見出し画像

同調圧力と安楽死について考える ~映画Harmonyより~

 「<harmony/>」は伊藤計劃(けいかく)の小説を原作に、2015年にアニメ映画化された。ストーリーは『「大災禍」と呼ばれる世界規模の混沌から復興した世界(公式サイトより抜粋)¹』を舞台としており、その「大災禍」の反動から、「世界は極端な健康志向と社会の調和を重んじた、超高度医療社会(公式サイトより)²」に移行していた。そんな中、御冷(みひえ)ミァハという少女は世界への抵抗を示すため、自らのカリスマ性に惹かれた二人の少女を道連れに自殺を果たす。それから13年後、かつての自殺事件の生き残りであり主人公の霧慧(きりえ)トァンは、そんな極端な健康志向に移行した、「優しい」日本社会を嫌い海外で活動していた。しかしある日、犯行グループは世界に「宣言」を残し、数千人規模の同時自殺事件を引き起こしてしまう。再び恐怖に陥れられた世界で、死んだはずの御冷ミァハと出会い、「自殺」の倫理観について改めて問い直される内容となっている。

ジャンルとしてはディストピアSFであり、極端な健康志向に向かっているのは、ある意味現在のコロナ禍の日本と重なる部分もあるだろう。私はNetflixでこの映画を見たが、他人の健康状態がデバイスを通して観察でき、政府に管理され、尚且つ病気にも罹らない、一見理想的に思える世界を、非常に薄気味悪いと感じた。なぜなら、少しでも病気になった他人から白い目で見られ、最悪の場合「いない存在」として扱われそうだからである。どれだけ病気にかからない社会システムが確立していたとしても、様々なウイルスや菌が私達のまわりの空気や水、食べ物に浮遊し、付着しているので、完全に防ぐのは実現不可能だと思う。かと言って劇中であるように、世界の変革を促すために他人を利用して自殺するのは、倫理的に非常にまずいと私は考えている。苦しみを伴わない「安楽死」が現在の日本において盛んに議論されているが、患者の同意や意志の有無が最大のポイントになっている。時々、日本でも医者が末期の患者に薬を投与して「安楽死」させた事案があり、これは「安楽死か殺人か否か」がしばしば問題になっている。2019年の11月に、「ALS患者の女性が面識のなかった医師2人に殺害を依頼したとされる、京都ALS患者嘱託殺人事件³」が発生した。医師は別に悪意があって、意図的に患者を殺害したわけでは無いが、倫理上の問題から物議を醸した。中島孝氏は記事中で、安楽死は「安楽な死を導く⁴」、いわゆる「慈悲殺」に近いと語っており、必ず死は訪れるため、「死を導く」という文脈で使われているなら、ただちに修正するべきだと主張している。新型コロナウイルスの流行により、健康第一主義、健康礼賛に向かいつつある今の日本では、コロナウイルス流行初期に感染した人の家に石が投げられたり、落書きや張り紙を貼られたりして、引っ越しを余儀なくされるという事があった。健康であることが第一なのはそうだが、同調圧力によって「痩せている事」が美徳とされたり、障害や身体的特徴で差別されたりする事が実際に起こっており、そういった空気が蔓延している社会に甚だ疑問を感じる。私自身、決して華奢な体型ではないが、そういった社会の空気が変わってほしいと願っている。

話は変わるが、安楽死に対する私的な見解としては、患者の同意を得られない場合、やむを得ない場合以外は、慈悲殺であったとしても賛同はできかねない。患者自身の意志がはっきりしており、難病や耐えられない痛み、症状に見舞われている場合で、本人が「死」を望んでいる場合にのみ、行っていいと考えている。しかし「安楽死の推進」をプロパガンダに患者を殺害する行為や、それを誇示したり、政治的に利用したりするパフォーマンスには反対だ。あくまで、「死」は患者自身の「最終目的」であり、それを与える側の「手段」に利用されてはいけないと考える。安楽死を認めない「死ぬのは甘え」のような、ある意味同調圧力的な社会の風潮は、令和の今の世こそアップデートされるべきだ。

 最後に、本稿のまとめに入ろう。アニメ映画「<harmony/>」を題材に、「同調圧力」と「安楽死」の問題について取り扱った。劇中のように完全に健康でいる社会は実現不可能に近いし、健康第一主義である社会にも疑問を感じる。また患者の同意が得られれば安楽死は行っていいと考え、本人の意志とは正反対に医師の判断で殺害してしまう「慈悲殺」、あるいは安楽死をプロパガンダにして政治的なパフォーマンスに利用する事には、反対だと述べた。これからの社会が「<harmony/>」のようなディストピアになってしまうのか、それとも「健康である事」が一番とされる同調圧力や「死は甘え」のような空気が取っ払われ、皆が健やかに過ごせる寛容な社会になるのか、動向を注視していきたい。


◇参考文献・参照サイトリスト

◯(¹),(²)『伊藤計劃 Project Itoh「ハーモニー」Harmony』映画公式サイト

https://project-itoh.com/sp/contents/harmony.html

◯(³),(⁴)『“安楽死”をめぐって(6)国立病院機構新潟病院院長・中島孝さんに聞く』

https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/428/



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?