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ボールを投げる、たったそれだけのことについて ピッチングフォーム試論(3)

前回までのまとめ

 ひょんなことから野球の練習に夢中になった文化部出身の、慢性的運動不足のなまくらサラリーマンこと私は、最初のnoteで、正しいピッチングフォームの習得要領として、

上半身→下半身→上半身

 の順序を仮定した。
 なにごとも形から入りたがるのが文化系男子の悲しい性である。

 そして、前回のnoteまでに、上半身のうち「スローイングアーム」つまり利き腕の正しいと思われる動きについて述べた。
 要点をまとめると、

(1)腕を少し上げる「外転」そして「水平外転」によって、ボールを投球方向とは逆の後ろにテイクバックする。その際、水平外転の可動域は30°と狭く、それ以上後ろに無理やり引っ張ろうとすると、肩に負担がかかってしまう。それ以上は決して無理に引っ張りあげようとしてはならない。
(2)曲げた肘から先を上げるように、まるでお辞儀をした腰を起こすように「外旋」させる。「マルを書く」ようなイメージである。水平外転の可動域は30°と狭かったが、外旋ならば60°と幅があるので、水平外転と外旋の合わせ技をもって、腕をトップ(顔の真横の位置)まで持ってくることが可能となる。
(3)トップまで来たら、可動域が130°と広い「水平内転」の動きで、一気に腕が振られ始める。このとき、骨頭が前に転がる。
(4)さらに「内旋」の動きが加わって、腕が鋭く振り切られる。

 となる(詳しくは前回の記事参照)。

下半身の動き概論

 と、ここでいったん上半身のことは忘れて、意識を下半身の動きに移す。
 もちろん、スローイングアーム以外にも、リーディングアーム(利き腕じゃないほうの腕)や体幹といった上半身の課題は山積しているのだが、とりあえず下半身の土台さえしっかりできて、あとはスローイングアームで正しくトップが作れれば、理論上は強い球が行くはずである。

(ちなみに、理論の学習を始めてかれこれ三ヶ月ほど、いまだに私は下半身トレーニングに取り組んでいる。頭で理屈が判っていても、実際に習熟するにはまだまだ先は長いと感じている)

 先にネタばらしをしてしまうと、下半身の理論については、完璧にまとまった一冊の本が存在する。

(いわゆるアフィリエイターではないので私の懐には一円も入らないが、とんでもない名著だと思う。興味のある人にはオススメだ)

 さまざまな理論を見渡していくなかで、これほど体系的に詳しくまとまっている本は他になかった。

 なにしろこの本、ボールを握って振りかぶって投げる、たったそれだけの動作について、まるまる一冊書かれているのである。
 豊富な写真解説とともに、200ページ以上もかけて。
 骨格や筋肉の仕組みなどを交えながら。
 変化球の握りやリリースについてページを割いているならまだしも、この本で投げられるようになるのは、ストレートだけ。
 徹頭徹尾、肩肘に負担をかけず、かつ強く速い球を投げるためだけに、この本は書かれている。
 よくよく考えたら、バカである(褒め言葉)。
 こういう本に出会えるのだから、読書は面白い。

 詳しくは本を読めば済む話なのだが、ざっくり要点をまとめると、下半身の動きには要点がふたつある。

(1)ボールに力を伝えるには、ステップのうちに、受け手に向かって横向きにまっすぐ進んでいく「並進運動」のエネルギーが要る。
(2)さらにその力を増幅させるべく、踏み出した脚の股関節を軸に、骨盤の鋭い回転によって上半身が連動する「回転運動」のエネルギーが加わる。

 以上の二点である。

 最初のnoteで、こんなことを書いた。

 ひと口に「ボールを投げる」といっても、その力の入れようはさまざまだ。両足の裏を地面につけたまま、ノーステップで腕だけを振る「ものぐさ」な投球。少し格好をつけて片脚を上げて、軽く山なりのボールを相手に届ける投球。キャッチボールなら一、二歩の助走をつけて、勢いをつけて返してもいい。ところがピッチャーだと助走をつけるわけにはいかないから、軸足をピッチャーズプレートに触れたままで、全身を連動させて効率よくすべてのエネルギーをボールに集中させる必要がある。

 この「一、二歩の助走をつけて」の部分は、まさに受け手に向かっていく「並進運動」のエネルギーである。目指すところがピッチャーでないのなら、そもそも助走をつけてしまえばそれだけ強い球が行くのは道理だ。
 ピッチャーのようにたった一歩のステップで投げる場合においても、イメージとしては助走をつけるかのごとく、勢いよく踏み出し脚を踏み出すことが望ましい。
 まず大事なのは、受け手に向かっていくエネルギーだ。

 とはいえ、迂遠な話だが、そこに至るまでの過程が、またずいぶんと厄介である。今回のnoteでは、踏み出し脚を上げてから重心を落とすまでをまとめたい。

「オフバランス」から「ヒップファースト」

 まず、踏み出し脚を上げる。筋肉が太腿を持ち上げるエネルギーが、前方に力強く踏み出すための位置エネルギーに変換されるわけだ。
 そして、上げていないほうの軸脚で完全にバランスを取りつつ、そこから投球方向に傾けて、体重のバランスの不均衡を作る。これを「オフバランス」と呼ぶ。

 当然、身体は不均衡を支えようとすべく、位置エネルギーを貯め込んだ踏み出し脚の体重を、ステップする先の地面で一気に受け止めようとする。
 重力に従って「並進運動」のエネルギーが生まれるわけである。

 しかし、ここで重心を落とさずにいきなりドンと脚を着地させてしまっては、腰が早く開いてしまって胴の前面が投球方向を向き、せっかく溜め込んだエネルギーを増幅させる「回転運動」の恩恵が十分には受けられなくなってしまう。

 そこで、オフバランスの段階で、軸脚をわずかに曲げて重心を沈めつつ、踏み出し脚を伸ばしながら、軸脚に沿うように二塁方向に向ける。

 このとき、投球方向に最初に向かっていくのは踏み出し脚でも軸脚でもなく「くの字」形に突き出したお尻となる。
 いわゆる「ヒップファースト」だ。

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 引用元:https://www.mizunoshop.net/f/pn-28BT18010
 断わっておくが私はミズノの回し者ではないし、紹介しても私の懐には一円も入らない。というかこのトレーニング商品、私も普通に欲しい。

 静止画で見ればだいぶ無理な体勢に見えるが、だからこそ「オフバランス」の力が最大限「並進運動」に変換されていく。

思わぬ落とし穴

 さて、この「ヒップファースト」の体勢づくりのために欠かせないのが、次の二点である。

(1)骨盤の内締め
(2)骨盤の前傾姿勢の維持

 言葉で書くと伝わりづらいし、詳しく伝えるには前掲の書を丸ごと一冊転載しなければならないので割愛するが、早い話が、

「姿勢よく投げろ」

 ということだと解釈している。

 文化系男子たる私の永遠の悩み。それは、

「猫背」

 である。
 日がな一日デスクに座って過ごす生活をしていれば無理もないとはいえ、気がつけば背中が丸まり、無理な体勢で仕事をしている。
 猫背というのはラクな姿勢に見えて、じつは肩や腰に余計に負担がかかった体勢なのだそうだ。
 理屈では判ってはいるものの、なかなか矯正する手立ても知らない。

 そうして見て見ぬふりをしていた課題に、スポーツを通じて、いまさらながら直面する羽目になった。

 猫背とは、つまり「骨盤の後傾」である。
 そのままではヒップファーストの動作は導かれず、背中も丸まりがちなので、上半身の胸の張りによる「割れ」の形成も充分には望めないだろう。

 一方、投球における「骨盤の前傾」とは、軸脚股関節を上げた脚のお尻の方向に引き込んで「骨盤の内締め」を導出し、その状態を維持しながら椅子に腰掛けるようにして軸脚を曲げていくことで、上体は姿勢正しく立たせつつ、重心を深く沈める動作である。
 椅子に腰掛けるようなイメージ、さらにいえばスクワットの姿勢に近い。

 スクワットで大腿四頭筋を鍛えるときに、よく、
「膝をつま先より前に出しすぎてはならない」
 と言われる。
「ただ膝を曲げ伸ばしするだけでは『屈伸』に過ぎない」
 と。
 これは、骨盤を前傾させるための鉄則だったのだ。

 骨盤前傾を保って膝をつま先より前に出しすぎない姿勢には、さらにメリットがある。
 軸脚の膝が前に突き出ていたときにはグラグラだった支えが、股関節を引き入れて骨盤を前傾させることで、不用意な回転の抑制につながり、グッと安定するのだ。

骨盤の前傾を意識する

 耳の痛い話だが、こうなったら日常生活から根本的に改善するしかない。

 私が下半身の動作習得にいまだ苦慮している、これが一因である。

 ひとまず日常生活において、座るときには骨盤前傾をつねに意識することを始め、さらに横向きでしか寝られなかったクセを矯正し、なるべく仰向けの正しい姿勢で眠れるように努めている。

 本当はこういうグッズのサポートがあってもいいのだが、いかんせん高額なので躊躇している。
(だから私はメーカーの回し者では以下略)

 そして、より投球動作に近い、そのものズバリの矯正法の動画も見つけたので、毎日のルーティンとして実践しているところだ。

 この矯正動作こそ、股関節の引き入れからの骨盤の内締め、そして骨盤前傾の動作そのものだと思われる。
「膝はつま先より前に出すぎないように」
 との指示もあるし、両手での押し込みはまさに股関節の引き入れ、骨盤の内締めを導いているように見えるのだ。
 投球そのものに興味がない人でも、もし猫背に悩んでいるようなら、この矯正法は試してみる価値があるだろう。

「正しい姿勢」の大切さ

 さて、前回のnoteで、こんなことを書いた。

 ボールを投げる、というただそれだけの行為が、いかに原始的で人間らしいものであることか。

 まさか、運動音痴の私がピッチングフォームについて勉強する過程で、長年のコンプレックスでもあった「猫背」の問題にぶち当たるとは予期してもいなかった。
 どうやら、人間の身体というのは不思議なもので、ニュートラルな、いわゆる「正しい」とされている姿勢をコントロールできてこそ、力学的に効率よく、最大限のエネルギーでボールを投げることができるようだ。

 まさか人間の身体が「ボールを投げるため」に作られているわけでは決してないだろうが、正しい姿勢は「ボールを投げるため」に必要ではある。

 ボールを投げる、たったそれだけのことを通じて、

「生涯スポーツ」

 の意義も分かり始めている今日この頃である。

(つづく)


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