【職人探訪vol.5】「研ぎ」が漆器の出来栄えを大きく左右する。この道62年の研ぎ師・赤川礼子さん
こんにちは。漆琳堂8代目当主、内田徹です。
越前漆器を支える職人たちを訪ねる「職人探訪」。
第5回目は、鯖江市河和田地区で長年お椀などの丸物の「研ぎ」を手掛ける赤川礼子さんをご紹介します。
漆器は木地や下地、塗りなど、工程ごとに多くの職人たちがかかわり、つくられています。なかでも、下地から中塗り、上塗りと漆を塗り重ねるごとにバトンを受け取っているのが「研ぎ師」です。
「研ぎ」は、漆を塗った器の表面の凹凸をなくし、次の工程で作業する塗師が漆を塗りやすくするために行うもの。ただ漆を塗り重ねただけでは漆が剥げやすくなってしまいますが、研ぐことによって漆の密着具合が良くなり、強度も高まります。
また、「研ぎ」の段階で美しく仕上げられないと、次の中塗の作業もうまくできません。漆器の良し悪しは塗師だけでなく、研ぎ師の技術も左右するため、完成品からは目に見えない地味な工程ですが、非常に重要な作業なのです。
赤川さんは、なんと御年87歳にして産地の第一線で活躍する女性研ぎ師。
作業のスピードはもちろん、仕上がりの美しさにも定評があり、産地の塗師から絶大な信頼を得ています。赤川さんの作業場所は自宅。漆琳堂の工房からも近く、漆器の仕事を届けたり取りに行ったりと私も頻繁に赤川さんのもとを訪れています。今日は作業部屋にお邪魔し、その様子を見せてもらいました。
▲赤川礼子さん
隅から隅まで均一に研ぐ技術
ーー赤川さんは普段どうやって作業してるんですか?
このロクロ(回転機械)で研いでいくんよ。「ハメ」という治具にお椀をのせて、ロクロを回しながらサンドペーパーをあてていくんやね。「ハメ」はお椀の大きさごとに違うから、その都度交換するの。段ボールいっぱいあるんよ。
▲丸物の表面を水で濡らし、ロクロを回転させながら専用の耐水サンドペーパーをあてて研いでいく
▲段ボールいっぱいの「ハメ」。切った綿の靴下を被せて大事に使っているそう
ーー1分もあれば表面を全部研いでしまう……漆琳堂でも漆器を研ぐことはあるけど、時間がかかってとても赤川さんのようにはできないですね。
やっぱり慣れやね。急いでやろうと力づくで研ぐとムラができてしまうの。まんべんなく研ぐのが大事。お椀を触ってると研いだところと研げてないところがわかるんやわ。
▲こちらが研ぐ前の漆器。一見美しく見えますが、実は細かな凹凸が
▲何度もサンドペーパーを水をつけ研いでいく。水をつけることで表面がなめらかに
特に高台(お椀の足の部分)の裏の部分は研ぎ残しが多いんやね。お椀の大きさもいろいろやから、小さいものだと、手が入らなくてうまく研ぐのが難しいんやわ。
▲サンドペーパーをあてる角度を変えながら細かい部分もムラなく研いでいく
▲こちらが研いだ後のもの。触るとスベスベしている
ーー赤川さんの手は神がかってるもんなぁ。ほかの研ぎ師さんのお願いをしたこともあるけど、やっぱり赤川さんが研いだのが一番綺麗。漆を塗ってても安心感があるんです。
そりゃよかった。もう漆器のことをやりはじめて62年くらい経つからねぇ。
25歳。右も左もわからず始めた漆器の仕事
ーー赤川さん、失礼ですけど今おいくつですか?
もう87になるんやわ。結婚して、25歳の時に初めて河和田に来て漆器の仕事を始めたの。漆器のことなんて全然知らんかったけど、とにかくその時代は景気が良くて仕事の数だけはたくさんあったからね。
ーーそうだったんですか。赤川さんは最初から研ぎの仕事を?
最初は漆器の下地に柿渋を塗る「渋下地」の仕事をやってたんよ。下地は生漆に地の粉を混ぜたものを塗る方法(堅地/かたじ)もあるけど、河和田では昔はほとんどが「渋下地」。それでこの産地が発展してきたからねぇ。8年くらい渋下地をやったけど、家を建ててからはずっとここでお椀を研いでるの。
▲当時のことを懐かしそうに思い出す赤川さん
元気の秘訣は働くこと
ーー研ぎだけで50年以上。しかも、下地の経験もあるから、まさに漆器づくりの見えない部分を支える神様のようなものだ。今は1日何個くらい研いでるんですか?
今は1日200個くらいやね。朝9時くらいから暗くなるまで。だいたいここで作業しちょるんよ。
ーー赤川さんにはできるだけ効率よく作業してもらいたいから、僕らはいつも赤川さんの予定に合わせて研ぎをお願いしてるんです。「できたよ」って電話をもらうと嬉しいんですよね。
必要なものだからできたらすぐに電話しないとね。
ーー「研ぎ」の作業は埃っぽくなることが多いけど、いつ来ても赤川さんの作業部屋は整頓されていて綺麗。炊事洗濯掃除に漆器の仕事、いろんな面で働き者だなと尊敬しています。
いっぺん数年前に研ぎの仕事を辞めたこともあったの。でも仕事をしていないと、家事が終わったらころんと寝てばかりになってしまう。仕事をやってる方が元気でいいと思って、もういっぺん働かせてもらおうと思ったんよ。
ーー赤川さんが辞めた時はどうしようかと思いましたが、復帰してもらって本当によかった。いつも助かっています。
やっぱり働くのはいいね。漆器の技術は一度身につけると、年をとってもずっとできる仕事。もちろん目が疲れたり、肩が凝ったりもするけど、そうやってみなさんに喜んでもらえるのが何よりやと思っとるの。身体が動く限りはこの仕事を続けていきたいね。
(了)
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漆器づくりは塗師の仕事が注目されがちです。しかし、越前漆器は赤川さんのような方々によってそのクオリティが守られているといっても過言ではありません。「頼まれた漆器を後の人が困らないようにきちんと研ぐだけ」と語っていた赤川さん。優しい笑顔とは裏腹に、決して手を抜くことなく、自分に厳しい職人としての姿勢も見せていただきました。
赤川さん、これからも元気で河和田の産地を支えてくださいね。ありがとうございました。