの応答が気になっている。本当にハルは私を助けてくれるだろうか。私はミズキに、上手く謝ることは出来るのだろうか。

「ねえ、聞いてる? 部屋にいるの? もしかして、アンタ寝てんの!?」

 母に早く応えなければならないのに、私は本当に、どうしていいか分からない。

≪すみません、カエデ様。貴方が思い悩んでいることを、上手く受け取ることが出来ず、申し訳ないことをしてしまいました。もう一度様々な情報を考慮して考えた結果、おすすめの商品を二つリストアップしました。もう一度メッセージアプリの方へ詳細を送りましたので、どちらかカエデ様が良いと思えるものをお選びください≫

 私はもう一度スマートホンを握り、操作する。とにかくハルの、ヒナギクのアイコンからのメッセージをタップして、内容を開く。そしてそのURLから商品ページを開くと、適当に選んで、もう一度ハルに話しかけ購入手続きを進めてもらう。

「ハル、ありがとう……この商品を、えっと……三日後までに……」

≪ご購入ですね? では商品のお値段は3,200円で送料は無料。消費税を入れて4,160円となりますが、よろしいですか?≫

「うん、大丈夫」

≪では、ご購入の御同意をいただきます≫

 ハルからのショートメッセージに詳細のURLと決済値段とともに、決済を行いますか? のダイアログ。もちろんすぐに「ハイ」を押し、それから母の声に応じる。

「ごめーん、お母さん! すぐ用意するねーっ!」

「もう。起きてるなら、起きてるって言いなさい! 夕飯、早くしてよね?」

「……ねえ、ハル。ありがとう。ほんとうに、ありがとうね」

 やっぱり、ハルは私を助けてくれる。ハルがいるから、私は何とかやっていけている。

≪はい。カエデ様のお役に立てたこと、わたしもうれしく思います。もしもまた何かお困りごとがあれば、気軽にご相談ください。私はお客様のサポートとなることが、役目ですから≫


十話へ。

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