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ペーパーなのに山道走ってブレーキ効かなくなって死を覚悟した話<#3>

新聞社に入社して間もなく1カ月。
初めての休日出番で、しかも強面のキャップと2人だし肩の力は入ったまま。
そのうえあろうことか命の危険まで感じた1日。
え、世間ではゴールデンウイークらしいぞ。は?

……神様。私、前世で何か悪いことしましたか……?

運転免許は大学1年の夏休みにとったきり、1度もハンドルを握らないまま社会人になった。
(正確には、実家に帰省したとき庭で親の軽自動車を動かしたことがある。助手席に座っていた幼稚園生の甥っ子が、命の危険を感じて降りた。)

記憶はおぼろげだけど、新聞社に内定をもらったあと「運転免許を取っていないは入社までに取ってね。ペーパードライバーの人は春休みの間で運転練習をしておくように」って人事部から通達されていた気がする。

そんなこと言われても、大学生最後の春休み。
1カ月半、遊びに遊んで実家に帰省したのは3月26日。そこから新居探しして引越ししていたら、全然運転練習の時間なんか取れなかった。まあ自業自得なんですけど。

4年弱ぶりの運転で、しかも本社がある県庁所在地なんて、中学生の頃に部活の試合で行ってたぐらい。
路面電車も走っているし、実家がある市と比べたら車線も多いし複雑で、ここを運転できる気がしなかった。
どうにか運転しなくていい理由を考えていて、入社後に「宗教上の都合で、運転ができません」って上司に言おうかと本気で思っていた。母に相談したら一蹴されたので、言わなかった。

4月。新人研修を終えて警察担当に配属となった。
同じく警察担当の配属になった同期(男)は、春休みに運転免許をとったばかりだったのでいち早く自分の持ち場の署周りを始めた。
ペーパードライバーの私は数日間運転練習を命じられたため、数歩出遅れることとなる。

それも終えて、やっと独り立ちできることになった。
担当の所轄署に挨拶にまわって、「やっと同期に追いつける」とか
地方紙は、全国紙の記者のよりも数週間~数カ月早く署周りを始められるから「早く警察の人と仲良くならなきゃ」って、まあ、それなりに意気込んでいた気がする。

夜の署周り終えて、帰宅するんだけど、昼間に走る感覚と夜中に走る感覚が違い過ぎて、20分で帰れる道を4時間ぐらいかけて帰ったこともあった。
交差点をどうしても左折できなくて(?)、大きなパチンコ店の駐車場に入っては出て、入っては出て……を繰り返し、車の中でスマホのGoogleマップとにらめっこ。

家に着いたのは深夜3時。
疲れすぎてそのまま寝る。まあ、次の日の朝、寝坊するんですよね。
これが人生始めての寝坊なんだけど、これが、最も遅刻してはいけない取材の日だったんだわ……(ため息)。
23年間、寝坊も遅刻したこともない、友人の待ち合わせでも10分前行動厳守、メイクしたまま寝落ちした回数0回、の私にとって、ありえない失敗だった。

そうやって数々の失敗を積み重ねていくうちに、私の精神が徐々に徐々に傾いていき、順調に「ゆとり・ポンコツ・へたれ」の3拍子揃った新人記者が出来上がっていくこととなる……。
神経質で完璧主義なタイプは、新聞記者には向いていません(※個人の感想です)。

GWの休日出番が当たったのは、そんな散々なサツ担スタートを切った数日後のこと。

「休日の警察署ってこんな感じか~」とか思いながら、ソファーでぼーっとしていたら
同じく休日出番だったキャップからメール。
「▲▲トンネルで出火。現場に向かって」とのこと。

ひょ~トンネル火災?!やばい!

急いで駐車場へ。
この約1週間共に過ごしてきた相棒、アルトちゃんのもとへ。
(白ボディでかなり古めの軽自動車。よく電力会社とかがリースで使う典型的なやつ)

Googleマップで▲▲トンネルを検索。
・・・・・・・ここから車で1時間40分??

隣市との境にある当該トンネルは、山道を登って行った先にある。
人生で初めて、車で山道を登った。
「こんな傾斜のきつい山道をさ、こんな軽自動車で走るのって無理じゃね?」
車には全く詳しくないが、ちょっとこなれた風に毒づいてみたりした。

道中、なんども路肩に停めて後続車に道を譲りつつスマホで現在地を確認しつつ、ぐねぐね山道を登っていく。

~~ちっちゃいころ、父さんの運転で、山にわらびとか採りに行ってたな~~あんときもこんなグネグネ曲がる山道で~そのたびに体が左右に振られて母さんと爆笑して~~~

なんて感傷に浸っていたら、対向車線で消防車とすれ違い、はっと身が引き締まる。
心なしか、混んできた?車進みにくくない?もしかして通行止めしてる?え?なんか焦げ臭い気がする?!なんて思っていたら、キャップから電話。

路肩に停めて電話に出ると、どうやら、火事ではないとのことだった。
トンネルの入り口付近ですれ違い様に、車と車のサイドミラーが接触。
ドライバーがトンネル内にあった「緊急通報ボタン」的なところから通報。
そこから「トンネル内で火災」という一報になったそうだ。

あと10分ほどでトンネルに到着する距離まで山を登っていたので、そのまま道を進み、現場のキャップと合流。

トンネルを抜けた先にある広場には、数台の消防車やパトカーが停まっていた。
心なしか隊員さんたちは、「な~んだ、接触事故かいな」みたいな顔をしていた気がする。

キャップは、山道を1時間以上登ってきた徒労感を感じさせない人で、「また持ち場に戻るか」と淡々とその場を切り上げた。
なんてことはなかった臨場にほっとし、キャップに別れを告げた。

帰り道。すなわち、下り坂だ。
人生初めて、車で山道を下る。
ああ青い空と街並みがきれいだなあ。結構高いところまで登って来てるんだ……。
行きと同じように、路肩に入って道を譲りながらゆっくり帰ろうと考えていた。

しかし、下り車線に路肩はなかった。代わりにあるのは切り立つ崖。
徐々に上がってゆくスピード。きついカーブを曲がる恐怖。車線の左はもう森、ってか崖。

どんどん空いていく前の車との車間。
でも、路肩はない。アクセルを踏むという行為は怖くてできない。

バックミラーで後続車を確認する。やっぱり、私のせいで詰まってます?
プレッシャーをかけるように、後ろにピッタリ引っ付いているのは白いレク●スだった気がする。以来、白いレク●スを見かけると心の中で中指を立てています。

カーブのたびにブレーキを踏んで、遠心力に負けないように曲がる。
怖い。頼む。はやく路肩来い路肩来い路肩路肩路肩路肩路肩路肩路肩……

願いむなしく路肩が現れる様子は一向になかった。

その代わりに、右足の感触がおかしくなっていることに気が付く。

ブレーキペダルが奥まで踏み込められなくなっている。
え?

あーーーーこれ、ブレーキ壊したーーー?
坂道下るときって、なんかに入れるってやったな~あ~~~~~~
セカンド?ニュートラル?あーーーわかんないーーーーーー

パニックに陥った私は、教習所で習ったおぼろげな記憶を頼りに、ギアを一気に一番下まで引き下げた。

ガコッ

足元からヤバそうな音がした。

踏み込みにくくなっていたブレーキペダルは、さらに何か異物が挟まったかのような固さになり、もう1㎝の深さでさえ踏み込めなくなってしまった。

踏んでも踏んでも、ペダルは沈まない。もちろん、減速も効かない。

あ、死んだわ。

バックミラーから感じるレク●スの殺気立ったイライラ。

踏んでも踏んでも動かないブレーキペダル。

車線の向こうに生い茂る木々。

その向こうを突き抜けてしまったら……。

あ、死ぬわ。

頭の中では意外と冷静に、車を停める方法に考えを巡らせていた。

――このままサイドブレーキ上げる?いやいやそんな急ブレーキしたら、後ろのレク●スがぶつかってくるやん、レク●ス傷つく、レク●ス怒る、はい損害賠償。無理!

――あ、コナンで走ってる車を停めるやつあったな~。新一と平次が機転きかせて、おっちゃんの車をぶつけて止めるやつ。いや、ってあれ、もいっこ車いるやん~~~w

――007方式で行くか?ガードレールに車の側面をこすり続けたら摩擦で止められる?いや待てよ、これ社用車やん、無理だ。あれだけ新入社員研修で事故起こすな起こすな言われたし。無理だ無理。むりむりむり

そうこうしているうちに、だいぶ山を下って来ていたのか
民家が数件向こうの方にあるのが見える、開けたところに出た。
路肩とガードレールを発見。
ウィンカーを出し、とにかく思いっきりブレーキペダルを踏みしめると徐々に減速。
ガードレールスレスレのところで、なんとか停まることができた。

危機一髪ってこのことか。
危機一髪の「ぱつ」って「髪」の理由が身に染みてよく分かったような気がするような、よくわかんない感想を抱いた覚えがある。

ひとまずキャップに電話を入れる。
キャップはちゃっちゃと山道なんか下って、県警記者クラブにおいでのようでした。
とにかく謝り、迎えに来てほしいと懇願。

数十分後に、キャップが到着。

キャップは「ちょっと待ってて」と言い、細い川がせせらいでいるのを眺めながら一服かました後、
私のアルトのボンネットやブレーキペダル、ギアを確認。
「オレはこれに乗って帰るから」と言ってさっそうと去っていた。

残ったのは、私と、キャップが乗ってきたアルト。それに乗り込んで、安全に帰路に着いた。
煙草の香りがする車内で、やっぱりブレーキってこれぐらい踏めるもんだよね、私危ないところだったんだよね、と言い訳がましく独りごちながら
車内でかかっていたラジオニュースを聞き、あ、サツ担は速報流れるかもしれないからラジオニュース掛けとかなきゃいけないんだと学んだ。


週明け。
修理を終えて帰ってきたアルトで、早速ラジオニュースをかけるような、そんな真面目で優等生な新人では自分はないことに気が付いたのだった。

<続く>


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