殺菌シリーズ第五弾:二酸化塩素の作用機序。異常に都合が良い選択性はどこから?
さて二酸化塩素をつかったマウスウォッシュから飲用水の殺菌、米軍のエボウイルス対策、そして臨床試験での安全性の話などやってきた殺菌シリーズですが、今回は作用機序について見ていきます。
そもそもなんで人や動物には安全でウイルスや細菌などには強力な破壊力があるのか?めっちゃ疑問じゃないでしょうか?
薬の場合、化学構造がうまい具合に特定の目標となる物質(タンパク質が標的のことが多い)だけに作用するけども、他にはあまり作用しないという感じに化合物をデザインすることが一般的です。
二酸化塩素の場合はなにが原因で人の健康な細胞と要らないもの(ウイルス、細菌、がん細胞)を見分けているのでしょうか?
ここでゲーム実況曲だいだら様の動画からとったピクミンの画像をはります。
これは敵じゃなくて宝物ですが、ピクミンが敵を取り囲んで攻撃している様子を思い浮かべてください。ピクミンは上になげると高いところにもひっつきますから基本表面積のあるだけ攻撃可能です。
ここで体積と表面積の関係をみてみましょう。
体積が増える度に表面積の増加が鈍って体積と表面積の比が減少していることが解ると思います。
これをピクミンで例えてみましょう。表面積1につき一匹のピクミンが攻撃し、体積1につきHPが1あるとしましょう。どのキューブが一番長く耐えるでしょうか?
左のキューブのHPは1で6匹のピクミンで攻撃されるが、右のキューブはHPが8で24匹のピクミンで攻撃される訳です。HP1あたりピクミンが3匹しかいない右のキューブの方が長く攻撃に耐えられますね(ピクミンを抗体またはフリーラジカル、キューブをウイルスや細菌に置き換えて想像してみてください)。
これを踏まえて次の論文を読んでみましょう。
このPLOS ONEに掲載されたZoltán Noszticziusらの2013年の論文の要点をわかりやすく解説したいと思います。2013年ですからわりと最近まで作用機序がよく分かっていなかったようですね。PLOS ONEはNature誌やScience誌のように専門分野を特定せずに色んな研究分野から投稿してきますからレベルが高めの権威のある雑誌になります。
この論文では二酸化塩素の消毒液としての有用性を理解しようという目的で書かれています。消毒液というのは外皮に塗布して殺菌するようなイメージです。つまり、経口投与の話ではありません。
この論文では、ある種のソーセージを作る時に使う豚の膀胱の膜を市場で買ってきて、二酸化塩素の溶液にさらして拡散する様子を調べて拡散係数Dを求めたり、豚の外皮由来のゼラチンの膜で同様の実験をして拡散係数を求めています。
Pork skin gelatin (Fluka 48719) contains only two amino acids that can react with ClO2: methionine (0.88 %) and tyrosine (0.6 %) [20].
とあるようにこのゼラチンに含まれるアミノ酸の中ではメチオニンとチロシンしか二酸化塩素と反応しないことが既に分かっているようです。つまり、このゼラチンは豚の皮膚のタンパク質の簡単なモデルという訳ですね。
ClO2 is a strong, but a rather selective oxidizer. Unlike other oxidants it does not react (or reacts extremely slowly) with most organic compounds of a living tissue.
...
ClO2 reacts rather fast, however, with cysteine [22] and methionine [34] (two sulphur containing amino acids), with tyrosine [23] and tryptophan [24] (two aromatic amino acids) and with two inorganic ions: Fe2+ and Mn2+.
そして二酸化塩素は強い酸化剤ではあるが、有機分子なんでも酸化するわけではなく生き物の中にみられる殆どの有機化合物とは反応しないとあります。なるほど安全性の一端が見えてきます。
二酸化塩素が反応するのはシステインとメチオニンという2つの硫黄を含むアミノ酸(チオール)と、チロシンやトリプトファンという2つの芳香族アミノ酸、そして鉄イオンとマグネシウムイオンと選択的に反応し、その反応は素早いとあります。
こうして求めた拡散係数から二酸化塩素がバクテリアに浸透して完全に充満してしまうまでの時間を理論的に計算することができます。そして充満した時にバクテリアが死ぬと過程して、これを「消毒に必要な時間」と定義しています。
こうして概算したバクテリア(1マイクロの直径と仮定)を殺す時間は約2.9 ms(ミリセカンドは1000分の1秒)となります。即死😱
As ClO2 is a rather volatile compound its contact time (its staying on the treated surface) is limited to a few minutes.
また実験では外皮に塗布するような条件では数分で気化してしまい、その数分の暴露ではタンパク質の膜を50ミクロン以上は浸透しなかったという観測を踏まえると、二酸化塩素は(1)多細胞生物が形成する組織内では血流があり薄まってしまうこと、(2)各細胞がバクテリアに比べて遥かに大きいことで充満するまでに時間(半径の二乗に比例)がかかること。この2点で十分な時間をかけて侵食できないから安全なのだと結論しています。うーむ、ほんとかな。
また、
Mammalian cells below the surface, however, might survive being supported by the circulation which transports protective sulfhydryl and other reductive compounds to the cells, continuously repairing or even revitalizing them
とも言っていて、動物組織では血液が絶えず還元剤を運んでくるため、特定のアミノ酸への限定的な傷なら直してしまうこともあり得ると言っています。なるへそ。
上の方で鉄イオンとも反応するとありました。ヘモグロビンの機能に必要ですから血液にはかなり存在しているはずですから、これが還元剤のように働いて血液まで入り込んだ二酸化塩素を速攻で無毒化しているのかもしれませんね。
細胞を球として扱った場合、直径が大きくなると充填するのに直径の二乗に比例して時間がかります。もし20ミクロンの直径の単細胞が浮遊しているなら、私の計算では約1.2秒になりました。同じく浮遊している赤血球(ラジカルへの耐性は強そう)とか免疫細胞(耐性?)とか大丈夫かぇ〜と思うんですが…そこまで組織には浸透しないということでしょうか。鉄イオンの還元剤効果で十分なのか?この辺りが、ちょっと納得いきませんね。
まあ、最近まで作用機序が解明されていなかったということですから、論文一報で全てわかることもそうありませんから、これは議論の始まりと捉えると良いと思います。(というかこの論文では外皮に塗布した状況しか説明しようとしていませんから、その部分は明確に示せていますね。ここから経口投与の状況を想像しようとすると、飛躍があるということです。)
まとめ
二酸化塩素は生体分子のほとんどとは反応しないが4つのアミノ酸と反応し、標的の大きさが小さいほど効果的に死滅させる。
二酸化塩素は胃壁や腸壁などの膜にゆっくり浸透し、体内の奥に到達するまで時間がかかる。その間に血液循環が浸透中の二酸化塩素を運びだし、鉄イオン、マグネシウムイオンなどの還元剤を補充して十分に無毒化するのかも。
しかし、胃腸にいる微生物、ウイルス、菌類たちは浮遊しており二酸化塩素に全包囲晒される。また、そのサイズからバッファーになる還元剤も少ないためすぐに死滅するというのがNoszticziusらの結果からの私の考察。