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『千年女優』感想(ネタバレあり)

6月からNetflixで今敏監督の『千年女優』が配信になった。同監督の『パーフェクト・ブルー』は何度も見る程好きな作品だったが、他の作品は見よう見ようと思いながら手付かずだったのでようやく鑑賞した。


あらすじ

主人公の藤原千代子が少女時代に出会った"鍵の君"という好きな人に再会するため追いかけ続けるという話だ。
芸能界を引退して久しい千代子が、30年ぶりに取材を受けることになった。熱烈なファンだった立花は、カメラマンの井田と共に千代子の家を訪れる。立花はインタビューの前に小さな鍵を差し出す。
それは若い頃に千代子がある絵描きから預かった「一番大切なものを開ける鍵」だった。千代子はその「鍵の君」に恋し、彼を探して女優になった半生を語りだした。
しかし、話が進むにつれ、彼女の半生の記憶と出演映画の世界が段々と混ざり合っていく……
(参考:Wikipedia、https://ciatr.jp/topics/309181)

全体感想

まず初見時に面白いと思った点は立花と井田の存在だ。この映画は千代子の語る鍵の君を追い続ける半生と出演映画の物語がどんどん混ざり合っていくのが特徴だが(wikiでは幻想世界と名付けられている)、この幻想世界にインタビュアーである立花とカメラマンの井田も登場しているのが面白い。
特に井田が「いつから映画の話なん?」「どこが馬賊やねん!」など観客目線のツッコミを言うのが面白かった。言うタイミングも観客が思ったタイミングでちゃんと言ってくるのが上手いなあと感じた。応援上映だったら「私もそう思うーー!」と確実に言っていた。
現実か虚構かどちらか分からなくなっていく演出は前作『パーフェクト・ブルー』でも行われていた。しかし、今作ではその演出に井田という観客寄りのセリフを言うメタっぽい存在が加わったことでどこか可笑しさがあるというか、ポップな感じになっているのが好きだった。(前作は前作でしっかりサイコホラーになっているところが大好き)しかも観客の映画への没入具合にシンクロするかのように、井田の振る舞いや表情も千代子の人生に寄り添うようになっていっているのが分かるのがよかった。
また、立花が幻想世界で千代子のピンチを助けるお助けキャラになっているのは、漫画やアニメのキャラに自分がなったときを妄想するやつみたいで親近感が沸いたし愉快で好きだった。私もいまだにそういう妄想をするので。

千代子が生涯恋焦がれる相手、鍵の君の声優を務めた山寺宏一が最高だった。鍵の君は最後まで顔がはっきりとは見えないため、顔以外の姿形と声だけで千代子が恋をした相手を想像しなくてはいけないのだが、そういったキャラクターに対して100点満点の声をしてます。
山寺宏一は『カウボーイ・ビバップ』のスパイク然り、『新世紀エヴァンゲリオン』の加地リョウジ然り、ちょっと詩的でスカしたセリフを言うキャラがめちゃくちゃ合う。スカしてて、ともすればクサくなっちゃうところをギリギリのところでかっこいいキャラにしてくれる。
「満月は次の日から欠けてしまうけれど、14日目の月には、まだ明日がある。明日という希望が」
こんなセリフ言ってクサくならないの山寺宏一くらいだよ。そりゃこんな人に会ったら好きになっちゃうよね~という説得力も申し分なかった。

そしてなによりも素晴らしいのは作画で、よくない瞬間がない。
この作品は「走る」映画だ。それはもうフォレスト・ガンプ並みかそれ以上に走る。技術面について詳しいことは私には分からないが、走る場面の作画の説得力が凄まじかった。
特に井上俊之さん原画の、駅に向かった鍵の君を追いかけて雪の中を走る千代子のシーンが本当に素晴らしい。一度転んで立ち上がるところの身体の踏ん張り具合が本当に雪道で転んだときの人間の描き方で感動した。

ラストのセリフについて

この映画は千代子の死で幕を閉じる。ただひたすら一途に鍵の君を追いかけた千代子の人生最後の台詞(=作品のラストの台詞)がこれだ。

「だって私あの人を追いかけてる私が好きなんだもの」

初見時は(パーフェクトブルーの最後の台詞『私は本物だよ』のように)最後に狂気を一つまみという感じが今敏だなと思ったのと同時に、恋に恋する女は怖いなあと思った。

だが、2回目に見たときにガラッと印象が変わった。
この映画は極端なことを言うと、千代子がただただ好きな人を生涯追いかけ続ける。それだけの映画だ。文字通り千代子が走って、追いかけて、転ぶ、その繰り返しをひたすら絵で見せていく。しかし、結局好きな人はもう亡くなっていた。冷たいことを言うと、何も手に入れられないまま人生を終えてしまったのだ。

だけどもそれって人生と同じことだよなと気付いた。
千代子の場合は恋愛だったが、自分の夢や理想、そんなたいそうなものではなくとも日々のちょっとした目標などに対し、走って、追いかけて、失敗して、転んで、立ち上がって、また走り始める。その繰り返しが人生そのものなんだと思う。そのことに気付いたとき、なんて前向きな映画なんだろうと胸を打たれた。
たとえ走り続けた先に追い求めたものがなくても、何も手に入れられなくても、それは虚しいことではなくて、頑張った自分を肯定する。それってすごくポジティブで、最高の人間賛歌だと思う。
ラストのセリフは好きな人の顔も思い出せなくなってしまった千代子が人生最後に自分の人生丸ごと肯定できたことを示しているのだと思った。

自分はたくさん映画を観てきているわけではないが、こんなにも人生そのものを肯定している映画は観たことがない。私が今まで観た映画の中で1番人間賛歌、人生賛歌の映画だと思った。


私は今25歳で、特に夢もなくただ毎日好きな映画や漫画、音楽を楽しんでいるだけの日々を過ごしている。
「この作品が面白かったから監督のデビュー作から追ってみよう」「この曲が良かったから他のアルバムも聴いてみよう」など、自分なりに好奇心と探究心を持って好きな趣味を追うのはとても楽しい。だが、こんなことをしていても何の身にもならないな、とふとした瞬間に冷静な自分が語りかけてきて虚しくなるというか、こんなことばかりしていて良いのだろうかと思うときがある。(決して役に立つために見ているわけではないが)

好きなミュージシャンがあの名曲をリリースしたのが今の私と同い年だとか、活躍している芸能人やスポーツ選手がどんどん年下になっていくだとか、そのようなことに気付くたび自分が何者にもなっていないことを思い知らされ、憂鬱になる。
また大学の先輩や同期が仕事を頑張っているのを見たり、未来のビジョンを見据えて努力したりしているのを見るたび自分を省みて得も言われぬ不安に襲われるばかりだ。

でも、それでもいいんじゃないかと思えた。身になるものが何もなくても、そのとき好きなことに対して正直に生きているだけで十分だと、人生はいいものになるんじゃないかと、そんな風に思えた。
常にこんな風に考えられないし、これからも不安になってばかりだと思うが、きっとこの映画を観返すたび、自分の人生への肯定とささやかな元気が貰えるだろうと思う。私にとって大切な映画の一つになりました。


(鑑賞日:2022年6月6日)

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