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【小説】 超能力ノート (3)

 事件の後、『日本の超能力者』は爆発的に売れた。

 超能力に半信半疑だった人も、著者のみならず関係者が死んだことで、この本には危険な事実が書かれているのではないかと考えるようになり、手に取り始めたのだ。

 マスコミはある可能性に期待を寄せていた。過去に研究所を訪れた超能力者たちが名乗り出ることである。彼もしくは彼女はどうしようか迷っているかもしれない。ある出版社は、個人の秘密を守ることを前提に、研究所から超能力者として認定された人たちに向けて、取材をさせてほしいと呼びかけた。しかし、何件かの冷やかしがあっただけで空振りに終わった。

「彼らは、自分が持っている能力に悩み、研究所に相談し、アドバイスを受けたり、励まされたりしたはずです。なぜ、こんなに酷い事件が起こったのに、沈黙しているのでしょう。義理や恩義を感じる心がないのでしょうか。ネズミみたいにコソコソしていないで、危険を冒してでも名乗り出て、捜査に協力すべきだと思います」
 テレビではコメンテーターがそんな風にまくし立てていた。

 木造アパートの一室でテレビを見ていた男は、ついカッとなり、そばに置いてある湯呑みを破裂させた。

 彼の名前は森川太地、研究所の警備員である。研究所には10歳の時にお世話になり、中条教授のアドバイスを得て能力をコントロールできるようになった。地元の山形県で中高時代を過ごした彼は、工業高校を出て車の整備士になるつもりでいたが、教授がテレビに出ているのを見て、研究所の警備員になることを思いついた。その後は研究所の安全を守り、たまに実験に協力するという立場に満足していた。

 森川が勤めていたこの10年間、大きな事件もなく平和な日々が続いていた。そんな時にあの本が出版された。嫌な予感がした。超能力を悪用しようとする者が研究所にある情報を狙うのではないか、と考えたのだ。そう忠告した時、教授は「心配ない」と言った。情報は難しい暗号で記録されているし、「いざという時は、君がいるじゃないか」と笑っていた。しかし、森川は教授を守ることができなかった。

 退院後の事情聴取は時間をかけて行われた。生き残った者が怪しまれるのは仕方ない。それにしても心外だった。森川は超能力者であることを隠し、それ以外のことについては正直に話した。そして、「僕たち警備員が乾杯に呼ばれた時点で何かがおかしいと気付くべきでした」と無念そうに声を絞り出した。

 森川は湯呑みの破片を片付けた後、ソファにもたれた。間取りは2DK、八畳の部屋に布団、テレビ、テーブル、古びた一人掛けソファ、箪笥、四畳半の部屋にパソコン、本棚があり、ベランダからは森が見える。
 失職した今、求職活動をしなければならないが、日本中を騒然とさせたあの研究所に勤めていた人間を雇うところがあるかどうか。

 その時、ピンポンという音がした。ドアスコープから覗くと、痩身の女性が立っていた。両眼の下に黒子がある。自分と同じく生き残った新人助手、吉野明日子だ。事件以来、2人は会っていなかった。

 森川はドアを開けた。
「どうしたんですか?」
 吉野の顔色は青白かった。
「すみません、突然来てしまって」
「顔色、悪いですね」
 森川は吉野のことを疑い、彼女の動向を気にしていたが、連絡先を知らないので、こちらからは会いに行けずにいた。ただ、もうすぐ四十九日法要である。そこには姿を現すだろうと考えていた。

 ドアを開けたままでは込み入った話もできない。吉野を中に入れると、ソファを譲り、自分は床の上に座った。

「まず一つ、言っておきます」
 吉野は静かに言った。
「わたしは犯人ではありません。わたしも最初は森川さんのことを疑いました。でも、違った。わたしたちは強力催眠もドミネーションも使えません」
 森川は苦笑した。
「いや、分かってるよ。吉野さんを犯人だなんて疑っていないから」

 と、ここまで言ってハッとした。もしかしたら吉野はテレパシーを使えるのではないか。だとしたら、自分の心は読み取られていて、正体もバレているのではないか。

「はい、森川さんがサイコキネシスを使えることは知ってます」
 吉野はあっさりと言った。
 森川の心臓は激しく鼓動した。今にも体がぐらつきそうだったが、何とか平静を装った。
「そうか」

「でも、必要以上に心を読み取ってはいません。私は自分の力をコントロールできます」
 吉野の口調は見かけによらず自信ありげだった。
「コントロールできるのなら、必要以上であれ必要以下であれ、俺の心を無断で読み取るのは止めてもらいたい」
 森川は咎めるように女のことを見て、ピシャリと言った。
「わかりました。すみません」
 吉野は頭を下げた。

 森川は立ち上がり、2人分のお湯を沸かし、インスタントのコーヒーを入れた。コーヒーの匂いを嗅ぐと心地よくなり、気持ちが落ち着く。

 コーヒーを出すと、森川は切り出した。
「ここに来た理由は?」
「ここに来た理由」
 吉野は相手の言葉を繰り返し、間を置いた。
「わたしと一緒に、犯人を捕まえてほしいんです」

(続く)

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