#10【最後のお散歩デート:2】

本当に気持ちのいい天気だった。
春の訪れを感じる、素晴らしい日だった。
 
 
祖母の足取りは、天気に触発されてか
家にいる時より数段軽かった。
 
 
とはいえ、今まで知ってた祖母と比べれば
5倍は遅かった。
 
 
典型的な大阪のおばちゃんである祖母は
競歩選手並みに、歩くのが早かった。
それを考慮しても、だ。
 
 
体調が悪い時に一緒に歩いたりすると、
私が息を切らすレベルで早歩きなのだ。
 
 
しかし、100メートルほど歩いて、
明らかに祖母の顔に疲れが見えた。
まだ、目的地まで1/3程度だ。
帰路も考えると、1/6にもなっていない。
 
 
「おばあちゃん、やっぱ帰る?」

「いや、休んだら歩ける。
外歩けるなんて、後何回あるかわからんからな、
歩ける時に歩きたいんや。」
 
「わかった、ちょっと待っといて!!」
 
 
道端に祖母を置き去りにし
全力疾走で一旦家に戻り、
肩にかけて持ち運べる袋に入った
折りたたみの椅子を倉庫から引っ張り出し
また祖母が待つところまで走った。
  
 
「椅子!持って来た!長期戦!」
 
「放置されて走って帰って、
めっちゃ笑顔で走って来たから
何事かと思ったやん!」
 
 
やっぱりそういうところがちなつやわ
と言われながら、めちゃくちゃ笑われた。
 
 
多分、呆れられたんだろうけど
こんな嬉しそうな笑い方をするのは
うちの家に来て初めてだったので
私も、嬉しくて、つられて笑った。
 
 
本当のところは、胸が締め付けられる思いだった。
 
 
椅子のことを思いついて
家に向かって走っている途中、
祖母がここまで弱っているのかと
私は、後何ができるのかと
無力感に襲われていた。
 
 
椅子を背負って戻って、
祖母に笑われた。
 
 
でも、そこで気がついた。
 
 
確かに、時間に逆らうことも、
ガンを止めることも、
そのスピードを追い抜くことも
できっこない。
 
 
でも、これからの祖母との生活の中で
あんな笑顔を後何回、見ることができるか
それだけを考えよう。
 
 
それだけでも、私はいいのかもしれない。
 
 
奇を衒うようなことはしていない。
 
 
この散歩をすることになったのも、
椅子を持って行って、笑われたのも。
 
 
自分のない頭で考えて、
あるものだけで起こした出来事。
 
 
春の陽気さにつられての、
祖母の「ええ天気やなぁ」という発言に、
偶然、振込の用事があったことや
BBQ用の折りたたみ椅子があること。
 
 
それを感じ取って、組み合わせて
自分なりの答えを出しただけ。
 
 
それだけで、自分が大好きな人の
あんな笑顔が見れるなんて。
 
 
私は、幸せだった。
 
 
でも、涙は隠せなかった。
おばあちゃんも、気付いていたけど
触れないでいてくれた。

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