男性性・女性性から読み解く万物の成り立ち
『自分を幸せにしてやろう』
『自分に体験させてあげよう』
という言い回しを僕が知る目覚めている人はよく使います。
“幸せにしてやろう“とは志。
“体験させてあげよう“とは志。
その志は誰の為か。
それは
現実の自分ですね。
目に見える現実とは女性性(八・地)です。
現実に生きている現象としての自分(女性性)を
“幸せにしてやろう“と思うその目には見えない志が男性性(三・天)です。
このことからも
天の目には見えない存在(神々や仏や天使たち)は
地球で現実に現れている(生きている)僕らに
“体験させてあげよう“
と思っているのだ、と理解できるのです。
目には見えない天は男性性ですからね。
その男性性の志とは、心意氣です。
イメージとして
大切な可愛い女性を
“幸せにしてやろう“
と思う心意氣ある男性。
このような男前が神々のイメージです。
頼もしいでしょう🤗
そして忘れてはいけないことは
僕ら自身にも同じく男性性はある
ということです。
このことを
人間は神の分御霊
と言ったり
自分自身が神である
と表現したりするのですね。
創造主となった時、
男性性が創造したものを享受する者が必要です。
創造された形あるものを享受するのが女性性です。
“幸せを与えたい“とは欲のことです。
つまり、
欲とは男性性。
目には見えない志のことなのです。
ですから、
誤解を恐れずに申し上げれば
【天とは欲】です。
無限大の欲として天はあります。
故に
想像(創造)は無限大となります。
無限大の可能性です。
それは目には見えない、
形となっていない未來が故に
やはりそれは
目には見えない世界(天・欲)となります。
この天の欲の別名として【愛】と言います。
即ち、愛は無限大の可能性です。
欲は尽きることのないものだからこそ
僕達は死ぬまで満たされることはありません。
拡大し続ける、
つまり
聖長しようとし続けるということです。
その欲(志)が事実として
人間を聖長させるのです。
人間を聖長させるものは
【愛】と言い換えられるものとなります。
➖神とは制限なしに与えたいもの➖ですから、
地上の人間の僕ら(女性性)は
制限なしに享受するものとしての役目があるのです。
その役目とは
享受の心としての【感謝】となります。
神への感謝。
命への感謝。
限りない幸せへの感謝。
愛が無限大ですから
感謝の対象は無限大にある
ということです。
もちろん
制限なく享受してくれる女性性への
男性性からの感謝もあります。
享受してくれる女性性を
男性性は享受する。
愛(欲)を受け容れてくれる女性性に対して
男性性は感謝する。
つまり
男性性の中にもまた女性性があるのです。
この手の話は奥が深いものです。
そしてそれが故
ややこしくて混乱しがちになります😅
何を隠そう
僕はややこしいのが理由で
この手の話を避けて來ていたんですね。
大切なもの程、見ない傾向が僕にはあります。
男性性・女性性の統合の話とは
根源的な万物の成り立ちの話です。
ですから
僕は古事記も引用して
天御中主樣からお話をしております。
(まとめてあるnoteマガジンを御参照下さいね☺️)
世の成り立ちを知らずして
世は成り立たせられませんからね😉
少し休みましょうか🎌
休んだら
また書いていきます。
僕の男性性が
『僕に休ませてあげたい』
と欲を出したので
女性性の僕は
男性性の僕を受け容れるのですね😊
ねっ❣️
ややこしいでしょう🤗
最後までお読み戴き
ありがとうございます😊🍀
ではまたねっ👋
チャオ❣️😘
➖光と闇が両翼ならば、
大きな闇の経験という片翼のある人は
大きな光の経験という片翼も持っています。
極振りな人生の主は
大きな翼の持ち主ということ🪽➖
祭統 白宇
SHIR㊉W
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