見出し画像

ボールを投げる、たったそれだけのことについて ピッチングフォーム試論(1)

 先日のnoteで「再現することの難しさ」について書いた。

 毎日継続して書いていく文章において、寸分のブレなく文体を確立するのが難しいのと同様に、野球のボールの投げ方ひとつとっても、骨格や筋肉の仕組みを理解して故障を防止しつつ、持ちうるエネルギーすべてを効率よく指先からボールに伝える、それだけのことが途方もなく難しい。

 ひょんなことから小学生の頃以来、野球の練習にハマっている。
 少年野球での定位置はベンチ、途中出場してもライトで八番ーーいわゆる「ライパチ」だったから、子どもながらに早々に諦めもつくというもの。中学以降はほとんど文化部で、運動にはとんと縁がなかったのだから、社会人になって一日の大半をデスクにかじりついて過ごし、押し寄せる中年太りの波に戦々恐々とする今頃になって再びボールを手にすることになるとは、人生は本当によくわからない。

 当初、面白がって好きにボールを投げてみたはいいものの、少年の頃と決定的に違うのは、疲労の回復が極端に遅いことだった。身体も鈍っていて硬く、重くなっているから、力任せに腕を振ると負担が大きい。練習をした翌日、下手をすると翌々日まで右腕の痛みが引かない日があって難渋した。

 おまけに全力をもって投じたはずの球が、見るからにヒョロヒョロで遅い。何かのイベントやバッティングセンターなどで球速を測ったことが人生で二、三度あったはずだが、たしか最高は78km/h、平均は68km/hがせいぜいといったところだ。
 もしかすると、小学生の頃に教わった投げ方はどこか間違っているのかもしれない。人間の肩は消耗品だというし、ただ好きで楽しくやっているだけなのに怪我をしてしまっては元も子もない。なにか、負担の少ない投げ方はないものか。どうせやるならば、せめて人並みに球速も出してみたい。

 そこで、素人なりに「正しいピッチングフォーム」というやつを研究してみることにした。以下は、あくまで自分のためにまとめた覚え書きである。ただの本好きの文化系人間が好きで書いてみるだけなので、興味のない人はスルーしていただいて構わない。逆に、野球経験者で真っ当な競技レベルまで達している人にとっては「何を今さら、言われなくてもそれくらい知ってるよ」というごく初歩的な内容に過ぎないのではないかと思う。書くからには正確を期して書くつもりだが、中には細かなところで誤りが含まれているかもしれない。ただ本論は、複数の理論や映像資料などを総合して、文化系の人間なりに体系的に原理をまとめようと試みるものである。その意味で、私が持てる読解力と編集力を唯一の武器として、書き留めていくことにする。

 幸いなことに、私が小学生だった数十年前と異なり、現代ではインターネットを使って映像での学習・研究が格段にしやすくなった。最新の研究結果を踏まえた指南書も数多く出版されている。

 さまざまな動画・書籍などを漁るうち、私なりに練習のアプローチが見えてきた。

 まず、大枠として、身体に覚え込ませるべき段階を三つに分ける。

 上半身→下半身→上半身

 ひと口に「ボールを投げる」といっても、その力の入れようはさまざまだ。両足の裏を地面につけたまま、ノーステップで腕だけを振る「ものぐさ」な投球。少し格好をつけて片脚を上げて、軽く山なりのボールを相手に届ける投球。キャッチボールなら一、二歩の助走をつけて、勢いをつけて返してもいい。ところがピッチャーだと助走をつけるわけにはいかないから、軸足をピッチャーズプレートに触れたままで、全身を連動させて効率よくすべてのエネルギーをボールに集中させる必要がある。

 ここでは、全力投球の基本となるピッチャーのフォームについて研究してみたい。助走をつけられる内野手のスナップスローや外野手の遠投などは、その応用として後から研究したい、と考えてのことである。

 さて、プレートからたった一歩しかステップできない投手のフォームでは、ただ上半身を使って強引に押し出すだけでは、決して強い球は行かない。下半身と連動させて、鋭い回転を生み出す必要がある。かといって下半身だけに意識を向けていては、肝心のスローイングが疎かになってしまい、フォームがバラバラになってしまうおそれがある。再現性が損なわれてしまうのだ。

 生まれつき運動神経の良い、センスのある人ならば、あるいは全身の一連の動きを知っただけで見る間にコピーし、器用にこなせてしまうのかもしれない。
 しかし、こちとら生憎、運動神経は明らかに悪い文化部出身である。
 少年の頃はライパチである。
 冗談ではなく、幼稚園児の頃は、徒競走で右手と右脚が一緒に出ていたらしい(いや本当に)。

 そんな始末だから、一遍に上半身と下半身の連動を頭に叩き込んだところで、体がついていかない。
 上半身と下半身の動きがあべこべになって、ますますフォームが乱れてしまう未来が見える。
 それはもう、悲しいくらいによく見える

 卑屈な自己分析の結果、自分なりのアプローチとして見えてきた練習の順番が、

 上半身→下半身→上半身

 という流れだったわけだ。

 まず今回は、上半身の動きについて。
 インターネットで動画を漁ってみると、私は早い段階で打ちのめされた。

 とりあえず、この動画をご覧いただきたい。

 小学生の頃から身体に染みついていた投げ方は、まさに悪い例として挙げられている「アーム投げ」「肩投げ」だった。
 これは衝撃だった。
 驚天動地のできごとだった。
 かつての少年野球のコーチを殴ってやろうかと思った。
(元気にしてるかな)

 動画のタイトルにある通り「マルかいてポン」とは多分に感覚的な問題だが、映像と併せて見れば、少なくとも自分の投げ方が間違いであったことは容易に判る。
 少年の私に、テイクバックでは胸を張り「Wの字を描け」と教えてくれたのは、どこのどいつだっただろうか。
 遠心力を利用して、できるだけ遠回りさせて「大きく腕を振れ」と教えてくれたのは、どこのどいつだっただろうか。
 かつての少年野球のコーチを殴ってやろうかと思った。
(元気にしてるかな)

 極端にイメージだけを言えば、少年の頃からただ闇雲に腕を後ろから回して強引にトップまで上げ、右投げの自分から見てボールを切るように「時計回り」させるだけだと思っていた。手首が辿る軌道は、喩えるなら右投手が投げるカープボールと同じような山なりのものだと思っていたのである。よく誤った例として挙げられる「シュート回転」というのは、手首がねじれて反時計回りにボールを切ってしまったいびつな形なのだとばかり推測していた。
 ところが実際はトップを作る手前「マルかいて」の部分で、肩の可動域に逆らわず理に適った動きとして「反時計回り」の動きが入ってくる。シュート回転というのは、地面と完全に垂直なオーバースローなどなかなか存在しえず、わずかにでも体幹を傾けているためにナチュラルにバックスピンにかかる類のものだったのだ。バックスピンの軸が傾けば、投手から見てボールの利き手側の面の空気の流れがスムーズに早くなり、マグナス力が働いてシュートしていくのは道理である。

 さらに詳しい理論は、先ほどと同じ指導者が、こちらの動画で解説してくれている。

 肩肘の骨格の細かな動きについては、次回の記事で詳しくまとめていく予定である。

 下半身を重視する別の指導者の理論では、正しい「トップ」(最初の動画でいえば「マルかいて」の位置)を作ることが重要であって(別の記事にて後述予定)、そこに至るまでのテイクバック動作は無数に存在するから問わない、という意見も見られた。
 とはいえ、少なくとも故障防止の観点からいえば、この「肘を曲げながら垂直に引き上げていく」という動作が身体的に負担が少なそうではあった。
 実際、この方法で投げてみると、肩肘への負担は軽減されたように感じるし、翌日、翌々日の筋肉痛や張りもだいぶ少なくなった。おまけに、鋭くコントロールされた球が投げられる(気がする)。

 下手は下手なりに、まずはこの上半身の動作を身体に覚え込ませていきたい。

(つづく)


サポートは本当に励みになります。ありがとうございます。 noteでの感想執筆活動に役立てたいと思います。