プロレスを■した者たちへ
プロレスリング『獅子』社長は、先の無観客試合におけるリング禍について「全て筋書きに沿った演出」と説明。王者含む四名の死の事件性を否定した。
「良かった、演出か……」
王者・益荒男の死を聞き、泣き崩れた友人の顔は今も忘れられない。獅子プロは明後日の興行開催を確約し、友人含む数多のプロレス通を安堵させた。
あなたは忘れるはずもない。
その友人が特に推しているマスクマン、ケビイシが会見の場に現れた事。
「俺が、王者を殺した犯人を捕まえます」
と宣言し、その場でマスクを脱いだ事。
ケビイシの素顔に、友人が酷く驚いていた事。
その正体を知る者は、この会場にあなただけだ。
「サム・ルィーが刀を抜いたぞ!」
友人、叫ぶ。
初めて観るケビイシの試合は強烈であった。
試合も終盤。対戦相手のルィーが刀でレフェリーを斬り捨て、更にケビイシへと斬り掛かったのだ。明確かつ残虐な反則行為に悲鳴……
「あれは!」
すらも!掻き消すほどの驚愕!
SNS上で拡散された映像が脳裏に浮かび上がる。
ルィーの一太刀を躱したケビイシはその場で跳び上がり、ルィーの頭上より更に遥か高みから、頭を両脚で蹴り抜いた!これはあの益荒男が得意とした、落雷ドロップキック!
「死んだ王者の技を」
友人が涙している。「ケビイシに出来ない事は無い」と語る友人の言葉に、嘘偽りは無い。
リングサイドに転がるルィーが、その場で切腹したのをあなたは観た。
「ルィーは負けると腹を切るんだ」
友人の解説は素早かった。
「俺は、約束します」
ケビイシのマイク。決意の口上が空間を支配し、観客が息を呑む。
あなたは知るはずもない。
あなたの自宅に今、チャンピオンベルトが届けられた事。
「犯人を捕らえ、そして、盗まれたベルトを、絶対取り返します!」
万雷の拍手と歓声が、全ての音を掻き消した。
微かに友人の声が聞こえる。来てよかったか?と。
何と応えたか、もう思い出せない。
すぐに次の試合が始まろうとしていた。
【続く】