無駄の無い生活?

ベトナムに居て、自分の消費癖に改めて気づき反省をしながら、物を大事にする、無駄のない生活、無駄のないビジネス運営、をよく見ているように思う。
ビジネスパーソンとしてというよりは、一人の人間として、一人の生活者として、無駄なものは買わない、最後まで使う、簡単に捨てない、というのが日本よりも顕著に出ているベトナムの一般の人たち。
それは富裕層を相手にすると全然違って、日本人のちょっとしたお金持ちよりも遥かにお金持ちなのが、こちらで言うお金持ちだから、それは違うんだけれど。
でもそういうお金持ちの人たちでも、戦争時代を知っていて、貧しい時代を身をもって知っている人たちは、上述の通り、モノを大事にする。

もうこれは使わないよね、これはもう古いよね、とポンポン捨てようとする自分に反省をしながら、自分の日本での生活を振り返る始末である。
日本では、「断捨離」という言葉が流行り、その類の本が何冊も出て、それはもちろん大事なことだけれど、その断捨離という言葉に乗っかって、モノを捨てて、1つ買うなら1つ捨てる、という整理整頓の本によく出てくる言葉を言い訳に、捨てたから良いよねとまた新しいモノを買う。
結局、そんなサイクルになっていて、本当の意味で、モノを大事に、長く使う、という行動からは掛け離れていないだろうか。
(はい、掛け離れていたのが私です。苦笑)

場所の活用もそうで、ベトナムは本当に、上は住居、またはサービスアパートメント、そしてオフィスまであり、下はカフェ。
というスタイルのビル、とは言えない、一軒家のような建物が多い。
このカフェ、昼間はほとんどお客さんいないけど大丈夫か?と思っても、全部オーナーが一緒で、しっかり上の住居部分で稼いでいたりする。

まだまだリサイクルも日常で、不要な雑誌やシュレッダーした紙まで、安い価格だけど買い取ってもらえる。

地球環境のことを考えてプラスチックは使わないようにしましょう、とかプラスチックゴミを出さないようにしましょう、というのはもちろん大事だけれど、必死で生活している人にとっては、それは大事だと思っていても背に腹は変えられない、というか、結局価格が高くなる地球環境に優しいものばかり買っていられないというのが正直なところではなかろうかと思う。
だけど、プラスチック容器に入ったお昼ご飯を買っても、そのプラスチック容器をきれいに洗って、その後の食材の保存容器として使う。それって環境に優しい生活とか、SDGs云々のような見栄え良くは見えないのかもしれないけれど、これこそが、大半の生活者にとっての私たちの生活目線でのモノを大事にする生き方、の基本ではなかろうか、と思う。

自分が着なくなった服を親戚の子にあげる、もそうだし。
私の小さい頃は姉妹だけでなく、親戚はもちろん、仲の良い近所同士でさえ、古着の交換は普通にあったもの。

自分の浪費癖に大反省しながら、そんな自分の無駄遣いを直すことが、地球環境に配慮した生き方にも繋がるのではと思ったりしながら、上の住居に住む人たちが行き来する階下のカフェで、このノートを書いている。inホーチミン。













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