『怪獣保護協会』(ジョン・スコルジー)の感想(ネタバレなし)

※書影利用不可ということなのでリンクだけ貼らせていただきます https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784152102591

 SF小説が好きです。生物の本が好きです。その2つの好きをどちらも満たしてくれたのが春暮康一の『法治の獣』『オーラリーメイカー』といった生物学SFでした。どちらもおもしろすぎたせいで落ち着いて読めなかったほどだったんですが、それはまたの機会に話すとして、本書も怪獣という、考えてみればお前も十分SFだな?という生き物を(ちなみに特撮作品の怪獣はよく知りません)SF作家(寡聞にしてこの本を手に取るまでジョン・スコルジーの名前は知りませんでした)が題材にするということで読んでみたんですよ。

 結論から言うと、春暮康一のようなハードSFではありませんでした。そしてめちゃくちゃおもしろかったです。いやどっちが良いかって言われると困るんですが、少なくとも本書に関してはとんでもなく美味しいスナック菓子と言えると思います。試しに買ってみて家で食べたら次の日にはまとめ買いしてしまうような。いやすいません、作者本人が後書きで軽快でキャッチーなポップソングと言っているのを別の言葉にしたかったんですが、うまくいってないようです。まあとにかく、そういうノリです。

 ではノリが軽いからと言って怪獣というものが単にいてそれに対処しているかというとそうではなく、怪獣保護協会──KPS(カウジュウ・プリザヴェイション・ソサエティ)──の名前が記す通り生物学・物理学・地質学などの専門家がチームを組んで仕事をしてますので、興味深い生態や環境が次々明かされていきます。自分が特に好きな設定に「怪獣は大きすぎて狩りができない」というのがあり、エネルギーは体内の原子炉(!)で作っているが生物としての栄養は必要。しかも巨体を支えるくらいの。ではどうしているかというと……これは本書を読んでのお楽しみということで。なんにせよ、そのへんがうまく解決されているわけですが、もし怪獣が狩りをするとなると、怪獣よりも小さくて弱い、しかし腹を満たす程度には大きな動物が必要になってたはずです。そういう被捕食者がいるのは食物連鎖を考えるうえでは自然なことですが、しかし怪獣は特別な存在です。他の生物より、群を抜いて巨大で、強くて、ただそこにいること自体が異質だと思わせるような、強烈な存在感がなければいけません。いくら狩りの対象とはいえ逃げ回る一回り小さい生物なんていてもヴィジュアルとしても邪魔になるだけです。そこをうまく解決しているのが「怪獣は大きすぎて狩りができない」というわけですね。では彼らの鋭い爪や牙や触手は出番がないのかって? もちろんそんなことはありません。彼らは怪獣であり、本書は怪獣小説なのです。

 そして怪獣だけでなく、人間たちも負けず劣らず魅力的でした。これは本当に嬉しい誤算でした。某ハリウッド怪獣映画を観ていて「怪獣戦闘シーンは良いけどヒューマンドラマシーンはしょうもないなあ」なんて思ったことがありましたから。しかし本書はそれこそ初代ゴジラのように人間ドラマが中心になって──ああ、すいません白状しますとあの古い映画は観たことはないんです。ただそう評しているファンがいたものですから──います。先に言っておくべきでしたが、そもそも一人称視点の作品なので地の文で長々と説明が入るなんてことなく、前述した怪獣の生態や様子なんかも人間同士の軽妙な掛け合いや主人公の個人的な感想がすべてです。それこそジョークや皮肉がどんどん出てきます。中には海外(というかアメリカ)ミームだと思われるわかりにくいのもありますが、とにかく笑いながら読めることは間違いなしです。ノリとしてはMCU映画のコメディシーンに近いかな? なんだったら、主人公が怪獣を知る前の段階で自分はすでに引き込まれました。どんな仕事をするかもわからず飛行機の待合室で三人の同期と話をしているだけでもページが止まりません。この三人の同期に少し触れておくと、全員が主人公と同じKPSの新メンバーであり、博士号を持った専門家です。一方で主人公はSFオタクの単なる雑用係なのですがのけものにされるわけでもなくチームの一員として奮闘し、同じく博士号を有していないであろう読者としても自然と親近感を覚えます。

 本書のもう一つの特徴として、これら個性的で魅了的なキャラクターを作り上げておきながら、実は外見描写については詳細なことが書かれていません。怪獣も人間も。訳者のあとがきを読むまで気づかなかったことなんですが(これは恥ずべきことです)、主人公の性別すら最後まで明かされないんです。主人公の名前はジェイミー……男性でも女性でもあり得る名前です。彼(彼女)と共に行動する人たちも、前述した三人の同期含めて女性や男性といったことが触れられるだけで、体格や髪型、年齢、人種などはほとんどわかりません。間違いなく意図的でしょう。そこをうまくイメージできずに読むのが辛かった、という人もいるみたいです。自分は頭の中であまりイメージしないままページをめくるので大丈夫でした。むしろキャラクターの外見を描写せずにここまで魅力的なキャラクターを作り出せることに驚きすらあります。もしも読んでいてその部分が気になって入り込めないようでしたら、いっそ自分で好きにキャラクターをイメージしていいと思います。自分はジェイミーをずっと男性だと思って──勝手に思い込んで──ましたし。絶対映画化してもおもしろい作品になると思うので──ダン・ブラウンシリーズと違って!──映画プロデューサーになった気分で彼らがどんな姿なのかを好きに配役しちゃいましょう。あなたは、本書の魅力的な怪獣や人間に対してどんなイメージをしましたか? 読み終えましたらぜひ教えて下さい。
 



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