【職人探訪vol.3】職人と作家を自由に行き来しながら、新しいものづくりのスタイルを探究する蒔絵師・山本由麻さん
こんにちは。漆琳堂8代目当主、内田徹です。
越前漆器を支える職人たちを訪ねる「職人探訪」。
第3回目は県外から福井に移住した、蒔絵師の山本由麻(やまもと・ゆま)さんをご紹介します。
山本さんが暮らすのは、鯖江市のお隣、越前打刃物の産地である越前市。
包丁の「柄」を製作する山謙木工所で、蒔絵をを手がけています。
山謙木工所は今年9月に、和包丁の柄と工芸品に特化したギャラリー「柄と繪(えとえ)」をオープンしました。
山本さんはギャラリー内の工房で、柄や漆器に蒔絵を施しています。今回は、店内を紹介していただきながら、お話を伺いたいと思います。
山本由麻さん
静岡県出身。東京藝術大学にて漆芸を専攻。大学卒業後は河和田を拠点に、加賀蒔絵師の田村一舟氏、辻漆器店店主の辻利和氏に師事し、結婚を機に山謙木工所に入社。
越前漆器の技術を取り入れた包丁
――「柄と繪」のオープン、おめでとうございます。ヤマケンさん(山謙木工所)は創業が明治時代ですが、その頃から包丁の柄をつくっていたんですか?
創業した頃はお椀の木地をつくっていましたが、2代目の時に越前打刃物の一つである鎌の柄をつくるようになりました。戦後しばらくすると機械化が進み、鎌の需要が減ったことや、もっと少ない材料でできるものを探していたことから、包丁の柄をつくりはじめたんです。
ーー包丁だと、柄の長さは鎌の1/3くらいですもんね。柄に特化している会社って珍しいと思うのですが、ほかにもあるんですか?
福井県だとうちだけですね。3代目の時に二重構造の柄を開発して特許を取得したんです。さらに耐久性や抗菌性があるもの、黒檀や紫檀といった高級材を使ったものなど、ラインナップも増えました。
さらに柄に蒔絵を施すことで、表現の可能性も広がりました。「柄と繪」は、柄を通して越前打刃物と漆芸、福井の2つの伝統工芸をつなげられる場になればと思っています。
▲墨流しや螺鈿(らでん)などさまざまな技法を取り入れた柄
図案はiPadでデザイン
ーー由麻さんは福井に移住してきた当初から知っているものの、お仕事をお願いするようになったのは最近ですよね。
そうですね。出産などがあり、2020年の6月から本格的に蒔絵師として活動を再開しました。漆琳堂さんの漆椀に蒔絵でイラストを描いた子ども椀をつくらせてもらっています。
ーーInstagramで由麻さんがアップしているイラストを見たのがきっかけなんですよ。
ありがとうございます。蒔絵を修行していた頃は伝統的なデザインなども描いていましたが、自分でもイラストを描いてみようと何となく投稿し始めたんです。内田さんに見ていただいたのはすごく嬉しかったですね。
ーー由麻さんとのやりとりですごく驚いたのが、蒔絵の図案。iPadで描いてるのが印象的でした。
そうなんです。従来の図案は平面の紙に基本は白黒で絵だけ描いてるものがほとんどで、曲面に描いたり塗ったりするとどうなるのかが想像しにくい部分がありました。線画で考えると頭の中ではかっこよくなっても、曲面に描くとダサくなることも多くて……(笑)。
iPadを使い出してから、出来上がりのイメージがしやすくなりましたね。
ーー具体的にどうやってデザインするんですか?
iPadに漆器の写真を取り込んで、その上に描いていきます。紙に描くのと違い、漆器に蒔絵がのるとどうなるかイメージしてもらいやすいと思います。しかも漆って塗る前と塗った後の色が変わるので、その変化も考えた上で実際の色に近づくよう彩度やトーンを調整しながら描けるのが利点ですね。
ーー漆器の世界にデジタルの流れを取り込む、そういう若い人の感性って素晴らしいと思う。
実は若い人だけじゃないんですよ。ガチガチに伝統技術に則っている人もいますが、例えば私の親方は60代ですけど、Illustratorを使って図案制作をしてますし、螺鈿をレーザーカッターで切っている職人もいます。
ーーへえ、レーザーカッター!
職人の探究心はすごいですよね。特に、福井はよりその傾向が強いなと思います。越前漆器の良いところは伝統的な技術も大切にしているし、吹き付けのような新しいやり方も取り入れていること。つくるものがよくなるならどんどん新しいことに挑戦すればいいという柔軟さがいいなと思っています。
ーー値段や納期など、いろんな要望に応えてきたことも、結果的に技術の選択肢が広がることにつながったんじゃないかな。
そうですね。お椀ひとつとっても業務用から高級品まであるし、販路も百貨店から小規模な小売店までいろいろある。同じ漆芸でもいろんなものづくりがあるから、最近では柄の端材でつくった漆のアクセサリーなどもつくるようになりました。いろんな漆器産地のなかでも、私にとってはこの産地の選択肢の広さが心地良いですね。
鑑賞だけじゃない漆芸にひかれて
――由麻さんが漆芸に興味を持ったのはいつ頃からなの?
高校は美術系の学校で油絵を専攻してたんですけど、絵を仕事にするのは違うなと思っていたんです。勉強してきたことを、デザインや製品づくりにも活かせる仕事がないかと考えていたときに、地元静岡にある『資生堂アートハウス』で開催していた伝統工芸展を見て、漆芸のことを知りました。漆なら絵のように自分の好きな表現ができるし、暮らしのなかで使う用途もある。鑑賞だけじゃない世界があるなと思って漆芸に興味を持ち、東京藝術大学に進学しました。
ーー名門!
いえいえ(笑)。でも大学に入っても高校の時と同じ、将来について迷っていました。自分のやりたいことは学んでいるけど、先が想像できないというか……。そんな時に大学の掲示板に貼ってあった「福井の伝統工芸を体験しませんか」というチラシを見つけて、河和田に来たんです。
ーーたしか、大学2年生の時だったよね。
そうです! 1ヶ月間、丸物の上塗りをやっている塗師屋さんにお世話になったんですが、その1ヶ月がすごく楽しかったんですよ。その後も夏休みや冬休みになると河和田に入り浸っていて(笑)。卒業後、すぐに移住しちゃいました。
芸大出身という壁を超えて
ーー僕らのような職人からすると、芸大で学んでいた人は1点何万円っていう作品をつくって個展を開くイメージだったので、もっとアート寄りの作品をつくる方向に進みたいのかなと思ってた。
たしかにそっちが普通ですよね。実際に河和田に来る時も職人さんから「芸大の人がするような仕事じゃないよ」ってよく言われましたし。
ーー特に越前漆器は生活必需品ということもあって、毎日同じものを同じクオリティでたくさんつくるからね。今の由麻さんがやりたいのは職人か作家でいうとどっち?
やりたいのは職人です。でも、たまに「こういうのはどうだろう」といつもと違うものをつくってみたら「作家になりたいんか」って言われちゃうんですよね(笑)。
ーー産地には「職人」という言葉をすごく大事にしている人たちがいるからね。でも、職人だけど自分のものづくりもしたいというつくり手の気持ちはすごくよくわかるなぁ。
肩書きがあることで負担になるくらいなら「漆やってます」くらいがちょうどいいかもしれません。なので、あえて名乗るなら、今の気分は「ヤマケン木工所の漆芸部」っていう感じ(笑)。職人でも作家でもなく、その間をゆるやかに行き来しながら、自分なりのものづくりを高めていきたいですね。
(了)
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職人か作家か。それは、ものづくりの世界に飛び込んだつくり手の多くがぶつかる壁かもしれません。そんななかで、自分の感性を活かし、職人や作家の壁を軽やかに飛びこえ技術を高めていく山本さんの姿は、とても新鮮で頼もしく感じました。
伝統工芸の世界はもっと自由で柔軟であっていいはず。山本さんからそんなメッセージをいただいたような気がしました。
山本さんの商品はこちらから購入いただけます。
<取材協力>
柄と繪
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