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ボールを投げる、たったそれだけのことについて ピッチングフォーム試論(2)

 人間の肩関節は、なぜこれほどまでに大きな進化を遂げたのだろう。
 知れば知るほど、不思議でならない。

身体について本気出して考えてみた

 机にかじりついて本を読み、文章を書いてきた半生で「自分の身体の仕組み」に自覚的になったのは、初めてではないかと思う。
 ひょんなことから野球の練習にハマり、ボールを手にとって投げる、というたったそれだけのことに、最近は夢中になっている。

 野球少年だった頃に教わったボールの投げ方は、力学的に誤りだったのかもしれない。
 その気づきは衝撃的だった。
 と同時に、ボールを投げるときの身体の仕組みを知りたい、そして負担を軽減して怪我なく、より速いボールを投げてみたい、という欲がふつふつと湧き上がったのだった。

 勉強してみると、人間の肩関節ほど興味深い機構も他にない。
 肩関節は、人間の身体の中で最も可動域の広い、複雑な関節である。
 その動きは、大きく四つに分けられる。

屈曲と伸展

 まず、腕を地面に向けて下げた立位(気をつけの姿勢)から、身体の前方を通って真上まで挙上する「屈曲」。これは180°まで上がる。
 逆に、体側に沿って後ろに持ち上げるのは「伸展」。リレー走者がバトンを受け取ろうとして腕を後ろに伸ばすが、これは60°までしか上がらない。

 ちなみにバトンを受け取る走者がバトンに向けて手首を返したりしているが、これは手首の「回内」「回外」という動きで、実際は手首ではなく肘から先の近位橈尺関節と遠位橈尺関節が働いているため、肩の動きではない。

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幻冬舎GOLD ONLINE「スポーツ整形外科医が教える 肩とその痛みの基礎知識【第5回】」より引用(以下同様)
https://gentosha-go.com/articles/-/9623

外転と内転

 次に、立位から真横に上げていく「外転」。これは真横の90°を経て、屈曲と同じく180°まで上がる。
 一方、胴が物理的に邪魔をしているのだから、内側に動こうとする「内転」の可動域は、当然となる。

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水平内転と水平外転

 ただ、腕が体側より内側にアプローチできないかというとそうではなく、腕を真横に90°「外転」させた状態から、水平に身体の正面(90°)を通って内側にも可動する。これを「水平内転」と呼び、可動域は90°を越えて130°までとなっている。
 同様の状態から後ろに水平移動しようとすれば「水平外転」。この可動域は小さく、30°までとなっている(投球においては、ここが重要)。

 なお、ここでは便宜上、真横に90°外転させた状態で例示しているが、実際には180°屈曲する無数の角度で水平移動が起こりうる。

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内旋と外旋

 そして、肘から先を上げて、腋を締めたまま内外に回す動きにも肩関節が働いている。
 内側に旋回させることを「内旋」といい、胴体にぴったりつく80°まで可動する。
 外側に旋回させるのは「外旋」で、可動範囲は60°まで

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 普段、当たり前のように使っている肩関節だが、よくよく考えると凄すぎやしないか。
 x軸、y軸、z軸方向のかなりの範囲に渡ってカバーできる肩という機構が、ふたつも備わっているのである。

 余談だが、押井守監督のアニメ映画『攻殻機動隊』やその続編『イノセンス』において、義体と呼ばれるロボットや人形たちが、重いものを持ち上げたり引き出そうとしたりして、肩から根こそぎ壊れながらも何とか目的を果たす、という印象的なシーンがある。あの映像がなぜ衝撃的であり印象的であるのかは、肩関節の複雑さ・機能の高さと無縁ではないと思う。

人間が獲得した「手」の使いみち

 いささか大上段に構えるが、進化論的に考えると、四足歩行から解放されて二足歩行を手に入れた類人猿は、それまで前肢(前脚)として使っていた部分を「手」という余剰機能として、自由に使えるようになった。
 それでも類人猿にはまだ、樹上生活をする関係上、肩関節に「懸垂(ぶら下がり)」のための機能が残っていたという。

 ところが直立二足歩行を実現し、地面に降りて生活するようになった人間は、懸垂機能がそれほど必要ではなくなった代わりに、前述したような広い可動域を手に入れた。

 広い可動域を手に入れた人類は、どうしたか。
 やがて道具を使うことを覚えるだろう。
 たとえば火を起こせれば、生活が便利に、豊かになりもしよう。

 しかし、皮肉なことに、自らの存立すら危うくするような発展も遂げる。
 石を手にすれば、その複雑な肩の機構を使って、投げたくもなるだろう。
 投げたら、どうなるか。
 遠くのものに影響を及ぼせる。自分の手は汚さずに、遠くのものを傷つけたり、壊したりできる。
 武器の誕生である。
 人類が、そのプリミティブな闘争本能、狩猟本能によって決定的な進化を遂げたとする仮説を「狩猟仮説」というらしい。
 映画『2001年宇宙の旅』の冒頭で、類人猿が骨を手にして武器にできることを覚えるシーンは、多分に示唆的である。争いに勝った類人猿は、雄叫びを上げて手にした骨を空に「放り投げる」。そこから宇宙のカットへと移っていく。

 ボールを投げる、というただそれだけの行為が、いかに原始的で人間らしいものであることか。

理に適ったスローイングアームの使い方試論


 そして現代に至り、アスリートの投げるボールの平均速度は年々上がっているという。今年の夏、160km/hを超える高校生ピッチャーが現われたと話題になったのは記憶に新しい。

 それもこれも、工学的に「正しい」とされる、エネルギー効率のよい投げ方が日夜研究され、情報化社会において、その成果を誰でも勉強することができるからだろう。

 私なりにいくつかの理論を総合した結果、スローイングアーム(利き腕)の肩関節の動きについては、多少の差異はあれど、最も理に適っているメカニズムは以下の四点に集約できると考えている。

(1)腕を少し上げる「外転」そして「水平外転」によって、ボールを投球方向とは逆の後ろにテイクバックする。その際、水平外転の可動域は30°と狭く、それ以上後ろに無理やり引っ張ろうとすると、肩に負担がかかってしまう。そこで、次の動作(前の記事で言うところの「マルかいて」の部分)に移行する。
(2)曲げた肘から先を上げるように、まるでお辞儀をした腰を起こすように「外旋」させる。水平外転の可動域は30°と狭かったが、外旋ならば60°と幅があるので、水平外転と外旋の合わせ技をもって、腕をトップ(顔の真横の位置)まで持ってくることが可能となる。
(3)トップまで来たら、可動域が130°と広い「水平内転」の動きで、一気に腕が振られ始める。このとき、骨頭が前に転がる。
(4)さらに「内旋」の動きが加わって、腕が鋭く振り切られる。

 ちなみに、腕が「振られ始める」「振り切られる」と受動態で書いたのには意味があって、この動きには肩や腕の筋肉ではなく、下半身の回転が強く関わってくるからだ。

 上半身の、それもスローイングアームの肩関節だけでも、これだけ複雑な動きをしているのである。実際は、これにリーディングアーム(利き腕ではないほうの腕)や下半身などの動きも関わってくるのだから、面白い反面、運動神経の鈍い私としては、ややこしくて頭を抱えたくなってしまう。

 リーディングアームや下半身の詳しい動きは次回以降の記事に譲るとして、勉強も練習も日進月歩。今夜もトレーニングをして、プロテインを飲んで寝る私である。

(つづく)


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